恋するふたりの10title------05.一瞬だって…

恋するふたりの10title

05.一瞬だって…

 かくれんぼを、最後までやりとおしたことがない。
 なぜなら、鬼が半泣きで俺の名を呼ぶから。
 見つけられる前に、自分から出ていく羽目になってしまう。
 逆だって、同じだ。
 探し出す前に、あっちから出てきてしまう。

『そんなんじゃかくれんぼにならねえだろ!』

 って怒っても、

『アキちゃんが見えなくなるのはヤダぁ…!』

 と涙目で訴えられては、それ以上強く言う事も出来なくて。
 だから、俺たちの間では、かくれんぼはタブー、って言うと大げさだが、遊びのリストからは外されることになったんだ。


 買い逃していた雑誌があった事を思い出した俺は、書店で目当ての雑誌を買って、店を出た。
 その時間、わずか10分程度。
 んで、さっきまでいた場所に戻ったら、泣きそうな顔の悟史に飛びつかれた。

「アキちゃん〜〜っ!!どこ行ってたんだよーーっ!?」
「どこって、本屋」
「黙っていなくならないでよ!俺、すっごい、心配したんだからね!?」
「あー……」

 二人で歩いてた時に、何も言わずにちょろっと離れたことは、まあ、悪かったかもしれない。
 だけど、真昼間の繁華街なんだぜ?
 しかも、すぐ戻って来たし。
 ここまで血相変えるようなことじゃないだろ。
 ケータイ鳴らしてもいいんだしさあ……。

「それにケータイも繋がんないし!」
「あれ?なんで……あっ、そうか。マナーモードにしたままだった」

 さっきまで映画見てて、その時マナーモードにしたままだった。
 バイブにしとけば気付いたかもしれないけど、それもしてなかったので全然気づかなかった……ってか、10分姿が見えないだけで、ホントにケータイ鳴らしたのかお前は。
 マナーモードを解除してから、俺はため息をついた。

「あのなあ……、お前、慌てすぎ。ガキの頃のかくれんぼじゃないんだから、ちょっと姿見えないからって、んな騒ぐなよ」
「だって、ふっと眼を離した、一瞬の隙に消えちゃうんだもん、アキちゃん。神隠しにあったかって思うじゃないか!」
「神隠しって……」

 何そのまんがにっぽん昔話みたいな展開。
 ナイナイ。
 絶対ないから、そんなの。

「かくれんぼって言えばさ、アキちゃん。昔、本当にいなくなったことあっただろ」
「そうだっけ?」
「そうだよ!俺置いて、家に帰っちゃったんだ」
「あー。そういや、あったような……」

 うん、そうだ、あった。
 隠れる側になった時、トイレに行きたくなって、とりあえず家に帰って。
 おやつあるわよーって母さんに言われて、おやつ食ってたら、それまで何してたかすっかり忘れちゃって。
 通りで大泣きしてる声が聞こえてきて、慌てて走ってったんだよなあ。
 あの時は、ホント、参った。
 悟史がなかなか泣きやまなくて。

「でもそれ1回こっきりだろ。それにもう時効だろ、時効」
「だけど前科持ちってことだろ」
「前科ってお前……」

 知ってたけど、しつこいよな、こいつ。
 しょうもないこと、執念深く覚えてるっていうか。

「忘れろよ、そんなこと」
「忘れないよ。アキちゃんとのことなら、どんなことだって。たとえ、泣かされたことだってね!」

 そう言って、悟史は手に持ったままだった缶コーヒーを俺に渡した。
 そうだった。
 喉乾いたって言ったから、自販機で缶コーヒー買ってた時に、目についた書店に入ったんだった。

「サンキュ」

 礼を言って、缶コーヒーのプルタブを開ける。
 いつものメーカーの、微糖。
 かすかな甘みと、苦さが喉を心地よく通過していく。
 悟史も隣で、同じように飲んでいる。
 ただし、缶ココアだ。
 悟史は、筋金入りの甘党だからな……。
 飲んでいる時間は、お互い黙っていた。
 空になった缶をゴミ箱に捨てて、再び歩き出す。

「お前さあ……」

 俺は、隣を歩く悟史の、俺よりわずかに高い背を見上げながら、呟く。

「本当に、俺のこと、好きだよな」
「なっ……何だよ、アキちゃん、いきなり」
「ん〜。なんかさ、ちょっと姿見えなくて、あんなに慌ててさ。ヒヨコのおかーさんになった気分っていうか」
「そのたとえ、すごくイヤなんだけど、アキちゃん……」
「じゃあ、どうたとえればいいんだ?」
「いや、何にもたとえなくていいから」

 脱力したように呟かれる。
 だって、ホントにそう思ったんだから、しょうがねーじゃん?
 悟史はこっちをじっと、穴があきそうなくらい見つめながら、言った。

「ヒヨコじゃないけど、ずっと、一瞬だって、アキちゃんから目を離したくないって思ってるのはホントだけどね」
「ほら見ろ……」
「だってアキちゃん、ちょっと目を離すと、すぐいなくなっちゃうから!」
「だから、それは誤解だって!」

 人を落ち着きのない子供みたいに言うな、って文句言おうとしたら、手を取られて、悟史のポケットに突っ込まれた。
 ダウンジャケットのポケットの中で何故か手をつなぐ羽目になる。
 悟史の手は、大きくて、あったかい。
 だから、昼間で、往来で、人通りもそこそこ多いんだけど、気にしないことにした。
 ポケットの中はぬくぬくで、一度つっこんだら出たくないコタツみたいなもんだから、しょうがないだろ。
 ぎゅっと握り返したら、同じくらいの強さで握り返される。
 隣を向いたら、やっぱりまだこっちを向いていた悟史と目が合って、なんとなく、お互い笑ってみたりなんかして。
 一瞬だって…目を離したくないって、思ってるの、お前だけじゃないんだぞ、って。
 言おうと思ったけど、やめた。
 たぶん、きっと、手のひらの熱が、伝えてくれてるだろうから……。


Fin.
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