恋するふたりの10title

07.フリルのドレス

 ひっこしたばかりの家の近くにある公園は、滑り台とブランコが1つだけしかない、ささやかなものだった。
 裾にフリルのついた白いワンピースを着て、ブランコに乗っていたその子は、俺を見てニコッと笑った。

「のる?」
「……え?」
「ブランコ」
「あ、う、うん。のる」
「じゃあ、こうたい」

 立ちあがって、ハイ、と左手でブランコの鎖を持って、右手を俺に手を差し伸べた。
 俺はおずおずとブランコに近づいた。
 ブランコの鎖を受け取って、1つしかないブランコに座った。

「あ、ありがと」
「どういたしまして。じゃあね。ばいばい」

 その子はそのまま、公園への出口へとかけていったので、俺は慌てて立ちあがって、背中に声をかけた。

「あ、あの……っ!」

 白いワンピースの子は、公園の出口で、俺を振り返った。
 なあに?と言う目で、俺を見ていた。

「えっと……、あ、あの、おれ、さとし。きみは?」
「アキ」
「アキちゃん?」
「うん」
「おれ、きょうこっちにひっこしてきたんだ。アキちゃん、また、このこうえん、くる?」
「うん、くるよ」
「じゃ、じゃあ、また、あした、あえる?」
「うん、いいよ。……じゃあ、また、ました、ね!」

 ニコっと笑うと、その子は白いフリルをふわりとなびかせて、公園からかけていった。
 ―――それが、俺とアキちゃんの、初めての出会い、だった。


「あああああ、アキちゃん!?その格好は……っ!?」
「ああ、コレ。モダンメイド喫茶の女給さん。似合う?」

 膝丈のエプロンドレスに、フリルのついたエプロンと、頭に付ける――カチューシャ?名前よくわかんないけど、メイドさんがつけてるような白い髪飾りをしたアキちゃんは、俺の前で、くるりと回って見せた。
 胸の前で、空っぽのお盆を抱えている。

「うん、似合ってる。いや、似合ってるけど! そういう問題じゃなくてっ!」

『俺の大学で学祭があるから、遊びに来いよ』って誘われて、軽い気持ちで来てみたら、そこにはフリルのドレスを着たアキちゃんがいた。
 もう全くの、普段着です!と言わんばかりの屈託のなさで。
 周りを見渡せば、ギャグを通り越して何かの芸の域に達していそうな輩がわらわらといて、この店のコンセプトは聞かずともうっすらわかったけど、俺は確認せずには居られなかった。

「なんで、女装喫茶なの……?」
「いや、ホントは和装カフェにするつもりだったんだけどな。古文研だし。でも着物の着方わかんないしってことで、大正あたりイメージして、モダンメイド喫茶にしたんだよ」
「いやそれ、女装な理由になってないから!」
「あー、それな、ノリ? 酒の勢い?」

 アキちゃんは、楽しそうにけろっと笑った。
 アキちゃんは学校行事とか、特別熱心な方じゃないくせに、いざ始まって見ると、意外なくらいに付き合いがいいっていうか、楽しんでしまうタイプだ。
 どうせやるなら、イヤイヤやるより、楽しんだ方がいいだろ、って感じで。
 アキちゃんのそういうポジティブなところは、もちろん大好きなんだけど、多少はこう、えり好みくらいはして欲しいっていうか!

「よお、植野。久しぶりだなー」
「ああ、久しぶり、藤原……って、なんでお前は女装じゃないんだ!?」
「えー、俺の女装見たかったあ?」
「誰が見たいか!」

 俺やアキちゃんと同じ高校の同級生だった藤原は、大学もサークルもアキちゃんと同じで、なんかムカつく。
 高校のクラスも一緒だったくせに〜!
 ちなみに、サークルは古文研。古文書研究会、というやたらカタそうなサークルだが、その実は飲みサークル、らしい。
 俺も顔だけは知ってる高校の先輩に、二人まとめて引きずり込まれたとかで。
 その先輩とやらも、ノリノリで女装して、その辺で給仕していた………。

「俺、裏方。女装すんのは、給仕するヤツらだけだよ〜。ただでさえ着なれない、こんなひらひらなカッコで茶あ淹れたりとか料理したり出来ないっしょ」
「なるほど……。って、なんでお前が裏方で、アキちゃんが表なんだよ!」
「そりゃ、適材適所でしょ。キレイどころは客寄せ兼ねて表にいてくれなきゃ。それに裏方は、スパゲッティーくらいだけど料理しなきゃだし」
「あー……」

 料理、料理ね……。
 うん、それはちょっと、アキちゃんには無理かもしれない……。

「カレシ甘やかしてるつけだね〜」
「だーっ!うるさいっ!」

 だってしょうがないだろ!俺がやった方が早いし!
 お前の作るもん何でも美味いなって、アキちゃん嬉しそうだし!
 ……って、心の中で言い訳してるのまで聞こえているような顔つきで、くすくす笑っている藤原が、心底憎い。

「……なあ」

 アキちゃんが、くいくいっと、俺の袖を引いた。
 振り向くと、アキちゃんの桜色の唇が、俺を呼んでいた。
 って、口紅もしてる? よく見たら、眉毛とか目も描いてるような……さり気にフルメイク!?

「いつまでも、んなとこ突っ立ってないで、座れよ。サービス、するぜ?」

 桜色の唇で、誘うように、アキちゃんはにっこりと笑った。
 うっ……ちょ、今のそれ、反則……っ!!

「ん? どうした、悟史?」
「あ……う………っ」

 するりと俺の腕を取って、上目づかいで俺を見ている。
 アキちゃん! 計算なの? それとも、天然なの!?

「悩殺されてる、悩殺されてる」
「うるさいっ! 黙れ、藤原!」
「なあ、寄ってくだろ? 俺のお薦めは、ミルクティーと、焼きそば」
「え? アキちゃん、その組み合わせは、どうかと……」
「1名様、ご案内します〜!」
「いや、アキちゃん、ミルクティーと焼きそばは頼まないからね!?」

 俺は結局、腕を取られたまま引きずられるように、魔窟なモダンメイド喫茶のテーブルにつかされていた。
 頼んだミルクティーとサンドイッチは(誰が作ったのかは考えないことにした)意外に結構、美味かった。
 それよりも、正面に座ったアキちゃんが、サンドイッチを食べさせてくれた事の方が居たたまれなかった。

「アキちゃん……。これ、他のお客さんにもやってるの……?」
「馬鹿だな。特別サービスに決まってんだろ」

 う、嬉しいけど、なんかちょっと、罰ゲームみたいだよ、アキちゃん……。


「悪いな。片付け、手伝ってもらってさ」
「ううん、いいよ。その方が、早く帰れるだろ」

 夜9時過ぎ。
 住宅街は、静まり返っている。
 8時くらいまでやっていた学祭が、ようやく終わり、片付けも住んで、俺とアキちゃんは、帰途についていた。
 同じ場所じゃないけど、俺たちは近くのアパートに住んでいる。
 アキちゃんはもう、もちろん、いつもの格好に着替えていた。

「やっぱり、そっちの方がいいや」
「ん? 何の話だ」
「洋服のこと。スカートはいてるアキちゃんは、心臓に悪い」
「ははっ。なんだよ、似合ってただろ?」
「だから、ヤなんだよ。………初めて、会った時だって」

 俺は、10数年前、アキちゃんに初めて会った時の事を、思い出していた。
 今も両親が暮らしてる家に、引っ越してきた日の事。
 近所の小さな公園に遊びに行って、その時、初めて、アキちゃんに出会ったんだ。

「……あの時も、アキちゃん、スカートだったよね」
「ああ? そうだっけ」
「そうだよ。白い、フリルのついたワンピース」

 薄くて、軽やかなそれは、フリルのドレスみたいで、アキちゃんにとてもよく似合っていた。

「あー。そうそう。あれな、なんか雨続いて洗濯ものため込んでたとかで。着るもんなくて、姉ちゃんのワンピースを上着代わりに着てたんだよな。良く覚えてんなあ、お前。一応、下にズボンも履いてたんだけどな」

 そんなの、ワンピースに隠れて、ほとんど見えなかったよ!
 と、心の中だけで、叫ぶ。

「覚えてるよ。だって……すごく、可愛かった、から」

 ほんとは、ブランコの順番を代わってもらわなくったって、良かった。
 もっと、見ていたくて……しゃべって、みたくて。
 あの時の俺は、もてる勇気を振り絞って、アキちゃんに話しかけたんだ。

「そういやお前、しばらく、俺の事、女の子だって、思ってたんだっけ?」

 俺の腕を取って、のぞきこむように、俺を見上げた、アキちゃんの口元が笑っている。
 ……くそう。
 事実なだけに、否定できないのが、ツライ。

「しょうがないだろ。俺に、アキちゃんちの洗濯事情なんてわかるわけないし。会ったのはあれが初めてだったんだし」
「まあ、それもそうか」

 アキちゃんは、あっさりうなずくと、俺の腕をさらにぎゅっと握ると、どこか不安そうな顔をして、尋ねた。

「……なあ。俺が男だってわかって、がっかりした?」
「がっかりは、しない。ただ、びっくりした」

 俺の思い違いは、割とすぐ、訂正された。
 通う事になった同じ幼稚園で、同じ制服を着ているのを見たら、嫌でもわかろうってものだ。
 あの時は、ほんっとうに、びっくりした。

「俺、女の子の方が、良かった?」
「まさか。なんで、そんなこと、聞くの?」

 驚いて尋ね返すと、アキちゃんは、どこか拗ねたような口ぶりで、答えた。

「だって、さっき、ワンピースの俺が可愛かったって言ったし。だから、あの時、俺に声、かけたんじゃないのか?」
「ちがうよ。ワンピースのアキちゃんが、じゃなくて、アキちゃんが可愛かったから、声かけたんだよ」
「……そうなのか?」
「そうだよ」

 フリルのついた白いワンピース姿のアキちゃんは、すごく可愛かったけど。
 俺と同じ、半ズボン姿のアキちゃんも、きっと凄く可愛かったと思う。
 だって、あとで見た、俺と同じ幼稚園の制服姿のアキちゃんも、女の子じゃなかった事はびっくりしたけど、やっぱり可愛いなあって、思ったし。

「なんだ。そうなのか」
「そうだよ。だから、アキちゃんはもう、女の子の格好とか、もう、しちゃダメだからね!?」
「だから、なんで?似合って、可愛かっただろ」
「似合ってて、可愛いから、ダメなの! アキちゃんはそのままでも十分可愛いんだから! それ以上可愛い格好したら、俺の心臓が持たないから、絶対ダメ!!」
「えーっ、なんだよ、それ……」

 俺の腕をぶんぶん振りながら、アキちゃんはくすくす笑っている。
 それを見て、つられるように、俺も笑った。

「んー、じゃあ、さ。今度、オンナの格好する時は、お前の前だけにする。それなら、いいだろ」
「え……っ」

 思わず、さっきまで、アキちゃんがしていた、エプロンドレス姿が脳裏をよぎった。
 ほとんど化け物ちっくな仮装メンツ(失礼だけど、これが正直な感想だ……)の中で、本物の女の子みたいに、いやそれ以上に可愛かった、アキちゃんの、姿が。
 あの恰好を、俺の前だけで、してくれるとしたら………。

「い、いやいや! 俺、そういうシュミ、ないからね!?」
「俺だって、ねーよ。なんだ、本気にしちゃった?」
「……っ!」

 一瞬、いいかも、なんて思ったことは、絶対、口にしないようにしよう。
 ……もしかしたら、バレちゃったかもしれないけど。
 街灯に照らしだされたアキちゃんの顔が、なんだかすっごく、楽しそうだったから。


Fin.
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