恋するふたりの10title

08.溢れる

 好きって気持ちは、自覚したらそこでおしまい。
 それ以上、変化なんかないって思ってた。
 器に一杯になったら、自動的にストップするみたいな感じ?
 でも、実際は違うんだって、最近気付いた。
 一杯になっても、止まらなくて。
 溢れだしてくる。
 後から、後から、つきることなく。
 湧き出してくる泉みたいな感じ?
 いや、どっちかっつーと、温泉か。
 好きって気持ちは温かくて、時には熱いくらいだから……。


「アキちゃん? どうしたの」

 アパートの狭いキッチンに立つ悟史が、振り返って尋ねた。
 背後から、視線を感じたんだろう。
 悟史は今、俺たちの夕食に、チャーハンを作っていた。

「んー。別に。好きだなーって思ってただけ」
「ええっ……!?」

 聞かれたから答えただけなのに、悟史はこっちがびっくりするくらい、仰天している。
 コタツに入って、顔だけテーブルの上に出して、ぺたんと顔を横にしたまま、悟史を見上げると、面白いくらい赤い顔をしてる。
 なんだよ。
 俺、そんなに驚かせるようなこと、言ってないだろ。
 一応、俺たち、付き合ってんのに。
 
「お前、驚きすぎ」
「だ、だって……」

 悟史は、包丁を持ったまま、あわあわしている。
 危ねえなあ……。

「ほら、ちゃんと前見て。焦げたチャーハンなんて、俺、食わねえぞ」
「あっ、うん、わかった!」

 作ってもらう分際で、エラソーに言うと、悟史は慌てて前を向いて、包丁で野菜を刻みだした。
 トントン、というリズミカルな音が、心地よい。
 しばらくすると、フライパンでご飯と野菜ベーコンその他を炒める、なんともいい匂いが、こっちまで漂ってきた。
 うーん、相変わらず、美味そうな匂いだなー。
 今回のは、ケチャップ味だな。

「インスタントだけど、味噌汁も飲む?」
「飲む」
「了解」

 このまま全く何もしないのは、いくらなんでもアレなので、俺は立ちあがると、皿や箸を取り出して、コタツのテーブルの上に並べた。
 茶碗や箸は、どれもお揃いで揃えてある。
 っても、夫婦茶碗じゃないぞ!
 あれって、大きさが違うし。
 色違いで揃えてるってだけ。
 ちなみに、俺が青で、悟史が緑。
 俺んアパートでも、あいつんとこでも、同じヤツを揃えてる。
 なので、食器だけ見たら、どっちにいるのかわかんなくなりそうだ。

「お待ちどおさま」

 悟史が、出来たてで湯気をほかほかあげているチャーハンを、皿に均等に盛り付ける。
 マグカップに、インスタントみそ汁を入れて、ポットのお湯で溶いたら、今日の夕飯の完成だ。

「いただきます」
「はい、めしあがれ」

 両手を合わせていただきますを言って、向かい合わせで食べる。
 悟史が学校で実習が立て込んでて忙しいとか、何か予定がない限りは、夕飯は大抵、どっちかの家で一緒に食べてる。
 アパート近いし。
 だから、独り暮らししてるはずなんだけど、二人暮らししてるみたいな感じ。
 最近じゃ、悟史がいないと、なんか物足りないなって思うようになってきた。
 それって、ちょっとヤバイのかもしれないなあって、思う時もあるけど。
 テレビをつけて、くだらないバラエティー番組に突っ込んだりしながら、チャーハンを食べ終わった。
 食後にお茶を飲みながらまったりしてると、悟史が、あの……、となんだかもじもじしながら、話しかけてきた。

「ん? なんだよ」

 半分テレビを眺めながら尋ねると、悟史は、さっきの話なんだけど、とやっぱりもじもじしながら続けた。

「さっき? なんかあったっけ」
「俺がご飯作ってた時……。好きだなってアキちゃん、言ったでしょ」
「あ、ああ……言ったっけ、そういえば」
「そう言えばって……」

 何故か、どことなくがっかりした顔で言われ、俺はちょっとムッとする。
 そんな、飯食う前の話を今頃持ち出されたって、気が抜けるってもんだろ?

「別に、俺がお前を好きなのは、お前だって知ってるんだから、とやかく言うような事じゃないだろ」
「そ、そりゃそうだけど! アキちゃん、あんまりそう言うこと、言ってくれないじゃないか!」
「そうだっけ?」
「そうだよっ!」

 力説されて、思い返してみると……。
 あー、うん、確かに、あんまりそう言う事は言ってない、かなあ……。
 悟史からは、結構、好き好き言われるけど。
 俺からは、言ってないかも。

「でも、それがどうしたんだよ」
「どうって……」

 悟史は、ますます、脱力したような情けない顔つきになった。
 そして、なんだか恨めしそうな顔で俺を見て、ぽそりと呟いた。

「そんなさ、ご飯作ってる時に、ついでっぽく言わないで、さ……」

 なんだよ。
 聞かれたから、答えただけなのに、やけにこだわるなあ。

「じゃあ、どういう時に言えば、お前は満足なんだ?」
「それは……」
「エッチの時とか?」
「えっ、や、そ、それは……っ!!」

 途端に、悟史は顔を赤くしたが、否定もしないってことは、言って欲しいってことなのか?
 俺はお茶を一口飲んで、テレビのチャンネルを変えた。
 うーん、ロクな番組やってねーなあ。

「ヤッってる時は、いっぱいいっぱいだから、んな余裕ねーよ。っていうかさあ……」

 悟史の顔を、じっと見る。
 ちっちゃい頃から見慣れた、いつも俺の傍にいる、悟史。
 見あきるくらいなのに、全然、飽きそうにないというか、むしろもっと見ていたくなるのが、不思議だ。

「言わなくても、いつも俺、悟史が好きだって、思ってるよ?」
「えっ……」
「だから、そこでなんで驚く。失礼なヤツだな、お前」
「ご、ごめん……」

 ますます顔を赤くして、悟史は目をさまよわせて、口ごもった。
 このくらいで動揺するなんて、俺の愛はイマイチ伝わってないんだろうか……。
 俺は、ちょっと考えてから、口を開いた。

「……好き、とかさ。改めて言うと、なんつーか、ただでさえ、いっぱいいっぱいなのが、更に溢れちゃいそうっていうか。歯止め、きかなくなりそうで怖いっていうか……」
「アキちゃん……っ!」
「そんなわけで、言わないだけで、愛は溢れてるから、心配するな」
「うん……! アキちゃん、大好きっ!」

 コタツ越しに腕を伸ばされて、ぎゅっと抱きしめられた。
 感無量、って感じで。
 だから俺も、同じくらいの強さで、抱きしめ返した。
 大好きだよって、言葉にしない代わりに。
 溢れだしそうな、というか、もうすでに溢れだして、こぼれ落ちてる気持ちごと、力いっぱい。


Fin. 
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