恋するふたりの10title

09.「見ないで…」

「……待て」

 ベッドに押し倒して今夜はこのまま、いけるんじゃないかなって期待したんだけど。
 その声に、俺はしぶしぶ手を止めた。
 俺の下で、アキちゃんが、じーっと俺をにらんでる。

「電気、消すの……?」

 一応、念のため、確認すると、アキちゃんは、あっさりと頷いた。

「当たり前だろ」

 はーっ……。
 俺は、心の中で、大きくため息をついた。
 やっぱり、今夜もダメかあ……。
 無言の圧力をひしひしと感じて、俺は部屋の電気を消すために、立ちあがった。

 パチン。
 
 スイッチが切れる音がすると、途端にあたりは闇に包まれた。
 っていっても、真っ暗、ってわけじゃないし、アパートの部屋自体は狭いから、ベッドまで歩くのには不自由しない。
 それに言ってないけど、俺は鳥目じゃないっていうか、結構夜目がきく方で、いったん暗さに目が慣れたら、はっきりとは言えないまでも、そこそこは見える方だ。
 これ、言ったら、アキちゃん怒りそう、ってか、絶対、目ぇつぶってヤれ! って言いそうだから、絶対、口にしないけどね……。

「消したよ、電気」

 そう言って、俺がベッドに入ると、アキちゃんはかすかに、ほっとした気配を見せる。
 なんで、そんなに暗いのがいいのかなあ……?
 いや、うすうすは、わかってるけど。
 恥ずかしいんだ、ってのは。

「……ねえ。どうしても、ダメ? 電気、つけるの………?」

 それでも、諦めきれなくて、俺はもう何度目だ、って確認をする。
 暗闇の中で、アキちゃんが顔をしかめるのがわかる。

「ダメ」

 即答ですか……。
 俺のシャツの胸にぎゅっとしがみついて、アキちゃんは、顔を隠した。
 かぎなれた、シャンプーと、アキちゃん自身の匂いが、鼻をくすぐった。
 それだけでもう、臨戦態勢、っていう気分になったのを、ぐっと押さえて、俺はアキちゃんの背中にゆるく腕をまわして抱きしめた。

「俺、もう少し明るいとこで、アキちゃんが、見たいんだけど……。そんなに、イヤ?」

 アキちゃんは、俺と……その、する、時、絶対、電気をつけない。
 あたりがまだ明るい時は、必要最低限しか脱がないし。
 顔は枕に伏せて隠しちゃうし。
 いや、俺はもう、そこに居るのがアキちゃんで、押し殺すように声を漏らすのを聞くだけで、胸だけじゃなく違うところも一杯になっちゃうから、問題ないっていったら、ないんだけど。
 正直、もっと、ちゃんと、見たい。
 アキちゃんが、どんな風に、感じてるのか、とか。
 痛いばっかりじゃない……ってのは、なんとなく、わかるけど、やっぱ、ちゃんと確認したいって言うか、さ。
 表情とか、そういうので。
 っていうのは、建て前と本音が半々で、ぶっちゃけ、すみずみまであますとこなく、見たい。
 小さい時は一緒に風呂に入った事もあるし、体育の授業の着替えとか、プールとか、あ、修学旅行のお風呂とか。
 裸そのものは、お互い何度も見たことあるし、それ自体が恥ずかしいわけじゃないと思うんだけど。
 って言ったら、そういうのとコレはぜんっぜん、違うだろ! って、アキちゃんに怒られた。
 ハイ、その通りです………。
 見るだけ、じゃなくて、触ったりイロイロ、その先もあるし、その先の反応が見たいんだし。
 電気、消してても、多少は見える。
 テレビの主電源の灯りとか、カーテンの隙間からこぼれる、外の街灯の明かりとかさ。
 電気消しても、部屋の中って、意外と真っ暗にはならないから。
 でもそういう、薄ぼんやりとした中じゃなくて、もっとはっきり明るいとこで、アキちゃんを堪能したいんだよ俺は!
 色白のアキちゃんは、体温が俺より低くて、でも触ってると、段々温かくなってくるんだ。
 そういう、熱を持ったアキちゃんの身体を、明るいとこで見てみたいっていう欲求は、太陽が東から昇って西に沈んでいくのと同じくらい、自然現象ってもんだろ?
 なのに俺は、アキちゃんが、見るな、電気消せ、って言われると、毎回素直に従ってしまう。
 ヘタレてんなって、自分でも思うけど、仕方ないじゃないか。
 アキちゃんが嫌だって言ってること、俺が、無視して、出来るわけない。
 だから俺は、こうやって、アキちゃんに、尋ねてみることくらいしか、出来ないわけで……。

「イヤっていうか……」

 哀願する俺の声が、よっぽど、情けなく聞こえたのかもしれない。
 いつもは、さっきみたいに、即答で嫌だというアキちゃんは、言葉を濁した。
 俺の胸に顔をうずめたまま、もごもごと、続きを口にした。

「お前が……、悟史が、イヤになるんじゃないかって、思って……」
「え? それ、どういうこと?」

 アキちゃんの言いたい事が、さっぱりわからなくって、俺は背中に回していた腕を肩にやって、アキちゃんの顔をのぞきこんだ。
 アキちゃんは、暗闇でもわかるくらいに、顔を赤くして、俺から顔を反らすと、どこか不安そうにも聞こえる、小声で言った。

「……………萎えるだろ、はっきり、見えたら………」

 ええーっ!?
 驚きすぎて、俺は声も出なかった。
 それ、一体、どういう理屈!?
 俺は見たくて見たくてたまらないのに、見えたら萎えるとか。

「俺、男、だし………」

 消え入りそうな声で言われて、俺はますます、混迷を深めた。
 いや、そんなの、最初っから、わかってるし!
 だけど、これで、アキちゃんが何故こうもかたくなに電気をつけさせなかったのかは、おぼろげに、理解できた。

「ええと、明るい中で、男って、はっきり見えたら、俺がアキちゃんをイヤになるとか、もしかして、そういうこと……?」
「………だよっ!」

 顔を反らしたまま怒ったみたいに言われて、俺は、「そんなことか」と、がっくりきて、それから、なんだかおかしくなって、笑いだしてしまった。

「な、なんで笑うんだよ、悟史!?」
「だ、だって……っ」

 こんなことなら、もっと早くに、きちんと理由を問いただしておけばよかった。
 まさか、アキちゃんが、そんな事を考えてるなんて、思ってもみなかった。
 ただ、恥ずかしいんだろうって、それだけだって思ってた。
 ……いや、たぶん、恥ずかしいのもあるんだろうけど。

「アキちゃんが、あり得ない事、心配してるから、おかしくって」
「あり得ないって……わかんないだろ、そんなこと」

 やっと、こっちを見て、ムッと口をとがらすアキちゃんが、可愛くて、俺はまた、くすっと笑ってしまう。

「笑うなーーっ!!」
「はは……っ、ごめん、アキちゃん」

 これ以上笑ったら、完璧に機嫌を損ねてしまいそうだったので、何とか笑いを引っ込めて、アキちゃんに、ちゅっとキスをした。

「こんなんで、誤魔化されないぞ……」
「そんなんじゃないよ。アキちゃんが、あんまり可愛いから」
「なっ……!」

 アキちゃんが、何か言おうとするのを、キスで封じた。
 開いた口から、舌を入りこませて、口の中をくすぐると、次第に柔らかくほぐれて、絡みついてくる。

「ん……っ、だ、だから、誤魔化すなって……」
「んん……っ? イヤ? アキちゃん……」
「ヤじゃ、ねぇけど……」

 だったらいいよね、としばらくアキちゃんを味わってたら、べりり、とアキちゃんが、俺を引きはがした。

「理由っ! まだ、聞いてないっ!」
「あー……」

 上気して、うるんだ目が、至近距離で俺を見ている。
 なんかもう、このまま早く続きをしたくてたまらないんだけど、そうしたらたぶん、怒って口をきいてくれなくなる予感が、すごく、する。
 ので、俺は、言葉を出すために、口を開いた。

「アキちゃんのハダカ。すっごく、見たくて見たくてたまんなくて、どうにかなりそうなのに、興奮する事はあっても、萎える事なんて、あり得ないってこと。どうして、わかんないかなあ……?」
「な……っ、何言ってんだよ、お前? 俺の裸なんか見たって、面白くもなんともないだろ……っ!?」
「面白いよ。俺にとっては。アキちゃんのなら、毛穴の奥まで見たいよ」
「ば、ばか……っ!」

 さっきよりももっと、はっきりと顔を赤くして、アキちゃんが怒鳴ったけど、可愛いばっかりで、ちっとも迫力がなかった。

「それじゃ、さ。俺の言ってる事が、ほんとだって、証明するためにも……」
「何……?」
「電気。つけて、いいよね?」
「う………」

 アキちゃんは、しばし、逡巡したのち。

「しょうがねえな……」

 いかにも、不承不承、といった態で、頷いたのだった。


Fin.   
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