25pieces

  恋と魔法  

「おかしい……そろそろ、効いてくるはずなのに」
「何が?」
「何って、下剤に決まってるだろ」
「ああ、あれ下剤だったの」

 そこでようやくセスは、背後に気付いた。
 さっきまで中庭で女の子たちに囲まれて軽薄に騒いでいたのに、いつのまにこちらに来たのだろう。
 相変わらず気配の読めないヤツだと、セスは苦々しげに級友を睨んだ。

「匂いでわかるよ。オレ、鼻はいいから」 
「……飲んでたよな?」

 確認まではできなかったが、匂いなんてしなかったはずだ。
 健康茶と称して学園のラウンジに常備されているお茶は、学生は自由に飲むことが出来る。
 しかし薬草臭い強烈で独特な匂いと相まって、味の方も推して知るべしなそれは、たとえタダでも飲むものはほとんどいなかった。
 慣れればクセになる味だと言うが、慣れるまであんなものを飲む者の気が知れない。
 それを愛飲している数少ない生徒が、ここにいる、このグレンだった。

「カップを傾けて、飲んだフリしただけ。……って言うか、見えたんだよね。セスがポットに何かいれてるとこ。危ないなあ。他の人が飲んだらどうすんだよ」
「あんなものを飲むのは、お前くらいだろう」
「いや、アスター先生とか、バード先輩とか。意外と飲んでる人いるんだよ。セスが知らないだけで」
「お前以外が飲みそうになったら、ちゃんと止めたさ。ポットにだって、一杯分のお茶以外は処分したし……それより分かってたんなら、飲むフリなんかするなよ、紛らわしい!」

 怒るのは筋違いだとセスにも十分わかっていたが、こうも飄々とされると文句の1つくらい言いたくなってくる。
 ついムキになってしまうのはセスばかりで、グレンはいつも涼しげに澄ましているのが腹立たしい。
 セスはこの級友が苦手だった。
 と言うのも、セスはどの教科どの教科どの教科、ほぼすべての教科がこの男に次ぐ順位。目の上のたんこぶなのだ。
 学園に入学して以来、セスは自分の組では常に首位を守ってきた。学年全体でも10位以内からは落ちたことはない。
 なのに4年になって(ちなみに、学園は13歳入学だ)グレンにことごとく抜かれた。それも毎回、僅差で。
 セスが彼と同じ組になったのは今年が初めてだが、今までにグレンと同じ組になったことがある者に聞くと、グレンは学校をサボりがちで、当然成績もパッとしなかったと言う。
 心を入れ替えて勉学に励み出したのは素晴らしいことだし、それで順位が下回るのなら悔しいけど仕方ない。
 更に努力をすればいいだけだ。セスだって、こんな卑怯な真似なんかしない。それだけだったら。

「だって、その方が面白いじゃない? セスがオレのこと、こそーっと物影から見てるんだもの。期待に応えなきゃって、思うでしょ」
「………ホントお前、性格悪いな」
「褒めてくれて、どうもありがとう」

 これだ。この人の神経を逆なでする物言い。
 いつもいつも、人のことを小馬鹿にしたような態度で、上から――決して身長差のせいだけではなく――見てくるグレン。
 今だって、にっこり笑って余裕しゃくしゃくだ。
 たまにはこの男が慌てる所を見てみたい。そう思って、気づいたら薬を用意していた。
 だが、本当にグレンが下剤入りのお茶を飲んだのを見た時は、どうしようと思ったのだ。
 効き目の軽いものだとは言え、何せ混ぜたのはあの謎の健康茶だ。
 もしかしたら、思わぬ副作用が生じないとは言い切れない。
 日ごろの鬱憤が溜まっていたとはいえ、どうしてこんな軽はずみなことをしてしまったのだろう。
 そう後悔しかけていたところだったのだ。どうやらそんな必要は、まったくなかったようだが。

「飲んでも、よかったんだけどね。せっかく、君が……」

 口角をわずかにあげて、グレンはさっと手を伸ばしてセスの制服のポケットから小さな包みを取り出した。
 半透明の、三角に折られた包みを顔の前で振って見せる。

「解毒剤……中和剤かな? 用意してくれたのに。駆け付けた君が、これを飲ませてくれるまで待ちきれなくて。ごめんね?」

 ごめんと言いながら、むしろ嬉しそうな顔で言う男に、セスはぐっと息をのみ込んだ。
 ぐうの音も出ない、と言うのはこう言うことだろうか。
 セスは顔を赤くして、背中を向けると歩き出した。
 謝らなきゃ、という辛うじてあった呵責の念はとっくにどこかに飛んでしまった。
 苦々しい思いだけがざらりと胸の底に沈む。本当に、バカなことをしてしまった。

「待ってよ。そんな逃げるように行かなくてもいいだろ。ほら、忘れ物」

 自分で取ったくせに、グレンはもはや用の無くなった薬の包みを持って追いかけてきた。
 すぐに追いついて、隣に並ぶ。
 セスは走り出したい気持ちをなんとかこらえ、進行方向に視線を定めたままで口を開いた。

「いらない。お前にやる。捨てるなりなんなり、好きにすればいい」
「本当にいいの? せっかく、ちゃんと返そうと思ったのに。使っちゃうよ」

 どこまでついてくるつもりだとイライラしていたセスは、グレンの言葉に思わず足を止めた。
 ……使う? どう言う意味だろう。
 中和剤と言ってもあれは下剤の症状を多少緩和させる程度のもので、それだけ飲んだところでどうというものではない。あれは言ってみれば、セスの良心みたいなものだ。
 意趣返しに、今度はグレンがセスに下剤を飲ませるつもりなのだろうか。
 その後、この薬をちらつかせて腹具合を悪くしたセスを嗤ってやる……とか?

「ああ、ちがう、ちがう」

 セスの考えていることがわかったのか、グレンはあっさりと否定した。
 そして続けられたグレンの言葉は、セスの予想だにしないものだった。

「オレ、魔女だから」

 グレンはそれはそれは楽しそうに続けた。意味不明なことを。

「セスの想いがこもった薬なんか手に入れちゃったら、それ使って、もっと効き目のあるちがう薬を作っちゃうよ」

 なんの変哲もない薬包紙を意味ありげに見てから、セスに微笑む。

「…………男、だよな?」

 どこから突っ込めばいいのかわからなかったので、セスはとりあえず一番気になったところを指摘してみた。

「もちろん。オレが女に見える? 魔女なのはオレのばーちゃん。オレは男だから魔法使いって言った方がいいのかもしれないけど、ばーちゃんの弟子だから、オレも魔女ってことで。まだ見習いだけどね」

 つまり、魔法使い見習いと言うことか?
 思わず納得しかけて、いやコイツの言っていることはおかしいだろう、とセスは冷静に自分に突っ込み返す。
 大体、魔女ってなんだ、魔女って。そんなの、おとぎ話にしか登場しないものではないか。

「その顔は、疑ってるね?」
「当たり前だろ」

 小さな子どもならいざ知らず、十六にもなってそんなものがいるなんて本気で信じている者はいない。
 どれだけ人をバカにすれば気が済むのだ、この男は。
 セスはますます苦々しい思いでグレンを睨んだ。
 それとも、4年になって急に成績をあげてきたストレスが、オカルト方向に向かったのか……。聞くところによると、それまではせいぜい中の下くらいの成績だったらしいし。

「変だと思わなかった? オレが君に毎回、僅差で試験に勝ってるの」

 またしても、見透かすようにグレンは尋ねた。
 それは確かに少しは思った。成績上位者は毎回、似たような顔ぶれだ。
 短期間で成績を向上させてくる者もいないではないから、グレンが学年が上がって好成績を修めるようになったのをおかしいとは思わない。
 だがいつも計ったように僅差で、セスの成績を上回るのは不思議に思っていた。今回は調子が悪いなと思った時も、調子が良かったと思った時も、毎回そうなのだ。だからその人を小馬鹿にした物言いと共に、グレンを忌々しく思っていたのだが……。

「魔法を使ったとでも、言いたいのか?」

 まさかな、そんなわけない。そんな都合のいい魔法なんて。
 セスの理性はもちろんそう告げていた。
 まったく、人をバカにするにしても、もうちょっとマシな理由を考えればいいのに。

「そうだよ。ただし、オレが使ったのは成績をあげる魔法なんかじゃない」

 なのにグレンは、あくまで魔法だと言い張った。
 どうやらよほどこの冗談が気に入っているようだ。
 付き合うのもバカバカしいが、このままついてこられるのも面倒だ。
 これも自分のまいた種だと諦めて、適当に聞いてさっさと立ち去ろう。セスは続きを促した。

「だったら、何の魔法だよ」
「セスがオレを意識する、魔法」
「…………は?」

 魔女発言より更に斜め上を行く言葉が飛び出してきて、セスはぽかんと口を開けたまま、固まった。
 そんなセスの様子を見て、グレンはちょっと首をかしげた。

「あれ? わかんなかったかな。簡単に言えば、恋のまじないだよ」
「恋のまじない……」
「そう。セスがオレのこと、気になって気になって、仕方なくなりますように、って」

 節をつけて歌うように、グレンは上機嫌に言った。まるで魔女のように。
 元々癇に障るヤツではあったが、今はもうそれを通り越して、セスは逆に何だか笑いたくなってきた。

「気にはなるな」
「ホントに?」
「ああ。あまりにお前が、可哀想で」

 好きにしろ、と言った薬包紙をセスはグレンから奪い返すと歩き出した。
 恋のまじないだって? どうかしてるよ、まったく。
 何を女の子たちと騒いでたのかと思えば、そんな非現実的なことで盛り上がっていたのか?
 セスは内心呆れながら……何故か、ほっとしていた。
 追いかけてくるかと思ったグレンは、その場から動かなかった。

「セス。段々、効いてきてるだろう? オレのかけた魔法」

 背中から、楽しそうな声だけが追いかけてくる。
 振り向かずにセスは、ポケットに薬包紙を突っ込んだ。聞こえなかったことにして、返事もしなかった。
 グレンのことを考えるとイライラして、一服盛りたくなったこの気持ちを恋と呼ぶのなら、恋とはなんて素敵なものだろう。
 だったら一刻も早く、この自分らしくない状態を脱するべく、早く寮に帰ってより一層勉学に励まなくては。
 指先に、空になった下剤が入っていた包みが触れて、カサリと音を立てた。
 二度と、こんな姑息な真似をして憂さ晴らしをしようなんて、思わないように――――。
 
(あれ? 待てよ………)

 そこでセスは、ふと思い返した。
 健康茶のポットに、薬を入れた時のことを。
 グレンはセスが何かいれるのを見たと言ったが、ポットはラウンジの奥まった場所、隅のパーテーションに区切られたミニキッチンに置かれている。
 そこは入口はもちろん、テーブルやいすが置かれたメインの場所からも死角になって見えない。
 何より、その時グレンはラウンジにいなかった。
 セスが薬を盛って、ポットが置かれているその場所を離れた後、しばらく経ってからグレンはラウンジに現れたのだ。そう言うタイミングになるように、事を起こしたのだから間違いない。

(薬をいれたのを、いつ……どこで見たんだ? あいつは……)

「魔法……?」

 呟いて、セスはバカバカしいと苦笑した。
 そうやって結局また、考えたくもないのにグレンのことを考えている。
 そのことの意味に、セスはまだ気づいていなかった。


Fin.
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