25pieces

  宝物  

 指で数回ノックしても、乾いた音が鳴るだけで芯が出てこない。
 軽く振った感触では中に数本、芯は入ってる。おそらく、詰まっているのだろう。 
 武久は青いシャーペンを筆箱にしまって、別の物を取り出そうとした。

「それ、どうすんの?」

 林が反対向きに椅子に腰かけて、こちらをのぞきこんでいる。
 問われた意味が分からずに武久が怪訝な顔をすると、林はそれ、と筆箱にしまったばかりの青いシャーペンを指した。

「これ? 芯が詰まってるみたいだから、後で何かでつついて出すけど」

 今はそんな時間も、詰まりを取り除くための物もないので、無理だけど。
 それが何? と尋ねると、林は何故か残念そうな顔をした。

「そっか、壊れたわけじゃないんだ」
「芯が詰まったくらいで、壊れるわけないだろ」
「えー、でも俺のはしょっちゅう壊れるよ」

 林は制服の胸ポケットからシャーペンを取り出すと、ほらな、とノックして見せた。
 カチカチ鳴るだけで、芯は出てこない。
 すぐ壊れるんだよな、と林はシャカシャカと景気のいい音を立ててシャーペンを振って見せた。

「……ちょっと貸して」

 シャーペンがそんなマラカスみたいな音を立てるのはおかしい。
 林のシャーペンを借りて開けて見ると、思った通り、中からざらりと大量の芯が出てきた。

「入れ過ぎ。こんなに入れたら詰まって、芯が出てくるわけないだろ」
「え。そうなんだ。めんどいからいつも入れられるだけ入れてた」
「替えで入れとくのはせいぜい2〜3本だろ。めんどくさがるなよ、そのくらい……」 

 呆れて言うと、林はへへへ、と笑って頭をかいた。 
 この分だと芯の入っていたケースなんてもう持っていないだろう。
 空のケースなんて武久だってわざわざ取ってないし。
 大量の芯は仕方なく元の場所に戻して、シャーペンを林に返した。

「後で何か違うもんに移しかえとけよ」
「うん、わかった。あ〜、それにしても残念……」

 受け取ったシャーペンをポケットに戻すと、林は今度は口に出して言った。

「何が?」
「さっきの、武久のシャーペン。もし壊れたんなら、俺にくれないかなーって思ったのに」

 背もたれの上に組んだ両腕に、顔を乗せて、熱い視線を注いでいる。
 やけに真剣なまなざしだが、そこにあるのは宝箱ではなく武久の筆箱だ。
 入っているのも何の変哲もないプラスチック製の青いシャーペンで、高級品でも何でもない。

「……林、壊れた文房具を集める趣味でもあるのか?」

 ずいぶん変わった趣味だ。
 でもまあ、世の中には色んなコレクターがいるって言うしな……。
 そう思って武久が尋ねると、林は組んでいた腕から顔をずり落とした。
 おまけにその弾みで、背もたれの角にあごをぶつけてしまった。
 結構痛そうな音付きで。

「大丈夫か?」
「だ、ダイジョウブ……。や、それよか、武久って、たまにちょー天然だよね」

 ちょっと赤くなったあごをさすりながら、林は椅子に座り直す。
 おかしそうに口元が緩んでいる。

「別にそんなことないだろう」
「いやそんなことあるって、じゅうぶん。壊れた文房具マニアって……。俺そんなコアな趣味ないから……!」

 堪え切れないように噴き出した林に、武久はムッとして問い返した。

「じゃあ、何で壊れたものをわざわざ欲しがるんだ」
「あのね、重要なのはそっちじゃなくて。大事なのは、その前の方だから」
「……ふうん」

 武久が気の抜けた相槌を打つと、林はわざとらしく深いため息をついた。

「今の、ぜんっぜんわかってないよね? もしかしなくても」
「いやー………、どう、かな……」

 武久はさり気なく顔を反らして、曖昧な笑みを浮かべる。
 じっとりとした視線が、武久の横顔に注がれているのを感じる。
 何となく、よくわかってませんと正直に答えてはいけない空気を察した。 
 
「そんなの、『武久の』だからに決まってるでしょ。なんですぐピンとこないかなあ」

 林が拗ねた口調でぼやく。
 顔を戻して目を合わせると、林は肩を落として苦笑した。
 
「その青いシャーペン、いつも使ってるじゃん。武久が愛用してる物が欲しかったの。武久がいつも触ってるヤツ……」
「その理由、なんか変態っぽいな」
「ひどっ! 仮にも付き合ってる相手に言う台詞、それ!?」
「だって、オレの愛用している壊れた物が欲しいって。どう考えても妙だろ。何に使う気だよ」

 聞かない方がいいのかもしれないが、一応聞いておきたい。
 仮にも付き合っている相手としては。

「だからそれは重要じゃないんだってば。まだ武久が使ってる物ちょーだいとか言えないだろ。でも壊れたんなら、俺にくれないかなーって思っただけで! ってか、何にも使わないから! ただ記念に欲しかっただけだよっ」
「記念……?」

 気に入って結構長く使ってる物だが、何度も繰り返すように普通の筆記具だ。
 記念になるような、そんな大げさな代物ではない。
 首をかしげる武久に、林は嘆いた。

「やっぱり、そっちも覚えてない〜。俺に貸してくれたじゃん。移動教室で俺が筆箱そっくり忘れた時にさあ……」

 言われてみれば、そんな事もあったような気がする。
 やべ、筆箱忘れた! って騒いでるクラスメイトがいたから、武久が自分の筆記具を貸したことがあった。
 確かに、貸したのはこの青いシャーペンだったような気がする。
 あれはクラス替えしてすぐの頃だっただろうか。

「あの時初めてしゃべったんだよ、俺達」
「………ああ、うん。そうだった、思い出した」

 なんだかずいぶん前のことに思えるが、まだ一年も経っていない。
 あれがきっかけで、武久は林と親しくなったのだ。
 そう言われてみれば、まあ記念のシャーペンと言えなくもない。
 日常的に使ってるものだから、そんな風に考えたこともなかった。

「よく覚えてたな、そんなこと」

 もっと印象に残る他の出来ごとに押しやられて、ささやかなきっかけはすっかり頭の隅にしまいこまれていた。
 感心して武久が言うと、林は情けなさそうに眉を下げる。

「覚えてるよ〜。あの時、制服の胸ポケットに1本くらい筆記具入れとくと便利だって言ったのも武久だし」
「ああ、どうせ生徒手帳入れとかなきゃいけないから、ついでにって……。ホントよく覚えてるな」

 武久が胸ポケットに生徒手帳と一緒に入れているのはシャーペンじゃなくて、ボールペンだ。
 どうやら林はそれをシャーペンにしたようだ。
 あれだけ芯を入れて詰まらせていたら、筆記具としての用はなさないだろうが。

「つか俺らホントに付き合ってるよね? なんか武久の反応の薄さにたまに不安になるんですけど……」
「人を不感症みたいに言うな。人聞きの悪い」
「武久が感度いいのは知って……って、いやだからそういう話じゃなくて!」
「じゃあ、どういう話だよ」
「それはその、もっとこう、メンタル面って言うかハートって言うかっ」

 林が赤くなってわたわたしていると、後ろから呆れ果てた声が降ってくる。

「おーい。そろそろいい? 次の授業、始まりそうなんですけどー」
 
 今、林が座っている席の本来の主である安西が、苦笑して立っていた。
 思い思いの場所で昼休みを過ごしていたクラスメイト達も、すでに教室に戻って来ている。

「もうそんな時間!? もっと武久と一緒に居たかったよ〜」
「いるだろ。同じクラスなんだから。次の予習しようって思ってたのに、結局出来なかったな……」

 机に広げたノートは白いままで終わってしまった。
 次の授業はいつも大体、出席番号順に当てる教師だから、今日は武久が当てられる可能性は低い。
 それでも英語は苦手科目なので、単語くらいはチェックしておこうと思ったのだ。
 ちょっとシャーペンの芯が詰まっただけで、思わぬ時間を取ってしまった。
 ほどなく5時限目の予鈴も鳴って、廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。
 おそらくグラウンドでサッカーでもしていた連中が、急いで自分の教室に戻っているのだろう。
 
「いつまで座ってるんだ。さっさとどかないと、安西が座れないだろ。ほら」

 まだ座ったままだった林に、武久はあっさりと言った。
 安西は、心持ち気の毒そうな視線を林に向ける。

「いつもごめんなー、安西。昼休み中、席取っちゃって」

 林は席を立って、安西に軽く頭を下げた。

「あ、いや、俺は学食だから、まあそれはいいんだけど……林……何つーか、その……がんばれよ?」

 安西は微妙な顔で、林の肩をぽんと叩く。
 ありがとう、と力なく笑って林はほぼ反対側にある自分の席に戻って行った。
 その後ろ姿を見送ってから、武久は青いシャーペンを筆箱から取り出しくるくると指で回した。

「記念、ね……」

 こんな何でもない物を、記念だなんて。
 武久が気に留めていなかったちょっとしたことを、武久の分まで覚えていてくれるのがくすぐったい。
 書きやすくて結構気に入ってるものだけど、欲しいんだったら壊れてなくてもあげるのに。
 林が欲しがってくれるのなら、そっちの方がずっと嬉しい。

「そう言う顔は、林に見せてやれよ……」

 心持ちげっそりした顔で安西が呟いたのとほぼ同時に、教室に英語教師が入ってきた。


Fin.
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