25pieces

  地図  

『探さないでください』 
 テーブルの上に置かれた紙には見慣れた汚い字で、そう書かれていた。
 ペーパーウェイト代わりによりにもよって携帯電話を使っている。
 罫線の引かれた紙は大学で使っているレポート用紙で、裏にも何かが透けて見えた。
 携帯をどけて紙をひっくり返すとアバウトすぎる線で何やら地図らしきものが書かれていて、ある一か所がぐりぐりと塗りつぶされている。
 分かりやす過ぎて、ため息も出ない。レポート用紙をぐしゃりと丸めて、オレは低く呟いた。
 
「何やってんだ、あのバカ……」 

 舌打ちして、脱いだばかりのジャケットをまた羽織ってアパートを後にした。
 丸めたままのレポート用紙をポケットに突っ込んで。
 
 
 シーソーに一人だけ座っている姿はそれが小さな子どもなら、まあ微笑ましいと言えなくないかもしれない。
 片側に友達が乗るのを待ちきれなくて、先に座ってしまったんだろうなとかそんな感じで。
 しかし、日もすっかり暮れて街灯が照らされる時間帯になって、すでに育ちきった若い男がぼんやり座ってるとなると話は別だ。
 どう見ても不審人物、下手したら通報されかねない。せめてベンチに座っとけばいいのに。
 ポケットに突っ込んでいた紙球を、その男目がけて投げつけた。
 見事に頭にヒットして、はね返って地面に落ちる。
 気づいた男がこっちを振り返って、ほっとした顔を見せるのが忌々しい。
 探して欲しくなかったんじゃないのか、お前は。
 当然の突っ込みをするのも馬鹿らしく、主人を待つ犬のような顔でこっちを見ている男に近づいた。

「余計な手間かけさせるなよ、竜治」  

 ゴミを散らかすのは本意じゃないので、さっきなげた紙球も拾って回収して行く。
 傍らに立つと、まだシーソーに座ったままの竜治が見上げてくる。

「よかった。気づいてないのかと思った」
「テーブルのど真ん中にわざわざケータイ重しに置き手紙もどき残しといて、何言ってんだお前は……」
「もしくは、気づいても来てくれないかなと」

 だったら来なくても構わなかったのか?
 部屋に残していった携帯もどうせ後で取りに来るんだろうし、放っておいてもよかったか……。
 でも行かなかったら行かなかったで、夜中の3時とか、それこそ警ら中の警官に職質されてしまうような時間になって、念のため確認しに行ってしまう気がする。
 だったらすぐ来た方がマシって話か。

「……で? 改まってオレを呼び付けてまで言いたいことって何。バイトのピンチヒッターって言って英文の芹沢さんとデートしてた件? それとも、相田たちと飲み会に行くって言ってたのがホントのとこは合コンだった方?」

 とりあえずの心当たりを言ってみる。
 ただしそれはどちらも、オレがやったことではない。
 言いたいことがあるなら聞いてやるぞと水を向けたら、不満げな声が返ってきた。

「そこまで把握してんのに、なんで圭吾は何も言わないんだよ。無反応ってなくねえ……?」

 あれ? もしかしてオレ責められてる?
 一応言ってはみたけど、どっちもわざわざ反応するようなことじゃないだろ。
 内心首をかしげながら、竜治の腕をつかんで立たせた。
 バランスの崩れたシーソーが錆ついた音を立てて、少しだけ反対側に傾く。
 竜治の方がオレよりも上背があるので並んで立つと、見上げなければならない。

「お前が楽しく遊んでんのをイチイチ問い詰めるほどオレはヒマじゃないんだよ。それとも何、別れたいのか? だったら、」
「そんわけないだろ! 絶対別れないからっ!」

 オレの言葉を遮って、これ以上ないってくらい焦った顔で竜治が逆にオレの腕をつかんでくる。
 男前って必死な顔してもやっぱり男前なんだな。変な所でつい感心してしまう。

「オレも別れるつもりは全然ないけど。本気で浮気してるってわかったら刺すし」

 心をこめて答えたら、暗がりでもはっきりわかるくらいに竜治の顔がサーッと青ざめた。

「け、圭吾……?」
「ばーか。冗談に決まってんだろ。何本気でビビってんだよ」
「いや、今のぜんっぜん、冗談に聞こえなかったんだけど……」
「へええええ。じゃあ、何かもっとやましいことがあるんだな。オレから刺されそうな?」
「ないっ! ないです! あるわけねえじゃん……。俺、圭吾一筋なのに」
「だろうな」

 コイツがオレにべた惚れなのは、オレが一番よく知っている。
 だからこそ、多少のことには目をつぶってるし、気にしてもいない。
 それがどうやら竜治には不満らしい。

「圭吾って、ほんとに俺のこと、好きだよな……?」

 眉尻を下げて問う竜治の額にデコピンをかまして、オレは言ってやった。

「そうじゃなきゃ、あんな回りくどいことされて、こんなとこまで来るかっての。言いたい事あるなら、そのまま部屋で待っとけよ」
「無理。部屋で会ったら話どころじゃなくなる」

 そこはきっぱり言い切るんだな。
 まあ、実際その通りではあるけど。

「だったらメールすればいいだろ、いつもみたいに」
「返信が翌日に返ってくるメールな……。しかも『わかった』『よかったな』とか5文字以内」
「オレはお前みたいに絵文字満載なメールなんて打てないんだよ」
「圭吾のメールはそれ以前の話だろ。電報だってもうちょっと字数使うと思う……」

 付き合ってみてわかったのだが竜治は割とマメで、一日一回以上は必ずメールをしてくる。
 共通の友人のちょっとしたニュースや、キャンパスにたまに現れる猫を写メ付きで送ってきたりとか。
 大学は同じでも学部は違うので、顔だけは知ってるが講義は受けたことのない教授の話なんか結構面白い。
 他にもちょっとした出来事をよくメールしてくる。
 だけどオレは竜治みたいに気のきいたメールが打てないんだよな。暗に電報以下と言われてもそこは否定できない。
 なんて書くか考えてる内に一日経って、結局無難な一言を返信するだけで終わってしまうから。
 連絡事項はさすがに即レスしてるが、文字のやり取りで会話のキャッチボールってのがなあ……。

「お前から来たメールは何度も読んでるんだけどな」
「え……マジで!?」
「うん。こんなこと嘘つく必要ないだろ。消さないように保護もしてる」
「そういうことはもっと早く言って欲しかった……っ」
「こんなことイチイチ主張するようなことじゃないだろ」
「いや、そこは主張して!」

 俺の肩に手を置いて切実に訴えてくる。
 そしてやけに深々とため息をついて、竜治はぼやいた。

「俺、圭吾はもう俺のこと飽きたんじゃないのかって……」
「は? 何でそんな風に思うんだよ」
「……俺が付き合ってって圭吾に言った時、何て言ったか覚えてる?『いいよお前エッチ上手そうだし』って! それなのに、しばらく会わない、部屋にも来るなとか言われたら、考えるだろ……!?」

 それでこんな行動に出たのか。後ろ向き思考で突飛なことするなあ。
 オレが来なかったらどうするつもりだったんだろう。
 誰もいない夜の公園でシーソーに座った男が一人で泣いてたりしたら、軽く都市伝説にでもなってそうだな。
 やっぱり来て正解だった。

「前にちゃんと言っただろ、忙しいって。バイトかけもちして、おまけにレポートも詰まってるんだ。それだけだよ。何深読みしてんだ。しかもその言い方だと、オレがお前の身体しか興味ないみたいじゃねえか」

 合コンの件を知った時点で問い詰めでもしときゃよかったのか?
 でもあれ明らかにただの人数合わせってわかってたからな。竜治は付き合いいいからそう言うの断れないタチだし。
 英文の女の子とデートってのも、実際のところは荷物持ち要員。
 芹沢さんの趣味がDIYなのはオレだって知っている。頼まれて何かかさばる資材でも運んでやったんだろう。
 なのに何で正直に言わないんだろうなって、オレはそっちの方が密かに気になっていた。
 だからさっきはわざと突き放して聞いてみたのだが……まさか、竜治がそんな風に考えてたとは。

「探しに来るなってメモ見て、探しに来るくらいにはお前のこと好きだよ。知らなかったのか? まあ、エッチ上手いのは大前提としても」
「そこは譲らないんだ……」
「そりゃそうだろ。痛いの嫌なんだよ。大事だろ、身体の相性は」

 背伸びして、すっかり冷たくなっている唇にキスした。
 身体しか用のない男にアパートの合鍵まで渡すわけないだろ。
 本人に会ってもないし、聞いてもないのに、行動きっちり把握してるヤツなんてお前くらいだっての。
 バイト掛け持ちしてんのだって、お前が泊りで遊びに行きたいって言うからだし。
 自分が坊ちゃんだからって、気軽にオレの分まで出すなんて言い出しやがって。
 だからムカついてあの時は絶対行かないって言ったけど、あんまりガッカリしてるから旅費稼ぐことにしたんだよオレは。
 ………なんてことは、こいつには絶対言わないが。

「お前、テンパリ過ぎ」
「圭吾がわかりにくいんだ……」

 夜目にもわかるくらい、竜治の顔が赤くなっていた。
 それを見てたら、たまになら振り回されて見るのも悪くないか、なんて思った。
 まあ竜治からしてみたら、振り回されてんのは自分の方、って言いそうだけどな。


Fin.
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