25pieces

  イルミネーション  

 連なる樹木に、数え切れないほどの青い光の花がまたたいている。
 それを見上げて楽しそうに歓声を上げながら、人々がゆっくりと歩いている。

「……三崎?」

 友人の声に三崎はハッとして歩を速めた。
 いつのまにか周囲の人につられて、自分も歩くペースが落ちていた。
 いや、本当はそれだけじゃない。友人と並んで歩くのが少しだけ嫌だったのだ。

「ごめん、桐野。つい見惚れちゃってさ」
 
 三崎たちが歩いている海辺近くのこの公園は、毎年冬の時期だけイルミネーションされる。
 天使や動物、雪の結晶などのイルミネーションがあちこちに配置される他に、樹木はブルーとホワイトのLEDライトで飾りつけられている。
 幻想的でいかにもロマンチックなその光景を眺めに来ているのは、圧倒的にカップルが多い。もちろん、男女の。
 友達同士連れ立ってきている女の子たちの姿もないではないが、男二人で歩いているものなど見た限りでは自分たち以外いない。
 やっぱり――断ればよかったのかもしれない。今さらながら三崎は思った。
 本来にここにいるべきだったのは、三崎ではなく彼女――曽根だったのだから。


『三崎、今日ヒマ? ヒマじゃなくても付き合って。頼む!』

 放課後に同じクラスの友人、桐野に頼みこまれた三崎は用件も場所もよく確認しないままうなずいてしまった。
 実際暇だったのもあるが、友人から何かを頼まれたのが嬉しかったからだ。
 たいていのことは何でも一人でやってしまう友人から、三崎が何かを頼まれることなんてめったにない。
 逆に三崎の方が友人に頼ることの方が多い。気を配るのが上手い、と言うのだろうか。
 三崎が何か困っている時など、こちらが何も言ってなくても、察して声をかけてくれる。
 それも決して押し付けがましくはない。大丈夫だからと答えると、わかったと頷いて行ってしまう。
 三崎は友人のその距離感をとても好ましく思っていた。
 口に出しては照れくさくて言えないが、親友とは彼のような存在を言うのだろうなとも思っていた。
 だから彼に頼まれたことなら、他に用事があったとしても、どうにか都合をつけて何とかしていただろう。  
 それがたとえ、友人が幼なじみの少女に頼まれた買い物の付き合いだと、わかっていても。

『会場限定のブレスレット……?』
『そう。海辺に公園があるだろ。冬になるとライトアップするとこ。あそこでイベント限定アクセサリーショップやってるんだと。そこのブレスレット買って来てって、彩夏が。そんなとこ男一人で行きづらいだろ。なのに問答無用で代金手渡されたんだよ』
『だったら、何も今日じゃなくても……。曽根さんの都合のいい時に改めて行った方がいいんじゃないかな。せっかくのイベントなんだし』
『だよな。三崎もそう思うよなー。何の彩夏のヤツ、売り切れたら嫌だからとか言いやがってさ』

 しょうがないよなアイツは。
 そうぼやきながらも、友人は口ほどには嫌そうな顔ではなかった。
 それを見て、俺の言いたいのはそう言う意味じゃなくて、と口に出かけた言葉を三崎は飲み込んだ。
 曽根は隣のクラスにいる桐野の幼なじみだ。友人は彼女を『彩夏』と下の名前で呼んでいる。
 家も近所で幼いころから――友人に言わせると腐れ縁だそうだが――仲がよく、クラスが違っても親しく話している姿をよく見かけた。
 三崎の方は友人を介して少し喋ったことがある程度だったが、三崎の目から見ても彼らはお似合いだと思った。
 付き合ってないと友人は言うが、近すぎて中々そういう関係に変われないだけだという気がする。
 いずれ遠くない日に、二人は付き合いだすのだろう……三崎はそう思っていた。

(曽根さんは、桐野の方から誘ってくれるのを待ってたんじゃないかな)

 一緒に行こうと素直に言えなくて。
 友人の方から、じゃあ別の日に二人で―――と言う言葉が出るよう差し向けたのではないか。
 それであえて男一人では行きにくい、いかにもなデートスポットにある店への買い物を頼んだのに、三崎が一緒に来てしまったら何にもならないではないか。

(普段は気がきくくせに。ここぞって時に鈍感でどうするんだよ)

 すっきりと短い襟足にかかる白いマフラーを睨みながら思った。
 目の不揃いなあのマフラーは曽根の手編みらしい。
 練習作を押し付けられたんだよ、なんて友人は笑っていたが、額面通りにその言葉を受け取るなんてどうかしてる。
 彼女もきっと、友人を好きに違いないのだ……。
 
 
 噴水のある広場の周りに、可愛らしいワゴンショップが軒を連ねていた。あれがイベント限定のショップらしい。
 どのワゴンショップも、それぞれイルミネーションで装飾されている。
 曽根に頼まれたと言うアクセサリーショップはすぐに見つかったが、店が店だけに並んでいるのはやはり女の子ばかりだ。
 もしくは、男女のカップル。
 この中に男一人で入って行くのは、確かに厳しいだろう。
 だからって、男二人で行くのもどうかと言う話ではあるが……。

(桐野でも、そう言うの気にするんだな)

 それは少し意外だった。三崎なら尻ごみしてしまうようなことも、友人は臆せずこなしてしまうことの方が多い。
 さっき三崎が遅れて歩いていた時だって、友人はいつもと変わらない様子で歩いていた。
 あれなら、女の子とカップルしかいないショップにだって堂々と入って行けるのではないか。
 いや、普段と変わりなく見えても、内心では気後れしているのかもしれない。
 わざわざ三崎に付き添いを頼んだくらいなのだから。

「なんかあったかいもん食いたいよな。今日のお礼におごるから。何がいい?」
「いいよ。そんなこと気にしなくて」
「違うって。気にするとか、しないとかじゃなくて……」

 友人は何か言いかけたが、順番が来たのでいったん口をつぐんで前に行った。
 綺麗に並べられたアクセサリーを見渡して、青いビーズと白いビーズが二連になったブレスレットを選ぶ。
 公園のイルミネーションに合わせたカラーなのだろう。他にも同じカラーのものが多い。
 天然石を使っているものはそれなりの値段がしたが、ビーズのブレスレットは高校生でも十分手が出せる値段だった。 
 
「こちらでよろしいですか?」

 女性店員ににこやかに尋ねられ、友人は頷くと振り返った。
 すぐ後ろにいた三崎の手を取って、いきなり宣言した。

「オレ達、カップルです!」

 突然のことに驚いて身を引こうとすると、逆に離さないとばかりに強く手を握られた。
 何するんだよと口を開こうとした時、三崎の目に店に貼られたポスターが目に映った。

(ああ、そういうこと……)

 友人もあのポスターを見たのだろう。それとも、最初から知っていたのか。
 振りほどこうとした手の力を緩めて、三崎は大人しく付き合うことにした。
 
 
「もう、いいだろ? 手……」

 買い物を済ませ、ワゴンショップを離れた後もまだ三崎は友人と手を繋いだままだった。
 もう、『カップルのフリ』は必要ないだろう。
 もっとも、あの店員だって自分たちを本当のカップルだとは思っていなかったはずだ。

『店頭でカップルだと宣言した二人連れのお客様には、数量限定でペアリングをプレゼントします』 

 ポスターにそう書かれてあったから。
 あの書き方だったら、二人連れ出来ていた女の子の客だって、チャレンジ出来なくもない。実際やるかどうかは別としても。

「あれ、何て言うんだっけ。ペガサス?」

 まるで聞こえなかったように、友人は噴水の傍に設置されたイルミネーションを繋いでいない方の手で指した。
 白いライトで、一本の角の生えた馬が作られている。

「違うよ。ペガサスは、羽の生えた馬。あれはユニコーン」
「そっか。ユニコーンの方か。ごっちゃになるんだよな。どっちも架空の馬だろ? そうだ、ついでに写真撮っとくかな」
「………だから、手」
「イヤなら、三崎から離せばいいだろ」

 遮るように言われて、友人がもう強く手を握っていないことに気付いた。
 振りほどこうと思えば、いつだって三崎の方から振りほどけたことを。
 友人は口の端をあげて嬉しそうに笑った。

「だったら、同意ってことだよな」
「や……、違う、そうじゃなくて……っ!」

 焦って手を離そうとしたら、今度は手首をつかまれた。
 反対の手にはいつ取りだしたのか、さっきもらった指輪がある。
 シンプルなシルバーのペアリング。

「指、細いんだな。薬指にちゃんと入った」

 止める間もなく、指に滑り込んできた。

「ちょっ……、何してんだよ? おれにはめてどうすんの」
「三崎にはめないでどうするんだよ。オレらがカップルって言ってもらったもんなのに」

 本気で不思議そうな顔をされて、三崎はカッとなって怒鳴った。

「だ、だからそれは……っ! 曽根さんのためにやったんだろ!?」

 ブレスレットと一緒に曽根に渡すために、その場にいた三崎と急遽カップルのフリをしたのではないのか。
 だから三崎は、友人の嘘に黙って付き合ったのだ。こんなことで、友人の助けになるのなら、と。

「全然違う。つかオレ、彩夏と付き合ってねえって言っただろ。……あいつ、ちゃんと彼氏いるし」
「それ、桐野じゃなくて……?」
「当たり前だろ。あー、これナイショな。彩夏の彼氏、社会人なんだよ。ちなみにオレの兄貴」
「そっか……そうなんだ。ごめん………」
「なんでそこで三崎があやまんの?」
「だって……」

 友人の性格なら、どんなに好きだったとしても兄から彼女を奪うことなどしないだろう。
 全くの他人ならば離れることも出来るが、兄弟ならそうもいかない。
 遠くない未来に、友人の義姉になるかもしれないのだ……。 

「まだ何か勘違いしてるみたいだけど。オレ、彩夏のこと、恋愛的な意味で好きになったことなんて、いっぺんもないからな?」
「え……っ!?」
「腐れ縁だって言ったろ。彩夏は兄弟みたいなもんだよ。妹って言うより、弟? 兄貴と結婚したら姉だけど。あいつ、今じゃあんなだけど、昔はお転婆通り越して暴れん坊だったんだぞ……」

 何度泣かされたことか、と友人はやけに感慨深そうに呟いた。
 実感のこもった響きは、嘘ではなさそうだった。
 とすると二人が両想い秒読み状態だと思っていたのは、まるっきり三崎の思いこみだったのだ。

(なんだ………。よかった)

 安堵している自分に気づいて、三崎はあれっと思った。
 どうしてほっとしているのだろう。友人が、つらい片思いをしているんじゃないとわかったからだろうか。

「ったく、下手な小細工するんじゃなかった。シチュエーションで流されてくんないかなって、いくらなんでも姑息すぎか」

 友人は照れくさそうに笑って、小さく咳払いした。

「好きです。オレと、付き合って下さい」

 目の前には、三崎しかいない。
 嘘でも、冗談でもないと、友人の言葉以上にまなざしが語っていた。

「………桐野って、俺が好きなんだ」
「そうだよ」

 戸惑って視線を落とすと、左手の薬指のリングが映った。イルミネーションの明かりを反射して輝いている。
 それを見ていたら、急に心臓が走り出した。

「ヤバイ。どうしよう。俺、なんかすごい嬉しい……」

 混乱して、顔をあげることができなかった。

「変だよな、俺。だってさっきまで、桐野は曽根さんが好きなんだって思ってて。お似合いだって、思ってたのに」

 彼は三崎の大切な友人だ。彼のような存在を親友と言うのだとずっと思っていた。
 今もそれは変わらないのに、どうしてこんなに胸がドキドキしているのだろう。

「別に変じゃない。三崎もオレが好きだから。オレが好きな相手と上手くいけばいいって。そう思ったんじゃねえの」

 自信ありげに言われて、三崎は吹き出した。
 そんな風に言われたら、自分でもそうだったのではないかと思いそうになる。
 でもそれは半分当たりで、半分ハズレだ。
 不意打ちの告白の衝撃から覚めて段々落ち着いてくるに従って、自分の気持ちが見えてくる。
 友人が言うほど、自分はお人よしじゃない。好きな人が、想う相手と上手くいけばいいなんて思ったりしない。

「曽根さんなら……。桐野と付き合っても、俺の居場所も残してくれそうだなって思ったんだ。……親友のポジションっての? 友達って一生ものじゃん」

 彼女が出来たら急に付き合いが悪くなるヤツなんて、いくらでもいる。
 それはある程度は仕方ないことだ。友達より恋人の方を優先して欲しいと、付き合っているのなら思うだろう。
 でも時には、友達である自分の方も見て欲しい。傍にいて欲しい。

「つまりそれは、オレと一生付き合いたいくらい好きだと、そう言うことだよな」

 そこまで考えたことはなかったが、結局そう言うことだったのかもしれない。
 三崎は迷いながら、頷いた。
 どんな形でもいいから、出来るだけ長く傍にいたいと願っていた。
 そんな風に思える相手を、親友と呼ぶのだと思っていた――。

「ってことで、これ。三崎も」
 
 もうひとつのペアリングを渡して、友人が手を差し出してきた。
 その意図する所は明確だ。三崎は指輪を手に取って……。

「え……っ! なんでだよ、三崎!?」

 友人のコートのポケットの中に滑り込ませた。

「何でも何も。こんなとこで指輪交換とか出来るわけないだろっ」

 隠すように薬指の指輪を押さえて、三崎は目を伏せた。
 本当はこんなカップルだらけの場所で、友人と並んで歩くのさえ気恥かしかったのだ。
 噴水の前で指輪交換なんて、ハードルが高すぎる。

(ただでさえ場違い感ハンパなくて、居たたまれないってのに……)

 イルミネーションは綺麗だが、頼まれでもしなければ決して自分から行こうなんて思わなかっただろう。

「わかった」

 友人はいつものようにさらりと頷いた。
 三崎はホッと息をつく。友人はこんな時、無理に何かを言ってきたりはしない。
 その距離感が、三崎にはとても好ましかった――のだが。

「場所を変えよう。他に誰もいない場所ならいいよな。大丈夫。穴場リサーチ済みだから」

 三崎の答えを待たずに、恋人は彼の手を引いて歩き出していた。   


Fin.
戻る
Copyright (c) 2012 All rights reserved.