25pieces

  アイスキャンディー  

 先っぽの方から、少しずつ少しずつ、舐めてゆく。
 無くなるのを惜しむように、大事そうに。
 いつも、そうだ。
 だからオレは、すごく焦れったくなって――――。


「たれる、たれる、たれるって!!」
「ん〜?」

 オレが至近距離で叫んでも、佳樹のマイペースぶりは鉄壁だ。
 赤い舌を、猫みたいにのぞかせて、無心にぺろぺろと舐めている。
 だーっ、もーっいい!
 ハンカチかティッシュ!
 慌てて制服のポケットをさぐると、ハンカチが出てきたので、佳樹の膝の上に素早く敷く。
 それを待っていたかのようなタイミングで、ぽとりとアイスキャンディーの滴がこぼれた。

「ありがとー、そうちゃん」

 にこっと笑って言われて、オレはがっくりした。
 あー、今のでアイスキャンディー食って、爽やかだった気分がどっか飛んでった。
 せっかく引いていた汗まで湧きでてくる。
 なのにオレのハンカチは佳樹の膝の上。
 仕方なくオレは、シャツを引っ張って額を流れる汗をぬぐった。

「ありがとうじゃなくてさ、よっくん。クーラー効いてる部屋ならともかく、なんで真夏日の屋外でいつものまったりペースで食うワケ。ガリッといけよ、ガリッと!」

 駄菓子屋の店先のベンチに座って、ペロペロキャンディー舐めるみたいにアイスキャンディー舐めてたら!
 あっという間にタダの色のついた砂糖水になるっつうの!!

「えー。だってー」

 佳樹は顔をあげると、ぽたぽた垂れている下の方から舐め始めた。
 いやもう、舐めるっていうかすするって言うか……。

「こーやって食べた方が、おいしーし。それに、ガリってしたら、頭、キーンってなるよ?」
「一気に食わなきゃ大丈夫だから。かき氷じゃねえんだし……って、悪い、話しかけて。もうなんでもいいから食って」

 ハンカチにピンクの染みがっ。
 こう言う時に限って、色柄モノじゃなく白いハンカチだったりする。
 アレか、真夏日の呪いか。
 洗濯したら、ちゃんと落ちるだろうか。
 やだなあ、ピンクのまだら模様とか残ったら……。

「ふぁいー。……あ、でも、俺が黙ってたらー、そーちゃんが退屈じゃない? 暑いしー、先帰っててもいいよー」

 駄菓子屋の軒先は、一応日陰にはなっている。
 だが、太陽はまだまだ高い位置でギラギラ照りつけてるから、全く涼しくない。
 凪ぎに入ったのか、さっきまでは多少吹いていた風も、ぴたりとやんでしまった。
 これならいっそ、クーラーの入っていた学校の教室の方がよっぽど涼しかった。
 夏休みに強制で課外を受けさせておいて、一番暑い時に放り出すとか。
 いつもながら、学校側の仕打ちは情け容赦ないことはなはだしい。
 ここまで歩いてくるだけで汗じっくりになったが、今のやり取りで更に汗だくだくだ。
 歩いて行ける距離に高校があるのはありがたいけど、この時期の徒歩通学30分はツライ。
 しかも、自転車・バイク通学は校則で禁止ときている。
 そんな中での、家から高校までの大体真ん中にあるこの駄菓子屋・タナカはオレたちのオアシスだ。
 この時期は、特に。

「……帰らない。だから、オレのハンカチがピンクに染まりきってしまう前に、食べて」
「うん。もーちょっと、待っててねー」

 間延びした声で佳樹は答え、とろとろ、ちろちろとアイスキャンディー舐めを再開した。
 一緒に買って食べ始めたオレのアイスキャンディー(ちなみに、オレはレモン味、佳樹はピーチ味)は、もうすっかり胃を通過して糖分は栄養として吸収され、水分は汗となって流れ出てしまったに違いない。

「ごちそーさまでした」

 ようやく食べ終えた佳樹が、猫のように、今度は自分の手をぺろぺろ舐めながら言った。
 まああんだけ、ぽたぽた滴ってれば、そりゃ手もべたべたになるよな……。
 オレは駄菓子屋・タナカの奥に向かって叫んだ。

「オバちゃーん! すみませーん、ティッシュ2枚くださいー! アイスで手ぇ汚しちゃってー」

 オレの声に奥からオバちゃん(推定70歳)が、ティッシュの箱を持って出てきた。

「はいよ。アンタたち、まだ食べてたのかい」
「ありがとうございます。オレはもう、とっくに食べ終えました……」

 呆れたようなオバちゃんの声に、ひきつった笑いで返しながら、オレは頭を下げ礼を言ってティッシュを2枚引き抜いた。
 オバちゃんはさっさと奥に引っ込んで行く。
 ちなみに、駄菓子屋・タナカは店内に冷暖房はないが、ガラス戸を挟んだ奥はバッチリ冷暖房完備なため、通常オバちゃんは奥から店内に目を光らせている。

「ほら、拭けよ。あといつまで棒持ってんの。そこの缶に捨てる」

 ベンチの陰になって目立たないところに、元はペンキ缶か何かだったものがゴミ箱代わりに置いてある。
 それにアイスキャンディーの棒を捨てさせると、オレは佳樹の手をティッシュで拭き始めた。

「くすぐったいよう、そーちゃん」

 手を引っこめようとする佳樹を追いかけ、手首をつかんでから、指の間まで拭く。

「そんな、念入りにしなくても、いーよぅ」
「オレが気になんだよ。つかべたべたしたままの手で鞄つかんだら、鞄がべたべたになってアリがたかるぞ」
「それは、ちょっと困るー」

 おっとり首をかしげ、大人しくもう片方の手も差し出してきたので、もう1枚のティッシュで同じように念入りに拭いた。
 よし。綺麗になった。
 ティッシュを捨て、まだ佳樹の膝の上にあったオレのピンクまだらの白いハンカチを取って、汚れている方を内側に折り畳んでポケットに戻した。
 ベンチに置いていた鞄を取り上げる。

「帰るぞ」
「うん」

 佳樹も鞄を取って、立ちあがった。
 日陰を一歩出ると、最早殺人的とも呼べる太陽光線が降り注いでくる。
 それなのに、あと15分も歩かないと家には辿りつかないのだ。

「そーちゃんさあ……」

 並んで歩きながら、佳樹はまるで暑さを感じていないようなのんびりした声で言った。

「タナカで食べてくんじゃなくてー。道々、食べてった方が、そうちゃん、早く家に帰れて、よかったんじゃない?」

 確かに。
 それなら、帰宅時間が合計1時間にはならなかっただろう。

「祭りの縁日とかでもないのに、歩きながら食べんのみっともないだろ。行儀悪いし、第一、危ない」

 歩き煙草歩きケータイ歩き食べ。
 どれもみんな、そっちに気が取られてイザって時危ないじゃん……煙草は当然吸わないけど。
 だからオレは、ケータイだってなるべく立ち止まってするし。

「そういうとこ真面目だよね〜、そーちゃん」

 しみじみと佳樹がつぶやく。
 他のヤツに言われたのなら、バカにしてんのかと思うところだ。
 佳樹の場合、言葉以上の意味はないことは、長い付き合いでわかっている。
 だからオレは、その先もすんなり口に出せた。

「早く家帰っても、つまんないだろ。……ひとりで先に、帰っても」

 ひとりっ子の鍵っ子だから、家誰もいないし。
 それは同じマンションに住んでる佳樹も同じだけど。

「そうちゃんって、ホント、さびしんぼだよねぇ」

 くすっと笑って、佳樹がオレの腕にじゃれついてくる。
 暑い。

「……そうだよ。だから、今日もよっくんち……、寄って、いい?」
「いいよ。ってか、聞かれなくても、今日もそのつもりだったしー」
「だって、さっき、先帰れって……」
「うん。だから、俺んちで待っててってー」 

 にこっと笑って言われて、なんだ、と思った。
 今日は来るなって、そう言われたのかと思ってた……。
 ほっとしてると、佳樹が、あ、とつぶやく。

「もしかして。さっきちょっと、キゲンわるそーだったの、それで?」
「う……。だって、いつもオレが寄ってくの、ウザイかなあって思って……」

 せっかくの夏休みだし、もう高校生だし。
 佳樹もたまには、ひとりのがいいのかなあとか思うじゃん。
 幼なじみがいつまでもべったりしてるのって、どうなんだーとか……。

「俺がそんなこと、思うわけないでしょー。ほんっと、そーちゃんてば、」

 佳樹はますますオレにくっついてきて、続けた。

「そうちゃんってば、俺のこと、好きだよねー」

 なのでこれも、からかってるんじゃなくて、事実確認なのだ。
 だからオレは、くっつかれたまま佳樹を見上げて、
「うん」

 と、答えた。


 アイスキャンディーが、一瞬でジュースになりそうな暑さの中。
 マンションまでの約15分の道のりを、オレたちは押しくらまんじゅうでもしてんのかってくらいくっついて、でろでろに溶けながら帰って行った。


Fin.
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