25pieces

  ひまわり 妖精ver.  

 先輩って、ほんっと人が悪いですよね!
 あれがオレだって気づいてたんなら、オレが入寮した時点で言ってくださいよ!
 なんで今頃になって言うんですか!?
 4月に言ってたら、すぐにあの時の妖精だって認めたのかって?
 そんなわけないじゃないですか。否定するに決まってます。
 それに初対面で、お前あの夏に会った妖精だよな? とか先輩に言われて肯定する大学生男子がいたら怖いです。
 むしろホラーですよ、ホラー。
 じゃあどんな反応するのが正しい男子大学生かって?
 そうですね。せいぜい、この寮、昼間っから酔っぱらいがいるよ……と先行きに不安を覚えつつも縦社会の一員としてやり過ごすために、とりあえず水でも持ってくるのが正解じゃないでしょうか。
 ってか、その妖精っての、ホント、マジでやめてくれませんか……!
 おかしいでしょ、オレですよ、オレ!
 別にオレ、羽とか角とかつけてませんから。
 ……妖精に角はない? あれ、ありませんでしたっけ。ほら、触覚みたいに、ぴろーんとしたヤツ。
 あれは角じゃない? まあどっちでもいいじゃないですかそんなこと。
 先輩が見た目に反して、そんなメルヘンなことをずっと考えていたなんてびっくりです。
 ……いやこれは褒め言葉ですよ? だって先輩かっこい……ごほん、な、なんでもありません。
 とにかく! それに先輩の聞いた話じゃオレが何も考えずにあっさり女装したみたいになってますけど。
 本当は少し違うんです。そこはぜひとも訂正させて下さい。
 あれは、斉藤のお姉ちゃんが、昔の外国では男の人もワンピースみたいな服を着てたのよだから大丈夫大丈夫! とか言って、半ば強制的に着せられたんです。
 実際に着ちゃったら、涼しかったからまあいっかって思ったのも事実ですけど。
 ……って、先輩、何笑ってるんですか? ちゃんと聞いてます?
 あそこには、オレの地元の知り合いも、友達も誰もいないし。
 お姉ちゃんの麦わら帽子被ってたら、顔が隠れるし。
 斉藤のおばちゃんも、ママのちっちゃい頃そっくりねとか言うから。
 じゃあ別にこのまま出かけてもいいかって思って、出かけたんです。
 ―――だから先輩、いい加減笑い過ぎですっ!
 あの時先輩に声かけられた時、マジすっげービビったんですよ!?
 なんでオマエ女のカッコしてるんだ? って言われるんじゃないかと思って。
 なのに先輩、オレのことホントの女の子だって信じきっちゃってるし……。
 おかげで引っ込みつかなくなっちゃって、次の日もワンピース着るはめになっちゃったんじゃないですか。先輩のせいですよ。
 なんでって……。そりゃ、決まり悪いでしょう。ホントは男なんですなんて、後で言うの。
 それに……。
 それに、先輩、あの時あんなに優しかったの、オレが女の子だって思ってたからなんでしょう?
 先輩って、基本的に今でも女子に優しいですし。
 自覚ないんですか? こないだだって……いえ、それは今はいいんです。
 だから別にヤキモチとかじゃないです! なんでオレがそんなの妬かなきゃいけないんですか!?
 とにかく、オレが男だってバレたら、先輩が怒って、もう遊んでくれなくなるって思ったんです!
 だったら、女の子のままでもいいやって思って。
 あの時、先輩に川とか山とか遊びに連れてってもらって、すごく楽しかったから。
 水を差したくなかった、って言うか……。
 これたぶん、斉藤のおばちゃん言わなかったと思うんですけど、あの時、オレの親、離婚調停中だったんですよね。
 それで話し合いの間だけ、母方の親戚の家に預けられてて。
 斉藤のお姉ちゃんがテキトーなこと言ってオレにワンピース着せたのだって、オレがあんまり元気がなかったからだと思うんです。
 後で、怒ってすぐ脱ぐだろうと思ってたのに、そのまま出かけちゃったからびっくりしちゃった、って言われたし。
 ちょっとヤケクソになってたのかもしれません。
 そんな時にひまわり畑の向こうから先輩が現れて。
 オレに言わせれば、先輩の方が妖精みたいでしたよ。
 見ず知らずのオレに、何も聞かないで一緒に遊んでくれて。
 川を渡る時、手を握ってくれたでしょう?
 浅瀬を石伝いに歩いて渡ったのも初めてだし、手をひかれて歩いたのも初めてで。
 そりゃ、幼稚園の遠足で手を繋いで歩いたことはありますけど。そういうのとは全然ちがって。
 あれ、オレが転ばないようにって、手を繋いでくれたんですよね。
 オレ、両親ふたりとも忙しかったから、親と手を繋いで歩いた記憶もあんまりないんですよね。
 たぶんちっちゃい頃にはあるんだと思うんですけど、ほとんど覚えてないし。
 だからすごいドキドキして。女の子って、こんなに優しくしてもらえるんだって思って。
 ……言えるわけないじゃないですか。
 今さら男だなんて。
 先輩にはずっと、あの夏の日にちょっとだけ遊んだ子は、女の子だって思っていて欲しかったんです。
 すごく楽しかったから。先輩にもそう思って欲しかったから。
 実は女の子のカッコした男の子に優しくしてたんだなんて。
 そんなこと知ったら、オレなら確実に怒りますね。騙された! って。
 せっかくのいい思い出に、そんな罰ゲームみたいなオチ、必要ないでしょう?
 じゃあなんで、またね、なんて最後に言ったのか、って………。
 それは―――――――。 
 別に、ホントにまた会おうって意味で言ったんじゃありませんよ。
 ……バイバイ、って言ってさよならするの、なんだか寂しくありません? 
 いかにも、それっきり、って感じがして。
 またね、って言って別れたら………。
 ほんの数日間のことでも、オレのこと、覚えててくれるんじゃないかなって―――。
 イヤイヤ、今のはナシ! ナシです! 忘れて下さい! 
 9年も前に言った言葉の細かい意味なんて、いちいち覚えてませんっ。
 大体、先輩の夏の日の初恋の思い出とやらは、ひまわりの妖精とやらなんでしょう?
 オレは、そもそも妖精なんかじゃありませんから、関係ありませんしっ。
 妖精はひまわり畑の向こうに消えて行ったんです。
 こんなボロい寮に妖精なんてメルヘンなもの出没したらおかしいでしょう! なのでそれはオレじゃありません!
 ……だからなんでそんなに笑ってるんですか、先輩!?
 先輩って、ほんっと人が悪いですよね……!


Fin.
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