25pieces

  転入生  

 ヤツは一週間を過ぎるころには、まるで最初からこのクラスにいたかのように、すんなりと教室に溶け込んでいた。
 それ自体はとてもいいことだと、オレも思う。
 学年の変わり目ならまだしも、学期途中なんかに学校を変わるのは大変だろうし、知らない場所でイチから始めるのはキツイだろうなあと、生まれた時からずっと同じ家に住み続けてるオレにだってそのくらいの想像はつく。
 新しい学校に早くなじめるように、みんなで転校生の○○君に親切にしましょうね―――みたいなことは、小学生の頃からずっと言われ続けていることだ。
 だからオレは、ヤツが峰岸さんに学校を案内してもらっていたのも、まだ来ていない教科書を見せてもらっていることも、もちろん当然だと思っている。
 それは隣の席のクラスメイトとして、あるべき姿なのだ。
 彼女はヤツじゃなくオレが転校してきたとしても、きっとそうしてくれたと思う。
 わからないことがあったら、なんでも聞いてね―――そう、オレにも言ってくれたはずだ。
 そして調理実習で作ったマドレーヌも、きっとオレにくれたに違いない……はず、だ。たぶん。いや、絶対!
 なのに、ヤツは、東澤は、彼女からマドレーヌをもらった時、オレの方を見て、笑ったのだ。
 くっそう、ちょっと顔がいいからって、いい気になりやがって……!
 峰岸さんはなあ、お前が転校生だから親切にしてやってるだけなのであって!
 断じて、お前だから特別に親切にしてるとか、そういうんじゃないからな! 誤解すんなよ!?
 ったく、いつになったら教科書来るんだよ!
 机ひっつけて教科書見せてとか、そんなのうらやましい……じゃなくて、何日もそんなこと続けてたら、峰岸さんが迷惑だろ!?
 ったく、担任も転校生くるのわかってたのなら、もっと早く手配しとけってんだ。
 聞いたぞオレ、東澤、夏休み始まってすぐくらいには転入の手続きしに来たって!(峰岸さんから……)
 それなのに、1週間も経ってまだ届いてないとか。
 どんだけお役所仕事なんだよ!? 学生の本分は勉強なんだぞ……!!

「ああ、飯田。ちょうどよかった。東澤の教科書一式、ようやく届いたんだよ。お前、一緒に持って行ってやれ」

 そんなオレの魂の叫びが届いたのか、昼休みに廊下で担任に声をかけられた。
 担任の隣には――身長だけ言うなら、35歳独身男性教師とかわらない――転校生が立っていた。
 なんでオレが! 今からグラウンドで腹ごなしに磯辺たちとサッカーしようと思ってたのに!
 1人で運べよ、1人で!!
 ………なんて、もちろん言えるわけはなく。
 転校生には、当然親切に出来るよな? と、担任の顔にも書いてある。
 オレは廊下の窓からグラウンドをちらっと眺めると、ぐっと息をのんで、ムリヤリ笑顔を作った。

「……わかり、ました」
「場所は資料室だ。お前、案内できるよな? 頼んだぞ」 
 
 担任はそう言うと用は済んだとばかりに、さっさと行ってしまった。
 オレはその場に、東澤と2人取り残される。
 おいおい、せめて資料室までは一緒に来いよ担任……!
 教科書ちゃんと全部そろってるかくらいはお前も確認しろっ!
 気まずいだろ、コイツと2人とか……っ! 
 オレまだコイツとちゃんとしゃべったこと、いっぺんもないんですけど!?

「……飯田君?」

 思わず呆然と担任の後ろ姿を見送ってしまったオレに、東澤が怪訝そうに声をかけた。
 オレは何でもないように、笑って誤魔化した。

「えっと……、じゃあ、行こうか。資料室、こっちだから……」
「うん。よろしくね、飯田君」

 東澤はそう言って、オレに笑いかけた。
 その時、口元で八重歯がちらりとのぞいた。
 オレは思い出したくもないのに、峰岸さんが言った言葉を――東澤君って、ぱっと見は無愛想だけど、笑うと八重歯がのぞいて可愛いんだよ――思い出した。
 まあ確かに八重歯って、多少可愛げがあるかもしれないけど。
 しょせんはただの犬歯。ちょっと尖っただけの歯じゃないか。
 オレはそれよりもむしろ、笑った時にちょっと眉がさがる方が………。

「飯田君? 行かないの?」
「あっ、ごめん。行こうか……! 早くしないと、昼休み終わっちゃうよな!」

 バカか、オレは。
 なんでオレが、東澤の笑顔について考えなきゃなんないんだよ!? どうでもいいだろそんなこと!!
 自分に盛大に突っ込みを入れ、今度こそオレは東澤を連れて、資料室に向かって歩き出した。
 
 
 副読本も含めると、教科書は結構な量が届いていた。
 一学期の初めに自分も受け取ったものだけど、教科の始まりにそれぞれ配られたから、改めてまとめて見るとこんなにあったのかと驚く。
 音楽とか保健体育の教科書とか、宿題も、予習する必要もなさそうな教科は机の中に入れっぱなしだからなあ。
 これだけあるのなら、1人で運ぶのはちょっと大変そうだ。
 オレがついてきてよかったようだ。
 昼休みはつぶれてしまったが、転校生に親切にするのは、クラスメイトとしては当然。
 それにきっと、そんなオレの姿を峰岸さんも見てくれるはずだ……!
 仮に見られなかったとしても、善行とは必ず伝わるものなのだ。(伝わらなかったら、さり気なく自分で言おう。教科書って一気にそろうと、思ったより量があって驚いたよとかなんとか)
 オレは気を取り直して、教科書の山に手を伸ばした。

「東澤。とりあえずこっちにある分、オレが持つから」
「ごめん、ちょっと待って。確認表もらってきたから」

 東澤はいつの間にか、一枚の紙を手にしていた。
 どうやら、教科書一覧表のようだ。
 なるほど、あれと照らし合わせて、漏れがないか確認するんだな。

「じゃあ、オレが教科書の名前読むから。で、東澤がそれにチェック入れろよ。その方が早く確認出来るだろ」
「いいの? ありがとう。それじゃあ、お願いできるかな」

 東澤はさっきみたいにニコっと笑うと、胸ポケットからボールペンを取り出した。
 眉がちょっとさがって、八重歯がのぞくと、それだけで人懐っこくなって………。

「あ、ああ……」

 いやだから! 別に東澤の笑顔が可愛かろうとそうでなかろうと、どうでもいいんだってば!
 オレは慌てて目を反らすと一番近くにあった教科書を手に取って、タイトルを読みあげた……。


 2人でやったからか、教科書のチェックはそう長くはかからなかった。
 確認表を信じるなら、これで東澤の全部の教科書がそろったことになる。
 もうこれで、隣の席の峰岸さんが机をひっつけて東澤に教科書を見せることもなくなるわけである。二度と!

「嬉しそうだね? 飯田君」
「えっ、いや……」

 顔に出ていたのか、東澤に突っ込まれる。
 とっさに否定したものの、ついニヤけた顔が誤魔化せたかどうかはわからない。

「飯田君ってさ……」

 教科書を運びやすいようにまとめながら、東澤はオレの方をじっと見た。
 何を言うのかと思わず構えたオレに、ヤツはさらりと言った。

「峰岸さんに彼氏がいるって、知ってた?」

 えっ……!?
 なんだって!? 嘘だろ!? マジでーーーー!?
 心の中で思いっきり叫んだけど、オレは極力なんでもない風を装って、言った。

「へえ……そ、そうなんだ。知らなかった。誰? ウチのクラスの誰か……?」

 まさかそれは自分だとか言わないだろうな!?

「同じ塾に通ってる、私立T中の人だって」
「ああ、あの男子校の……。ふうん……」

 くそっ!
 男子校通ってるくせに他校で彼女作るとか!
 進学校だろT中って! 勉学に励めよ、勉学だけに!!
 オレはその見知らぬT中の男に猛抗議した。

「ホントは僕も、そこに通うつもりだったんだ。前行ってたとこと同じで、男子校だし」

 オレの心中など知る由もない東澤は、彼女の話はそれで終わりだと言うように、自分のことを語りだした。
 オレ、もうちょっと峰岸さんの彼氏情報を知りたいんですけど……。

「でも、新しい家からだとT中って、ちょっと遠くて。乗り継ぎ、2回もあるし。だから家から近いとこでいいやって」 
「あ〜、確かにこっからだと、T中は微妙な位置だよな。オレの小学校の友達で、通ってるヤツもいる、けど………」

 ………って! そうだよ!
 翔太に聞けばいいんじゃん! T中に行った翔太に!
 塾しか一緒じゃないヤツより、クラスが一緒のオレの方が有利なはず。
 まだ諦めるのは早い……よな!?

「幼なじみなんだって。峰岸さんと、T中の彼氏。小3の時、彼氏が転校しちゃったらしくて、久しぶりに塾で再会。峰岸さんとは小学校の学区は違ったから、知らないんだよね? 週末はお互いの家に遊びに行ってて、家族公認らしいよ。だから、無理じゃないかなあ」

 口に出してなかったのに、まるでオレの心を呼んだかのように東澤は答えた。
 激しく動揺しながらも、オレはしらばっくれて尋ねた。

「無理って、何が……」
「何って。好きなんだろ? 峰岸さんのこと」
「オ、オレは、別に……っ!」
「そんな慌てふためいて否定したら、逆に好きですって言ってるのと一緒だよ。飯田君って、ホントわかりやすいよね」
「………バカにしてんのかよ?」

 オレはムスッとして言った。
 本当は怒鳴りつけたいくらいだったけど、ここで怒るのは相手の思うつぼって感じで癪だ。
 大体、なんでヤツが急にこんなことを言い出してきたのかも、よくわからないし。
 もし東澤も峰岸さんを好きだって言うのなら、けん制かな、と思うところだけど、見た感じだとどうもそんな風ではない。
 それ以前に、峰岸さんに彼氏がいるって言うのなら、この前提は無意味だ。
 じゃあ、だったらどうして、わざわざそんなことを確認してくるんだ……?

「まさか。ただ、君に早く、事実を知ってもらいたかっただけだよ」
「事実……? 峰岸さんに、彼氏がいるっていう?」
「そう」

 真面目な顔で、ヤツはうなずいた。
 だから、なんで。

「その方が、早く諦めがつくだろ?」

 諦め……?
 オレが、峰岸さんが好きだって言う気持ちに、早く諦めがつくって、そういうことか?

「……大きなお世話なんだけど。むしろ知らない方が良かったよ。学校違うんなら、しばらくは気付かないままでいられたのに」

 文化祭とか修学旅行とか、2学期はイベントが目白押しだ。
 知らないままでいられたら、たとえ片思いでも、きっと楽しく過ごせたのに……!
 ホント、いらん世話だよ……!!
 オレが東澤をギッと睨むと、ヤツは微笑みながら続けた。

「それだと、僕が困るから」
「は……?」

 いやだから、なんで?
 さっぱり意味がわからないオレに、東澤は教科書越しに手を伸ばしてきた。
 オレの右手に、ヤツの左手が触れる。
 東澤の手は、オレよりも冷たくて、ひんやりしていた。

「まさか共学に、こんなに好みのタイプがいるなんて、思わなかったよ。半分は対象外じゃない? だから確率悪いなあって思ってたのに。こういうのって、あれだね。数の問題じゃないんだな」

 ぎゅっと、手を握られた。
 ええと、ええと、これは一体……?
 戸惑うオレをよそに、東澤は眉をちょっと下げて、八重歯をのぞかせた。
 それだけで、黙ったままだと無愛想にも見える整った顔が、柔らかく崩れる。

「僕が峰岸さんに教科書見せてもらってる時や……調理実習のお菓子もらった時とかに、君が僕を見つめるあの顔……。眉がちょっと上がって、口がきゅっとつぼんでて、もうすごく可愛くて! 転校早々、こんなに可愛い子に会えるなんて、思ってなかったよ……!」

 すごくいい笑顔で、何やらとんでもないことを熱弁された。
 いや、オレが見つめていたのは、あくまで峰岸さんの方で!
 どっちかっつうと、お前のことは邪魔者として睨みつけてただけで……!

「ずっとこうやって、飯田君と2人でしゃべりたかったんだ。まずは友達からでいいから。……僕と、付き合ってくれない?」

 オレは何が何やら、あまりの急展開にさっぱりついていけなかった。
 峰岸さんに彼氏がいるって言う衝撃冷めやらぬうちに、何だかよくわからない主張? お願い? されてるし。
 なんなんだこれ、一体。
 手は握られたままだし、顔なんかくっつきそうに近くて……至近距離で見るとコイツ、カッコいいよなあ、ホント。
 峰岸さんと並んだとこなんか美男美女でお似合いで、だから余計ムカついてたんだよ……モノローグでさえこの事実は語りたくなかったんだけど!

「飯田君……?」

 オレが黙ったままでいたら、不安そうな声で呼ばれた。
 そんな憂いがちな顔でさえも絵になるとか、卑怯だろお前!?
 大体、友達『から』ってナニ!? 友達は友達だろ? そこで完結だよな……?
 って突っ込みが喉元まで出たのに、何故か口に出せなかった。

「………友達から、なら」

 それどころか、握られた手を振りほどくこともしないで、オレは気がついたらそう答えていた。

「そ、そんなことより、早く教室戻らないと。予鈴のチャイム、そろそろなるんじゃないか?」
「そうだね。ちょっとのんびりしすぎちゃったね」

 オレが見つめていたのは、峰岸さんの方だったはずだ。
 だけど峰岸さんを見ていたら、どうしても転校生のコイツが目に入ってしまうのは仕方のないことで……あれ?
 オレどうしちゃったの!? 大丈夫!?
 離れて行く手を思わず名残惜しく目で追ってしまったりなんかして、オレは内心ぐるぐるしていた。
 東澤は確認表をポケットに突っ込むと、さっきの勢いは何だったんだってくらいあっさりと言った。

「半分、持ってもらってもいいかな」
「あ、ああ……うん」

 オレはキツネにでもつままれたような気持ちで、うなずいた。
 いつまでもぐずぐずしてたら、マジで5時間目が始まってしまう。
 2つの山に分けた教科書をそれぞれ抱えて、資料室を出た。

「ありがとう」

 教室に向かって並んで歩きながら、東澤はオレに言った。

「べ、別に……。転校生に………友達に、親切にするのは、当たり前だろ」

 ほら、やっぱり。
 八重歯がのぞくよりも、きりっとした眉がちょっと下がる方が、男前な顔に愛嬌が出ていい感じだ。
 峰岸さんから言われるより前から、実はオレもちょっと思ってた。
 コイツの笑顔っていいよな、って。ちゃんと話してみたいなって。
 だから友達になるのは――峰岸さんをめぐるライバルになるワケじゃなかったみたいだし――いいんだけど……。

「最終的に、それ以上になれるようにがんばるよ! よろしくね」
「はあ……」

 大人っぽい(と、思っていた)転校生の、よくわからない宣言に、オレはあいまいにうなずいた。
 最初からクラスメイトだったみたいに溶け込んでるとはいえ、実際はヤツがこの学校に転入してから、1週間ちょっとしか経っていない。
 きっと、コイツなりに学校になじむのにまだ一生懸命なんだろう――オレはひとまず、そう思うことにしたのだった。


Fin.
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