バッテリーSS(青波&巧&豪)

ライバル!

「お兄ちゃん、ぼくな、野球部、入ったんだよ!?」

 四月。
 青波は中学一年生になった。
 野球を始めたせいか、病弱だった青波も、最近ではすっかり健康になった。

「そうか」

 答える兄・巧の言葉は、素っ気無い。
 冷たいのではなく、これがいつもの巧なのだ。
 だから、青波はさして気にせず、嬉しそうに続けた。

「あのな、オトムライ先生がな、お前、ホンマにあの原田の弟か、って言うんだよ。何でかなぁ?」

 そこまで聞いて、それまで黙っていた、豪が、ぷっと吹き出した。

「……何、笑ってんだよ、豪」

 むすっと言う、巧の視線を、軽くかわして、豪はまだ笑っている。

「ぼくとお兄ちゃん、そんなに似てない?」

 きょとんとして言う青波に、豪はこほん、と小さく咳払いをして、青波の頭をぐりぐりと撫でた。

「いや、そんなこと、ないぞ。意志の強そうな目、とか。そっくりじゃ」

 意志が強いって言うか、頑固、っても言えるんじゃけどな、とは、心の中だけでこっそり呟く。

「お兄ちゃんと、豪ちゃんも、野球部、入ったんでしょう?」

 巧と豪は、この春、めでたく、同じ高校に入学した。

「ああ……」
「甲子園、行けるといいねぇ」

 無邪気に笑う青波に、巧は、ボールを磨きながら、ぼそっと言った。

「行くさ」

 簡潔に。
 すでに決定事項であるかのように。
 いつもの、涼しい顔つきで。

(たまんねぇな……)

 そんな巧を横目で見て、豪はそうっと溜息を付く。
 一体、その無尽蔵の自信は、何処から来るのだろう。

「そうだろう、豪」

 そんな、彼の弱気を見ぬくかのように、巧は、豪を真っ直ぐ見据えて、問う。

「ああ……」

 観念したように、答える。
 彼が、行くと言うのなら。
 その球を受けるのは、自分しか、いないのだから。

「そっかー、ぼく、絶対、応援に行くね」

 満面の笑顔で、青波は言った。

「じゃけど…」

 笑顔を消して、青波はぽつんと呟いた。

「どうした?」

 静かに、促す巧を見て、兄弟なんだな、と当たり前の事を、豪は今更のように思った。

「ぼく、ちょっとくやしいんじゃ。だって、ぼくは、お兄ちゃんや豪ちゃんと、同じグラウンドには立てんのじゃもん」

 心底、悔しそうに呟く青波を、豪は、複雑な思いで見つめた。
 もし、自分が、青波と同じ立場だったら。
 自分は、耐えられないだろうか?

「そうか」

 いつも、ほとんど無表情の顔を、ほんの少し、緩めて、巧は、青波の頭を掻き回した。

「でな、おにいちゃん」

 頭に手を置かれたまま、青波は、真っ直ぐに巧を見つめた。

「ぼく、お兄ちゃんに、勝つんじゃ」
「……負けねぇよ」

 ぽん、と青波の頭をひとつ叩いて、巧は不敵に笑った。
 なんか、すげぇな、と豪は思った。
 流石、巧の弟だ、と。

「あ、それとな、豪ちゃん」

 くるり、と青波は振り向いて、笑った。

「豪ちゃんにも、負けんよ、ぼく」
「……怖いな」

 真っ直ぐな、言葉が、直球で、届いた。

「ぼく、いくら豪ちゃんでも、渡さんよ」
「「…は?」」

 計らずも、巧と豪は、同時にハモった。

「お兄ちゃんは、豪ちゃんにも、渡さんからね」

 続けられた言葉に、巧はぷっと吹き出し、豪は唖然とする。

「……だってよ、豪。どうする?」
「どうするって……」

 思わぬライバル宣言に、豪は言葉を失う。

「情けねぇな。そこで、望むところだ、ぐらい、言えないのか?」

 完全に、面白がってる顔で、巧が言うのに、豪は、苦笑する。

「……お前が、おとなしゅう、誰かのものに、なるような、タマか?」

 初めて、お前の投げる球を見たときから。
 俺のものにしたい、と豪はずっと思ってきたけど。

「そこを、なんとかすんのが、バッテリーの女房役だろ?」

 他人事のように、澄まして言う。

(くそう…)

 完全に、遊ばれているのを自覚する。
 豪は、ヤケクソ気味に、巧の頭をぐいっとつかんで、ひきよせた。

「こいつは、俺のもんじゃ。弟といえど、そう簡単に、渡してたまるか」

 運命だ、と思った。
 あの球を、見た瞬間に。
 そう思ったものを、誰かに渡すなんて、出きるか。

「モテすぎんのも、困るぜ」

 あくまで、巧は涼しい顔だ。
 青波は、そんな二人を見て、楽しそうに笑った。

「ぼく、すぐ、追いつくからね。待っててね、お兄ちゃん、豪ちゃん」

(待てるか…!)

 豪は、思ったが、大人気ない呟きは、心の中だけで済ませた。

「……いつまで、捕まえてんの」

 じ、っと至近距離から覗きこまれて、豪は慌てて手を離した。
 ふ…っと、小さく息を吐いたのを、豪は見逃さなかった。
 巧は、他人から触られるのを、嫌う。
 それでも、すぐさま振り払われなかったのは、少しでも自分を認めてくれている、証なのだろうか?

「楽しいか、野球」

 兄の顔で、問いかける巧に、青波は満面の笑みで答えた。

「うん!」
「そうか…」
「お前は?巧」

 問いかける、豪に。
 巧は、不敵に笑った。

「違うだろ、豪。楽しいとか、楽しくないとか。そういうもんじゃ、ねぇだろ」

 俺達の、野球は。
 言われなかった言葉の続きも、何故か、豪にはわかった気がした。

「そうだな…」

 巧と、豪と、青波。
 彼らの野球は、まだまだ、始まったばかりだ。


Fin.