バッテリーSS(吉貞&沢口&東谷)

空模様

「うわ、どうしよ!おれ、傘、もってきとらんのじゃけど!」

 ハンバーガーショップで、巧の後姿を見送って、吉貞は大げさに叫んだ。

「せっかくの、男前が、びしょぬれで台無しになっちまうじゃねぇか。いや、男前は、濡れた方が、よかったんだっけ?」

 雨に滴る何とやら、とか言わんかったっけ、なあ?と、同じテーブル関に居る、沢口と東谷に、同意を求めると、二人は顔を見合わせて、仲良くため息をついた。

「なに、なに〜っ?カンジ悪いですよぉ。言いたい事があるんなら、ハッキリ言ってくださーい!」
「…いちいち、オーバーなんじゃ、吉」

 これみよがしに、溜息をついて見せたところで、堪えるハズもない、チームメイトに、沢口はしぶしぶと、言った。

「まったくじゃ」

 東谷も、すかさず相槌を打つ。

「あ〜、ヤダヤダ!二人そろって、イイコぶっちゃってぇ!もっと、ショージキになろうぜ〜!?だってよ、みなさん。あのお姫さんが、『悪かった』じゃぞ?こりゃあ、もう、テンペンチイの前ぶれに、間違いなし!」

 吉、お前、天変地異って、漢字で言わなかっただろう、今…という、言葉を、沢口はジュースと一緒に飲み込んだ。

「心配してるなら、心配してるって、言えば?」
「うわっ!ナニソレ、沢口クン!それ、ギャグ?寒すぎ!!」

 わざとらしく、腕をさすって、身体をくねくね、ふるわせている。
 そっちの方が、よっぽど、寒い。

「…おれは、さあ。ちょっと、嬉しかったけど。豪のこと…ちゃんと、考えてたんじゃな、って」

 キモイ吉貞を視界から外して、ポテトをかじりながら、東谷がぽつりと言った。
 

豪をひっぱりまわすな。
野球だけ、野球だけに、捕らえて。

カノジョとデートしたり、いっしょに遊んだり…
そういう、フツーの、中学生みたいなことやって…。
お前は、野球が、全部なのかもしれないけど。
だけど、豪は。

つれていくな――――。
 

 つい、責めるような事を、言ってしまった。
 そんな東谷に、巧は、いつものように、とがった、ガラスのかけらのような、鋭い言葉を返した後、ごめん、と言った。悪かった、と。
 そして、同じ口調で続けたのだ。
 豪は、振りまわされたりは、しない、と―――。
 

「東谷クン、君、あっま〜いっ!」

 しみじみ呟いた東谷に、吉貞は、紙コップからぬきとったストローを、ぴしっとつきつけた。

「何するんじゃ、吉!あぶねぇだろ!?」

 文句を言う東谷をさっくり無視して、吉貞は一気にしゃべった。

「原田はなぁ、そんな、キャラじゃねぇこと言ってるヒマがあったら、さっさと己の投球の乱れを直せ、っつーんじゃ!ボールの乱れは生活の乱れ、ひいては、心の乱れじゃ!つーか、お前に謝って、どーなるって言うんだ!?違うじゃろ、謝る相手が!!」

 マシンガンのような、吉貞のしゃべりに圧倒された東谷は、思わずぽかんとしてから、吉貞の顔をまじまじと見つめた。

「吉…お前、たまには、まともなこと、言うんじゃなあ…」

 その口ぶりが、あまりに感心した風だったので、沢口は隣りで吹き出した。
 げらげらと笑い出した沢口を、じろりと睨んで、吉貞はムッとした。

「君たちは、おれのことを誤解している!おれはいつも、まともで、スバラシイことしか、言ってません!」
「そうだっけ、ヒガシ?」
「さぁ。思い出せねーなぁ、サワ?」

 ニヤニヤ笑いながら、首を傾げる二人に、吉貞は、紙コップに残った氷を、口に入れて、行儀悪く、がりがりとかじって、顔を顰めて見せた。

「だいひゃいなぁ…」

 がりがり、ごくん。
 氷を呑みこんで、吉貞は言った。

「横手との、試合はもうすぐなんじゃぞ?それなのに、いつまでも、あいつら、バッテリーの調子が悪かったらなぁ!向こうの、思うツボじゃ!何、言われるか、わからんじゃろ!?」

 ちょぉ、むかつく、と、本当に、心の底から、苦々しく顔を歪ませて、吉貞が言うのに、沢口と東谷は、同時に、ああ、と頷いた。

『横手の瑞垣先輩?』

 ハモって言うと、吉貞は、さらに顔を顰めさせて、おまけに、耳までふさいだ。

「うっわ〜!その名前、聞きたくなーいっ!!」

 演技以上に、イヤそうな素振りに、二人は、再び顔を見合わせて、声には出さなかったが、同じことを、心の中で呟いた。

―――やっぱ、吉は、吉じゃな。

 
 三月の空は、まだ冬の気配を残して、灰色の雲で覆われていたが、雨も、雪も、降りだしそうには、無かった。


Fin.