バッテリーSS(豪&青波)

browken heart

「青波、食べるか?」

 家に遊びに来たような気さくさで、差し出したリンゴ。
 青波が退院するまで、毎日1個ずつ持って行った。
 大丈夫か、とか具合はどうか、とは言わないで。


「忘れ物じゃ」
「忘れ物じゃないよ。豪ちゃんのバカ」

 昨夜投げつけたものとはあきらかに違う、だけど同じ赤いリンゴを豪は投げた。
 青波は、それを両手でしっかり受けとめてから、真っ直ぐ睨みつけた。

「豪ちゃんがバカやろうだから、ぶつけたんじゃ!」
「青波……」

 本当の弟のように思っていた青波に、改めてバカと連呼されて、腹が立つのよりも何だか凄く、切ない。
 ぶつけられたリンゴの痛みが、鈍くよみがえる。
 豪ちゃん、と呼んで駆け寄ってきた昨日が思いきり遠い日に思えた。

「すまんかった。巧………お前の兄ちゃんのこと、悪く言って」

 違う。
 言いたかったことは、こんなことじゃない。

「やっぱりバカじゃ…豪ちゃん」

 手の中のリンゴをボールのように回して、投げ返した。
 不意打ちの昨日と違って、それは豪の手の中にすっとおさまった。

「らしくないよ、豪ちゃん。なんで、謝るんじゃ」

 きっぱりといわれた言葉が、胸にどすん、とぶつかった。

 
『らしくないな、巧』

 
 そう、巧に言ったのは、昨日だ。
 今の青波と同じ様に。
 でも、『巧らしい』って、何だ?
 俺は、巧の何を見て、そう言ったのだろう。
 巧の投げる球以外の、何を見て。

「そうだな、らしくないな……」

 上辺だけの言葉なんて、受け取らない。
 巧も、青波も。
 じゃあ、どう言えば、伝わるんだろう?

「ぼく、悔しいんじゃ。おにいちゃん、歩いていく豪ちゃんの背中、見てて。落ちた買い物袋も拾わないで」
「そうか。……卵も、持ってくるんじゃったな」

 あの時、ぐしゃり、と音がして割れたのは、たぶん卵だ。
 強く巧の肩をつかんだから、落ちてしまったビニール袋。
 巧が、後で、何を想っていたかなんて、俺は考えていただろうか。
 まして、隣りにいる青波のことを。

「持ってくるだけじゃ、ダメじゃ。持ってきて、オムレツ作って」
「俺がか?お前の兄ちゃんより、上手く作れるかわからんぞ?」
「そんなの、作ってみないとわからんじゃろ、豪ちゃん」

 卵1パック分のオムレツ作りに思わず途惑って、調理実習のことを思い出そうとした豪に、青波は今日はじめて、微笑したのだった。
 
「じゃあ、帰る」
「ああ」

 帰り間際に声をかけると、何も聞かず、巧はただ頷いて見送った。


 余計な言葉はいらない。
 自分の気持ちを伝える言葉以外は。
 それが、マウンドの外でも出きるはずだと、まだ冷たい、春の夜風に吹かれながら豪は思った。


Fin.