バッテリーSS(青波&豪&巧)

きみの名前

「こんにちは。お邪魔します」

 挨拶して玄関をくぐると、奥から青波が全開の笑顔で飛び出してきた。

「豪ちゃん、いらっしゃい!」

 ぱふっと音を立てて抱き着いてくる青波の髪を、くしゃくしゃと掻き回した。

「おう。今日も元気そうじゃな、青波」
「うん。こっちに来てからな、ぼく、調子いいんじゃ」
「そうか。よかったな」

 熱を出してすぐ寝こんでしまうのよ、と原田のおばさんが言ってたけど。
 頬を上気させてにこにこしている青波を見てると、よかったなぁ、と思う。
 ほんと、何もないとこだけど、こいつの身体には合ってたんなら、ここもそう捨てたもんじゃねぇな。

「豪ちゃんにもらったボール、な。ぼく大事にしとるんよ。あのボールで、また野球しようね」
「ああ、真晴や良太も呼んで、しような」
「こないだね、マサくんたちとまた野球したんじゃ。面白かったよ!」
「青波、筋がいいもんな。上手くなるぞ、きっと」
「ありがとう、豪ちゃん!」

 ボール投げて、打って。取って。走って。
 『野球』を始めたばかりのころ、ひとつひとつのプレイが凄く楽しかったのを、青波を見ていると思い出す。
 楽しくて楽しくてたまらない。
 そんな気持ちを。

「兄ちゃん…。原田、いるか?」

 だけど、それは今は少し、違う。
 あのボールを、見た時から。

「お兄ちゃん?うん。おるよ。……なぁ、豪ちゃん。どうして、お兄ちゃんのこと、原田って呼ぶの」
「え?何でって言われても…」

 急にそんなことを言われて、俺は途惑って青波を見た。

「原田は原田じゃろ」
「そうじゃけど…。僕も原田じゃよ?僕のことは青波って呼ぶのに」
「そ、それは…」
「お兄ちゃんのことも、名前で呼んで。どの原田か、わからんもん」

 じ…っと下から見上げられて、俺は頷いた。

「た、巧……」
「何だよ、豪」
「って、えっ!?原田、おったんか?」
「いたよ。さっきから」
「そ、そうか…」
「で、何?」
「キャッチボール、しないか、原田」
「巧」

 ひとこと言って、隣りで靴を履き、すれ違い様に俺を見た。

「って、呼ぶんじゃないの、豪ちゃん?」
「……豪ちゃんはよせって言ったじゃろ」
「なあ、お兄ちゃん、僕も一緒に行っていい?」
「勝手にしろ」
「ジャンバーとってくるから、待っててね!」

 急いで回れ右して部屋に戻った青波を待ちながら、巧はちらっとこっちを見、素っ気無く言った。

「何赤くなってんだよ、豪」
「べ、別に赤くなんかなってねぇじゃろ、巧」

 
 楽しくて楽しくてたまらなかった、野球。
 でも今は少し、違う。
 観客席から見ることしか出来なかったものが、今、ここにある。
 俺は口の中でもう一度繰り返した。
 巧、と。


Fin.