バッテリーSS(門脇&瑞垣)

てのひらをかさねて

「いくらもらった?」

 初詣に行こうぜ、と電話してやってきた馴染みの、前置きナシの言葉に秀吾は顔を顰めた。

「…いくらって、俊。まずは、あけましておめでとう、だろ?」
「なんや。お前の顔見て、今更、あけましてもねぇじゃろ。年賀状も、もろうたし」
「俺はもらってない」
「あれ?そうじゃった?まぁいいじゃろ。新年早々、俊二くん自ら会いに来てるのが、年賀状代わりってこと。
で、いくらもらった?」

 玄関先で正月から不毛な会話を繰り返すのもアホらしくなって、秀吾は靴をはきながら、親戚からもらったお年玉の額をぶっきらぼうに答えた。

「ふーん。そこそこもらってんな。俺ほどじゃねぇけど」
「俊はそういうの、要領いいよな」
「当たり前。今日日の小学生は、いくらお金があったってたりんのじゃ」

 ダッフルコートのポケットに手を突っ込んで、ニヤリとする。
 親戚一同の前では、さぞかし愛想のいい顔で笑ってたんだろうなぁ、と呆れ半分、感心半分で秀吾は隣りを歩く幼馴染みを見つめた。

「そんなにもらって、何に遣うんじゃ?」
「色々あるじゃろ。新しいゲームも欲しいし、おかんまだ早い言って買ってくれんけど、ケータイも欲しいよなー、やっぱ」
「俺、新しいグラブ欲しい。今の、小さくなってきたし」
「げっ。お前、お年玉でそんなん買うんか?」
「そんなんって…必要なものじゃ」
「お前、ホント、野球バカじゃなぁ」
「悪かったな、野球バカで」
「拗ねんなよ。誉めてるんよ、ボク」
「どこがじゃ」
「長い付き合いなのに、カンが悪いねぇ、キミ」

 ムッとしたくても、飄々とした俊二相手では、長く続かない。
 人を食ったような言い方で煙に巻くのに、最後はこっちも笑ってしまうのは、たぶん知っているからだと思う。
 俊二が自分に、嘘だけはついていないと。

「…にしても、もうちっちゃくなったんか?俺のサインつきグラブ」
「おかげさまで。成長期なものじゃから」
「うわ、秀吾のクセに生意気!俺よりちょっとばっかり背ぇ高いからって」
「ちょっと、か?」

 さっきの仕返し、とばかりに秀吾は思いっきり強調した。
マジムカつく!、と背中を叩いてきた幼馴染みの攻撃を避けながら、神社への階段を上る。

「うわっ…!」
「ばか、危ねぇじゃろ!」

 避けた弾みで階段をふみはずしそうになった俊二の手を、とっさにつかんだ。

「サンキュ。あー。びっくりした。…ったく、避けんなよ、秀吾」
「…避けるじゃろ、フツー」
「こーゆー時に大人しく叩かれとくんが、麗しき友情じゃ。」

 断言して、握ったままの手を目の前にかざすと、修二はしみじみと呟いた。

「ホンマ、お前、手もでかくなりやがったな。これじゃグラブもちっこくなるわな」
「うん…そうじゃな」
 
 頷き返して、自分の手のひら越しに、俊二のそれをじっと見た。
 いつのまにこんなに小さくなったんだろう―――。
 久し振りに握った幼馴染みの手の感触に、秀吾は途惑った。
 ほとんど同じだった目線が少しずつ、変わってきたのは知っている。毎日一緒にいるのだから。
 だけど、重なった手の大きさまでも違うようになっていたなんて思わなかった…。


「いつまで握っとるんじゃ。キモチ悪いヤツじゃな」
「俊が握ってるんじゃろうが!」

 あんまりなツッコミに、しんみりとした雰囲気がいっぺんで吹っ飛ぶ。
 秀吾は急いで手をはなし、そこそこ賑わう境内に入って、勢い良く拍手を打った。

「偶には野球以外の願い事もせえよ。春には中学生なんじゃぞ?」
「うるせぇ」

 見なくてもわかる人の悪い笑みの横で、秀吾はまさにその通りの事を願っていた。
 中学になっても、変わらずに野球がしたい。
 この食えない幼馴染みと――――。


Fin.