バッテリーSS(巧&青波)
変化
「お兄ちゃん、最近、変わったよね」
「……そうか?」
いきなり、そんなことを言い出した弟の青波に、巧は首を傾げて答えた。
新田市に引っ越してきて、しばらく経った頃のことだ。
目線はテレビを追ったまま、青波は、こくん、と頷く。
「うん。なんかね、前はね、お兄ちゃんの周り、うすーい、膜みたいなんがあってな、そっから先は、誰も入っていけんような感じやったん。でもな、最近は、それがなくなったみたい」
「……何だか、よくわからねぇな」
「お兄ちゃんがわかんなくても、そうなんじゃ」
青波は、何故か少し、拗ねたように言う。
巧は、その様子を、くすりと笑って見つめ、青波の頭を軽く小突いた。
「なんだ、寂しいのか?」
「うん……そうかもしれん」
いつだって、素直な弟の言葉は、巧を少しうろたえさせる。
「べ、別に、俺は、いつもと変わらねぇだろ?」
慌てたような巧の言葉に、青波は初めて、彼のほうを振りかえった。
「…お兄ちゃんも、ホントは気付いてるんやろ?」
「…………」
「豪ちゃんに、会ってからやね」
「……あいつは、ひとの都合ってヤツを考えずに、ズカズカ来たからな」
わざと乱暴に言った巧を、青波は微笑って見つめた。
「そんな風に…そんな風に、お兄ちゃんに言わせるんも、豪ちゃんが初めてじゃ」
「そのくらい、図々しいヤツだからな」
ふん、とそっぽを向いて、吐き捨てる。
そんな兄を見るのも、やっぱり初めてで、青波は、何だか胸の奥がきゅうんとなった。
「あんな、こないだな、豪ちゃん、来たやろ?そん時、豪ちゃんが、お兄ちゃんの肩に、腕回しとったやろ?それ見てな、ぼく、びっくりしたんや」
「別に、たいしたことじゃ、ないだろ」
「うん。でもな、お兄ちゃん、今まで、そんなことする、じゃれるような友達、おらんかったやん?」
「そうだっけ…」
わざと、考えるフリをして、巧は言った。
「うん。お兄ちゃん、なんや、柔らこう、なった」
青波は、そう言うと、またテレビをじっと眺めた。
頭の軽そうな芸能人の笑い声が響く。
「いいこと、なんやろけど…」
下を向いて、ぽつんと。
「ぼく、ちょっぴり、寂しいんや。…ぼくだけの、お兄ちゃんやったのに」
一際高く、テレビの嬌声が耳についた。
巧はそれに、ちょっとだけ顔を顰めた。
視線はテレビに向けたまま、巧は、青波の頭を、ぐりぐりと撫でた。
「ばかだな。そんなの、関係ねぇだろ」
きょうだい、なんだから。
続く声が小さかったのは、照れだろうか。
でも、隣りの青波の耳には、しっかりと届いた。
「うん……!」
振り向いた、青波の顔は、現金な事に、すでに笑顔だった。
「俺が変わったって言うなら、お前だって、変わったよ」
「ほんと?」
「ああ。あんまり寝こまなくなったし。……野球、始めたからかな」
「うん!きっと、そうだよ!あのな、ぼくな、いつか絶対、お兄ちゃんと野球するんや!待っててな、お兄ちゃん!」
「ああ……」
「豪ちゃんにばっかり、お兄ちゃんは渡せんもん!」
「……ばーか」
頭を、ぐいっと引き寄せられて、青波は、えへへ、と笑った。
下から、巧の顔を、覗きこむ。
「お兄ちゃん、ぼく、本気やで?」
「……そうか」
微かな笑みで、巧が応える。
お風呂に入りなさい、という、台所からの母の呼び声に、二人は、揃って返事をした。
変化は、ゆっくりと……、確かに、二人に訪れていた。
Fin.