バッテリーSS(巧&豪)

不器用なバレンタイン

「どうした、巧」

 下駄箱の前で立ち止まっている巧を、豪は不思議そうに見て、問いかけた。

「…何か、入ってる」

 靴を片手に持ったまま、巧は眉間にしわを寄せた。

「何じゃ。…ああ、チョコレートか」
「チョコレート?」
「知らんのか?今日は、バレンタインデーじゃろ」
「ああ、そういう日があったな」

 呟く巧は、別段嬉しそうでもない。
 はっきり言って、無感動だ。

「ええのう。モテる男は」

 からかうように豪が言うと、巧はチラッと彼を見て、言った。

「欲しいんなら、やろうか、コレ」
「巧……お前な。そーゆーこと、言うんじゃねぇよ。かわいそうだろ」
「別に、どうでもいい」

 相変わらずな巧の言葉に、苦笑する。

「そういうんはな、巧。気持ち、なんじゃから。チョコだけじゃのうて、そういうんを、受けとってやるもんなんじゃ。……応えるか、応えないかは、別にしてな」

 ついつい、説教っぽく語ってしまう。
 野球では天才的なカンと素質を持つ巧だが、こういう、日常的なことには、驚くほど無関心だからだ。
 どうやら、野球を中心に、彼の世界は回ってるらしい。

「そうか。そういうもんなのか」

 巧はそう言って、あっさりと鞄にチョコをしまった。
 自分の言動の結果の行動なのだが、何故だか豪は複雑な気持ちがした。
 この調子では、さして疑問も持たずに、チョコの相手の誰かと、付き合ってしまいそうではないか。

(いや……別に、そうなったらなったで、構わんじゃないか)

 自分の考えに、自分で慌てて、豪は頭を振った。
 そんな豪を、巧は不審気に見つめ、ポケットに手を突っ込んだ。

「なあ、だったら…」

 真っ直ぐ、豪の目を見て、言う。

「なんだ?」
「お前も、チョコをもらったら、気持ちも一緒に受け取る方?」
「ああ…そうじゃ」

 らしくない、巧の台詞に途惑いながら、豪は頷く。

「それなら、ピッチャーから、親愛なるキャッチャーへ……」

 ポケットから手を出し、ひゅっと、何かを豪に投げた。
 きれいな放物線を描いて向かってきたそれを、豪は反射的に受け取る。
 それは、手のひらにすっぽりおさまるくらいの、ボール型のチョコだった。

「これ…」

 びっくりして彼を見る豪に、巧はニヤリと笑う。

「ありがたく、食えよ。愛のチョコレートだ」
「え、ええ……っ!?」

 思わず顔を赤くしてあたふたする豪に、巧は人の悪い笑みを浮かべながら、再びポケットに手を入れて、豪の手の中のものと、同じチョコレートを取り出した。

「なーんて、な。今朝、青波からもらったチョコの、おすそ分け、だ」
「巧〜!お前、吉貞に、感化されたじゃろう?」
「かもな」
「人からもろうたチョコを、そんな簡単にやるもんじゃねぇよ」
「いいんだよ。『豪ちゃんと一緒に食べてね』って青波が言ったんだから」
「だったら、最初にそう言えよ……」

 上履きに履き替え、さっさと先を行く巧の背中に、豪は脱力しながら言った。
 ちらり、と一瞬だけ振りかえって、巧は呟くように言った。

「まぁ、俺の気持ちも、何割かは入ってるからな、ソレ」
「……え?」
「早くしないと、遅刻になるぞ、豪」

 気まぐれな姫は、それ以上は言わずに、すたすたと歩く。
 まだ顔を赤くしたままの豪は、慌ててその後を追いかけた。
 追いつき様、巧の肩を、ポンと叩く。

「ありがとな、巧。ちゃんと、受け取ったから」
「………ああ」

 姫の耳が赤くなっている事には、気付かないフリをして、豪
はチャイムの音にせかされるようにして、教室に入った。


Fin.