バッテリーSS(青波&巧&豪)

ウソツキチョコレイト。

「兄ちゃん、相変わらず、すっごい数じゃねぇ!」

 青波が、感心したような、呆れたような声で言うのに、巧は、あくまで興味なさそうに答えた。

「別に……どうでも、いいんだけどな」

 こんなに食いきれねえし、と続ける兄の言葉に、青波は苦笑する。
 そういうもんじゃ、ないんじゃけどなぁ…と。

「食いたかったら、やるぞ」

 じ、っとチョコを見る青波に、巧は、そう誤解して、何でもないように言う。

「ううん、ぼく、欲しいわけじゃ……ああ、そうじゃな。うん、兄ちゃん、ホントに、ぼくにくれる?」

 言いなおして、ニッコリ笑った青波を、巧は、不審そうに見る。

「ああ、だから、いいって言ってるだろ」
「そう……じゃ、もらうね。…兄ちゃんが、ぼくにくれた、チョコレート!」

 何故か、妙なところを強調する青波を、巧はさして疑問に思わずに、ああ、と答えた。

「じゃ、ちょっと、出かけてくるね、兄ちゃん!」
「…どこいくんだ?」
「ナイショ!」

 そう、答えて、青波は足取りも軽く、出かけていった、先は……。


「ご・う・ちゃん!」

 兄の親友……という、言い方をすると、巧は嫌がるのだが、バッテリーの女房役の、豪のところだった。

「なんだ?青波」

 いきなり尋ねた青波にも、豪は、いつもと変わらぬ笑顔を見せた。

「用って用は、ないんじゃけど……」

 そういって、ニコっと笑って、青波は、後ろ手に持っていたものを、ぱっと出す。

「これ、なーんだ?」
「何、って。チョコレート、じゃろ?」

 それがどうしたんだ、という顔をした豪に、青波は、無邪気な……それでいて、人の悪い笑みを浮かべた。

「そう。チョコレート、じゃ。でな、これな……」

 そこで、わざとらしく言葉を切ってから、青波は、豪の顔を覗きこんだ。

「兄ちゃんから、もろうたんじゃ!」
「え……?」

 予想通りの反応に、青波は益々にっこりする。

「ええじゃろ?」

 更に言うと、豪は、もごもごと、別に……と口の中だけで、言った。
 目をそらして、巧のヤツ……と呟く豪を、青波はしばらく、満足そうに眺めて、付け加える。

「兄ちゃんからの、愛がつまったチョコじゃ」

 ぐ……っと、つまった顔をした豪を、じっと見つめて、青波は、堪えきれない、とついに吹き出した。
 おかしそうに、くすくすと笑う青波を、豪は、呆気に取られて見つめている。

「あはは……豪ちゃん、ウソじゃ」
「え?」
「兄ちゃんからもろうたんは、ホントじゃけど、兄ちゃんが女の子たちからもろうたんを、ぼくがもろうたんじゃ。いらんから、やる、って」
「……なんだ」

 そんなことだろうと思った、と豪は続けたが、はたして、本当にそう思っていたのかどうか……。

「びっくりした?」
「そう、じゃな。少し」

 だけど、巧のヤツ、当日になるまで、バレンタインの存在なんか、覚えておらんようなヤツじゃからな。
 そう、続けた豪に、青波は、そうだね、と笑った。
 こんなに食いきれねえし、と言った巧の顔が、よぎる。

「でもな、豪ちゃん」

 青波は、心なし、ほっとした顔の豪に、にこにこと、笑顔を向けながら、さらりと言った。

「兄ちゃんはな、ぼくがな、欲しい、って言ったら、結構、大概のもの、くれるんじゃよ……?」

 じゃあね、と言って、青波は、くるりと踵を返した。
 そこには、ただぽかんとした、豪が取り残された。

「何しに来たんじゃ、青波のヤツ……」

 そう、ぼやく豪に、遥か遠くまで来た後、くるりと振り返った青波は、小さくてを振った。
 そして、心の中だけで、呟いた。
 たまには、牽制球、投げておかんと、ね……?
 手の中のチョコレートが、かさり、と音を立てた。


Fin.