勘違い2


「あいつならもう帰ったぜ。バイトの予定変わったとかで」

 いつも待ち合わせに使っているファミレスで弟を探してたら、窓際の席から声をかけられた。
 振り向くと、アイスコーヒーを飲んでいる、無愛想でやたらイケメンな男と目があった。
 つか予定変わったのならちゃんとケータイに連絡入れろって、いつも言ってんのに、あいつときたら!
 まあ、俺相手だから、その辺ついうっかりしてしまうのだろう。
 他人には気を遣う分、他がおろそかになるんだよな……。

「あー、俺は……」

 イケメンはめっちゃこっちを見ている。
 弟と同い年のハズなのに、この迫力は一体何なんだ。
 かわいくねえ……。
 これでも昔はもっと可愛かったのにな。弟と同じで。俺の弟は今も可愛いけど。
 って、いやそんな事は今はどうでもよく。
 ヤバイ。
 何て言えば、というか何て名乗ればいいんだ?

「いい。知ってる」

 どう返答すればいいか迷ってくちごもっていた俺に、すっかり可愛くなくなった彼はあっさりと言った。
 へ?

「兄貴だろ。あいつの」
「………知ってたのか」

 さらりと正解を言い当てられて、俺は拍子抜けした。
 なんだ。知ってたのか。

「知ってる。保育園に、あいつ迎えに来てたの、覚えてる」
「………だよな。弟はそのこと、覚えてないみたいだけど」

 弟のカレシの言葉に、俺はうなずいた。
 この男と弟は、保育園が同じだった。
 人見知りの気がある弟だがこの男とは、結構仲良く遊んでいた、と思う。
 だが、大学でこの男と再会した時、弟はそのことをすっかり忘れていた。

「薄情だよな、あいつ。俺は全部覚えてたのに……」

 眉を顰めて言う弟のカレシに、俺は苦笑した。

「まあ、責めないでやってよ。あれからウチの中がゴタゴタして、両親が離婚したもんだから。その当時のことあんまり覚えてないんだよ、あいつ」

 覚えてない、というか忘れたかったんだろう。
 最近になって再会した俺のことも、最初はわからなかったくらいなのだ。
 最後に別れたのは俺が中学の時で、顔はそんなに変わってなかったのに。
 そんな弟に、よく見れば面影がある、くらいの保育園時代の友達を覚えておくのは難しかったのだろう。

「それはいいんだよ、別に……。ムカつくのは、なんでアンタとも付き合ってるみたいなフリしてんのかってことだよ」
「ああ……それね」

 もっともな疑問だ。
 俺が彼でもそう思うだろう。

「俺は保険、かな? 怖いんだよ。あんまり君が好きだと、別れる時に辛いから」
「なんだよそれ……」
「そう思いこんじゃうくらい、両親の離婚がキツかったんだろうな。確かに、あんまりいい別れ方してないけどさ、ウチの親」
「俺、別れる気ないんだけど全然。ガキの頃すげえ好きだったヤツに、やっと会えたのに」

 相変わらずムスッとした顔で、話す内容はやけに情熱的だ。
 俺は思わずくすりと笑って、言った。

「それ、本人に言ってやって。ちゃんと納得するまで」
「………言われなくても」

 カラン、と氷をストローでかきまぜて、弟のカレシは頼もしく断言した。
 そろそろ、都合のいい男役は卒業かな。ほっとするような、ちょっと寂しいような。
 それじゃ、と言ってその場を立ち去ろうとしたら、待てよ、と呼びとめられた。

「なんでアンタ、あいつの嘘に付き合ってんの? あと、なんで俺のこと、言わないの」

 俺は振り向くと、にやりと笑って、言った。

「可愛い弟の頼みは断れないから。そして弟が気づいてないことをわざわざ教えてやるほど、俺は親切じゃないから」

 こういうのは自分で気づいてこそだろう。
 それに保育園の時のことを言ってないのは、お互いさまである。
 弟の彼氏は俺の返答に、ちょっと目を見張った。
 それから小さな声で、ブラコン、と言った。


Fin.


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