ふたりのじかん


「このひとが、『ユーチ』さん、かあ……」

 初めて入った高良さんの部屋の中は、本人が言うほどには汚れてなくて、むしろ片付いていた。
 本棚の上の写真立てには、中学生時代と思しき高良さんと一緒に、笑顔の少年が写っている。
 はにかむように笑う『ユーチ』さんは、同じ年の僕よりも、大人びた、綺麗な顔をしている。
 もちろん、名前が同じだけの僕とは、まったく、似ていない。

「コーヒーで、いいかな?」
「あ、はい。いえ、あの、おかまいなく!」
「ははっ、遠慮すんなよ。インスタントなんだから」

 高良さんは、大きめのマグカップを2つ用意すると、手早くコーヒーを入れてくれた。
 お茶請けは、どうやらチョコポッキーらしい。
 結構、甘党なのかな?
 
「綺麗な、ひと、だったんですね……」

 高良さんは、テーブルの上に、なみなみとコーヒーが注がれたマグカップを置くと、まだ写真をまじまじと眺めていた僕の後ろに立った。
 そして、ぱたん、と写真を倒した。

「高良、さん?」
「もう、そのくらいでいいだろ」
「は、はい……?」

 僕は、勧められるままに座って、コーヒーを飲んだ。
 そして、今日で、会うのが二度目なのに、もう高良さんの部屋に来てるって、考えて見れば凄いな、と思っていた。
 そうっと部屋を見渡すと、一人暮らしの高良さんの部屋は、シンプルながらも、居心地の良さそうな部屋だった。
 ちょっと高そうな、コンポが置いてあるのが特徴的なくらいで、家具はあまりない。
 テレビすら、置いてないようだ。
 見ないのかな?
 あ、それとも、パソコンで見てるのかも。
 部屋の隅には、シンプルな机の上に、デスクトップパソコンが置いてある。

「優一くんは……」
「高良さん、あの……、呼び捨てで、いいですよ。年下ですし、僕」
「じゃあ、俺の事も、高良じゃなくて、下の名前で呼んでよ、優一」
「忠行、さん……?」

 うわ、なんか、照れるな。
 口の中でもう一度、小さく名前を繰り返して、僕は赤くほてりそうな顔を手で押さえた。
 忠行さんは、にこにこしながら、僕を見ている。

「うん、そう。そっちのがいい」
「わ、わかりました、忠行さん」
「で、ね。優一。俺、ああ言ったけど、やっぱり、やめたいんだ」
「え……っ!?あの、僕、ここに来たの、迷惑でしたか……?」

 勢いで連絡先教えたけど、やっぱり、迷惑だったんだ。
 そう思って、落ち込んでいると、違う違う、と忠行さんは首を振った。

「優一がここにきてくれたのは、嬉しいよ。そうじゃなくて、ゆーちのこと」
「ユーチ、さんの、こと?」
「うん。ユーチの話、するって言ったけど、やっぱり、やめておきたいな、って」
「忠行さん……」
「あ、誤解するなよ! 優一に話すのが嫌になったとか、そういうのじゃなくて。同じ名前で、引き合わせてくれて。俺が……、その、優一に、ゆーちの話して、それで、ふたりを重ねて見たりするようになったら、イヤなんだ」
「そうですよね……。僕は、ユーチさんとは、全然似てないし」

 あんなに綺麗な少年と僕じゃ、名前以外にどこも共通点はない。
 話すたびに、ぜんぜん、違うってわかったら、きっと、がっかりするんだろう……。

「だーかーら! そうじゃないって! そうじゃなくて……っ!」

 忠行さんは、頭をがしがしとかきながら、テーブルを、だん! っと叩いた。
 マグカップの中のコーヒーが、ちゃぷんとゆれる。

「言っただろ? 俺がイヤなんだって。止まったままの時間の針を、優一が動かした。それなのに、君と話すのが、ゆーちとの思い出だなんて。そりゃ、あいつの思い出は、どれもみんな大事だけど。それは今、おまえと共有したいものじゃない。優一が、俺に告げてくれた言葉で、本当の本当に、ゆーちとのことは、みんな思い出になったんだ。だから……」

 一気に話して、忠行さんは、そこで言葉を切った。
 テーブル越しに、僕の肩をつかんで、僕と、目を合わせて。

「優一といるときは、優一の事を話したいんだ。ゆーちのことじゃ、なくて……。ダメ、かな……?」

 のぞきこむように、まっすぐに目を見つめられて、僕は、瞬きする事も忘れて、忠行さんの目を、見つめ返した。
 心臓、が、痛いくらいに、鳴っている。

「だ……、だめ、じゃ、ないです………」

 それだけ言うのに、全力疾走した後みたいに、息が切れた。

「そっか……、よかった」
「は、はい」

 肩から手が離れていくのが、なんだかちょっと、寂しい気がして、思わず目で追ってしまった。
 忠行さんの手は、テーブルに置かれていたシュガースティックに伸びて、マグカップにざらざらと砂糖を入れた。
 スプーンでぐるぐるかき回して、ごくりと飲む。
 それを見るともなしに見ながら、僕もコーヒーを飲んだ。

「砂糖、いれないんだ?」
「はい」
「そっかー。俺、砂糖、入ってないとダメなんだよな」
「僕は、どっちでも。入っててもいいけど、自分では入れない方かな……」
「ブラック、オッケーなのか。オトナだなー」
「関係ないですってば」

 そんな、他愛のないことを言い合って、僕たちはくすくすと笑った。
 そして、忠行さんは、僕を見ながら、ぽつりと言った。

「うん……、いいな」

 年も立場も、全然違う。
 それが、ふしぎな縁で、知り合って。
 一緒にコーヒーを飲みながら、ポッキー食べてるなんて。 
 雑踏で肩がぶつかって、頭を下げてすれ違う、それだけの関係になるはずだったのに。

「……いいですね」

 やっぱり僕も、ポッキーをかじりながら。
 こんな風に、お互いのことを、これからも、ちょっとずつ、知っていければいいなって。
 そう、思って、うなずいた。


Fin.

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