風呂上り〜『夕焼けの空』1年前〜


風呂上りに、パンツ一丁に首にタオルをひっかけただけ、という格好で、みさきは冷蔵庫を開けていた。
父親が自分用に入れているビールを手にしたい所をグッと我慢して、隣のアクエリアスのペットボトルを取り出す。
ラッパ飲みしようとして、思いなおしてコップを取りだそうと食器棚に向かおうとした時。

「さきちゃん、洗面所電気つけっぱな……何やってんの!」

弟のけいが現れて、岬を目にした途端に叫んだ。

「何って、アクエリ飲もうと……。あ、ちゃんとコップに注ごうってしてたんだからな!?」

こないだ、ラッパ飲みしてるとこを恵に見つかって、こっぴどく怒られたのは記憶に新しい。
どうせ兄弟2人しか飲まないんだからいいじゃん、と岬は思うのだが、恵に言わせれば、そういう問題ではない、らしい。
それからは、めんどくさくてもコップに注いで飲むようにしている。

「そっちじゃなくて! その格好!! なんでちゃんと服着てないんだよ、さきちゃん!!」

ペットボトルをテーブルの上に一旦置いて、岬はタオルでまだ濡れていた髪を拭く。
そして当然の答えを返す。

「なんでって。風呂上がりだから」
「だからって、そんな恰好でウロウロしないでよ!」
「そんな格好って……。パンツ、穿いてるし」
「当たり前だろ!」

弟の恵は、自分よりも何事につけてキチンとしている方ではある。
だが男2人しかいない家の中で、兄が風呂上りにパンツ……しかもトランクスなんだから、短パンとさして変わらない格好でいるのくらい、多めに見てもいいではないか。
ほんと、細かいヤツだなあ……と岬が内心こっそり思っていたら、恵が視線を反らしてぼそりと呟いた。

「………目のやり場に困るだろっ」

耳に入ったその言葉に、岬は目を丸くした。
見れば、恵の顔はうっすら赤くなっている。

(ええ〜っ………)

そういう理由!?
まさに予想外の反応だった。
トランクス1枚の16歳男子の姿なんて、15歳男子である恵とどこも変わりはしないだろうに……。
それとも、どこか違うのだろうか?
岬は思わず、自分の身体を確認してみる。
風呂上りなので少し上気してるくらいで、もちろん特に変わりはない。

「と、とにかく! 早く服! 着てきて! アクエリは俺がコップについどくからっ!」
「わ、わかったって。そんな怒鳴らなくても、聞こえてるって……」

恵の剣幕にひるみつつも、岬は着替えが置いてある洗面所兼脱衣所に戻った。
改めて身体をよく拭いて、パジャマに袖を通す。
ドライヤーで髪をかわかしながら、岬はぼんやりと思いだしていた。

(そういや、一緒に風呂入りたがらなくなったのも、恵の方からだったっけ……)

家の風呂は、父親が風呂好きであるため浴槽が広めだ。
入ろうと思えば、今でも一緒に入れるくらいの広さがある。
もう子供じゃないんだから、風呂くらいひとりで入る、と恵が言いだしたのは、小学5年生の頃だった。
そんなもんかな、とその時はそう思ったのだが……。

(もしかしてアレも、色気付き始めたってことだったのか?)

今さらのように気付いて、岬は思わずくすっと笑った。

(なんか、可愛いなあ、恵のヤツ……)

ドライヤーを片付けながら、恵が聞いたら怒りそうなことを思う。
そしてさらに、こっそり心の中でつけたす。

(あいつ、本当にオレのこと、好きなんだな)

風呂で十分あったまっていた身体だけじゃなく、心の中までほっこりする。
きっちりパジャマを着こんでからキッチンに向かうと、テーブルの上にアクエリアスの入ったグラスが載っていた。
その隣には、アイスクリームのカップも。

「お、気が利くな、恵」
「……ったく、さきちゃんはホント、横着なんだから。ほら、髪ももっとちゃんと乾かさなきゃ」

後ろに回った恵が、首にかけていたタオルを手にとって髪を拭きだす。
タオルごしに優しく髪に触る手が、気持ちいい。
うっとりと目を細めながら、岬は言った。

「恵が神経質なだけだろ。オレは気にしないし」
「……俺が気にするんだよ。さきちゃんはもうちょっと色々、気にしてよ」

頼むから……と困ったように続いた恵の言葉を、岬は聞こえなかったフリをして、冷たいアクエリアスを飲んだ。


Fin.


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