はじめてのおとまり。〜『049: 何気ない一言』後日談〜


 外で飯食ってきて、家についたのは夜の7時過ぎくらいだった。
 親いないってわかってても、友達を家に呼んだことなんてほとんどないから、なんか緊張する。
 内川は、おじゃましまーす、と言って玄関で靴を揃えて脱いだ。行儀いいな…。

「鵜飼んちのテレビって、マジ、デカイのな」

 リビングに入った内川が、窓際にでーんと置いてあるテレビを見て、感心したように言った。
 別に自分の手柄でも何でもないのだが、そうだろう、と何となく胸を張る。

「50……2? か、7インチあるからな! ……だが普段はハハオヤ専用機だ」
「ああ、これで韓ドラ見てる、とか?」
「よくわかったな……」
「え、マジで? わかりやす過ぎ」

 ぷっと吹き出すウッチーを見て、俺もつられて笑った。
 笑ったら、ちょっと緊張が薄れた。

「じゃあ、部屋からDVD持ってくるから、ちょっと待ってて」
「ん……」

 そう声をかけて、2階にある自分の部屋に行こうと階段を上っていたら。

「おい……」
「なに?」
「何でついてきてんだよ!?」

 後ろから、内川も階段を上ってついてきていた。
 ウッチーはまったく悪びれずに、答えた。

「だって、見たいじゃん。鵜飼の部屋」
「俺の部屋なんて、別に……」

 大したもんじゃないし……と言おうとしたら、

「フェムレンジャーのフィギュアあるんだろ、見せて」
「そっか! ウッチーはフィギュアまでは持ってないんだよな! それなら仕方ないなあ……」

 メインのフェムレンジャー5人もいいんだけど、今期は怪人の再現度が最高なんだよな!
 シナモナーなんて、これ本物!? ってくらい、手触りまでそれっぽいし!
 15分の1スケールなんで小さめだけど。
 いっそ1分の1、原寸大のシナモナーが欲しい……!(家に入りきらないけど)
 ……とか想像を飛ばしている内に、大して広くもない建て売り住宅、あっという間に俺の部屋についた。

「へえ……結構、綺麗にしてるんだ」

 物珍しそうに俺の部屋を見回しながら、内川が呟く。

「あ、ここにもテレビあるじゃん。スゲー、冷蔵庫まである」
「兄ちゃんがひとり暮らししてた時の、もらったんだ」
「兄貴いんの?」
「うん。もう結婚して家出てるけど。大学ん時からひとり暮らししてて…」

 そういえば、こう言う話、ウッチーとした事無かったなあ。
 まだ5月で、仲良くなってからひと月ちょっとしかないってのもあるけど。

「おれんとこは、姉貴。2コ上で、大学生。家から通ってる」
「へー。いいな。ウッチーのねーちゃんなら、美人なんだろうなあ」

 頭の中で、ウッチーを女にしてみる。
 ……うん、イケるイケる。

「鵜飼、何考えてんの……?」

 うろんげな眼差しを向けられて、俺は慌てて、何でもない! と首を振った。
 俺はベッドを指して、

「そこ、座ってて。DVD出すから。あ、フィギュアも!!」

 内川に言って、服じゃないものの方がたくさん入っているクローゼットの引き出しを開けた。
 フィギュアも、常時飾っておきたいんだけど、埃がつくから、箱に入れてしまっている。
 DVDはこっちの引き出しで、フィギュアはそっち……。
 やっぱり一番見せたいシナモナーから! と思って先に箱から出して、振り返った。
 そこで目にしたのは……

「おい。なんで寝てんだよ!?」

 人のベッドに堂々と横たわるウッチーの姿だった。
 座っていいとは言ったけど、寝ていいとは言ってねえぞ!?
 内川は、ごろんとベッドの上で回転してこっちを向くと、にこっと笑った。

「だって、鵜飼の匂いがするんだもん」

 高2男子が、「もん」とか言うな、「もん」とか……!
 と突っ込む前に、それ理由になってねえから!?

「俺が使ってるベッドから、俺の匂いするのは当たり前だろ」
「そうだけど。なんかムラムラするって言うか……あ、それシナモナー? へー、思ったよりよく出来てんのな」
「だろっ!? そうだろ!? このトゲトゲの部分とか、つぶらな黒い目とか、再現度高いだろ!?」
「うん。ちょっと、触ってみていい?」
「ああ。遠慮なく触ってくれ!」

 若干気になる発言があった気がするが、そんな事は俺のシナモナー愛の前には瑣末事だ。
 15分の1スケールのシナモナーを、伸ばされた内川の手にそっと渡す。
 内川は、目の高さに掲げて、シナモナーをしげしげと見た。

「なんか、触った感じもシナモナーって感じ…?」
「だろ、だろ。尻尾もちゃんと動くんだぜ」
「あ、ホントだ」
「角のとこも、微妙に色が変わってて……」

 基本、シナモナーは鮮やかな、エメラルドグリーンっぽい緑なんだけど。
 角の部分だけはちょっと色が違ってて、そこも忠実に再現されてるんだよな……!
 とか、思わず熱く語っていたら、気がついたらウッチーが、シナモナーじゃなく俺をじっと見ていた。

「な、何? ウッチー」
「いや、かわいーなーと思って」
「はあ……!?」

 え、それ、シナモナーの話?
 脈絡ない感想に、俺は思わず突拍子もない声をあげてしまった。 
 そんな俺の手に、内川はそうっと丁寧に、シナモナーを握らせる。
 シナモナーが、生きてるみたいに、ほんのりあったかい。
 今まで内川が持っていたからだろうか。
 ひとまず俺は、シナモナーを箱に入れて元の引き出しにしまった。
 次のフィギュアは取りださずに、後ろを向くと、まだ内川は俺を見ていた。
 なんか居心地悪くて、俺はうろうろと視線をさまよわせ、話題を反らした。

「あ……、そ、そうだ。アイス、食う?」

 結局、帰りにアイス買って帰るのは忘れちゃったんだけど、単身用のこのちっこい冷蔵庫、についてる冷凍庫にはピノが入っている。
 半分すでに俺が食ってるけど。

「うん。食べる」

 と、内川がうなずいたので、冷凍庫からピノの箱を出した。

「ぜんぶ、食っていいから」
「ありがと」

 さすがに内川はベッドから起き上がって、ピノを受け取った。
 最初のようにベッドに軽く腰かけると、箱を開けて、付属のスティックにピノを刺して、半分咥えた。
 ピノすらひと口で食わないのか、ウッチー……。
 ゆっくりと1個を食べて、2個めを食べ、最後の1個ををスティックに刺して、半分咥えて、

「鵜飼も、くう?」

 と、ピノを咥えたまま、器用に腹話術師の様に、俺に尋ねた。
 イヤ俺はいいよ、と首を振る。
 ってかウッチー、お前今、最後の1個咥えてるよね?
 ウッチーはスティックをピノから外すと、やっぱりピノを半分咥えたままで、

「はんぶんこ」

 とか言ってきた。
 イヤイヤイヤイヤ……!
 どんな半分こよ、それ。
 なのにウッチーは、

「はやく。とける」

 とか言って、俺の方に顔を寄せてくる。
 表面のチョコが、気のせいかしんなりしてるような……。
 ヤベ、カーペット汚れる!
 俺は思わず、突きだされたピノの半分をかじった。
 口の中に、甘くて、ひんやりとしたピノの感触が広がる。
 すぐに食べ終わって、それも喉の奥に消える。
 消えた後で、別に俺がかじらなくても、ウッチーの口に押し込んでやればよかったんだ、と気付いた。
 ウッチーを見ると、すごくいい顔で笑っている。

「ウッチー、お前……」

 咎めるような声を出すと、ウッチーはニコニコ笑顔のまま、しゃあしゃあと言った。

「こういうの、あったよね。確か、CMで」

 言われて、該当しそうなCMを俺も思いだした。
 思い出したが……。

「アレは、可愛い女の子アイドルが連なってやるからいいんであって、男ふたりでやってもしょうもないだろ!」

 むしろ寒いわ!
 心からそう思って突っ込むと、ウッチーは首をかしげて言った。

「そう? おれは楽しかったよ。鵜飼、可愛いし」

 真顔で、とんちんかんな台詞をのたまう。
 いや、その感性、絶対、おかしいから………!!
 そんな俺の内心の叫びが届いたのかどうかは知らないが、内川は更に続けた。

「可愛いよ、鵜飼は。すごく。おれがシナモナーなら、今すぐ襲いたいくらい、可愛い」

 ウッチーはそう言って、本当に襲いかかるみたいに俺の腰を引き寄せて、ベッドの上に引っ張り上げた。
 空っぽのピノの箱が、カーペットの上に転がる。
 スティックが飛んでくのが横目に見えて、拾わなきゃ、と思ってる内に、口をふさがれた。
 チョコレートとバニラアイス……ピノの味が、再び口の中に戻ってくる。
 ……ちがう。これ、ウッチーの舌だ……。

「ん……っ、ふ………」

 そうだこう言う時は、鼻で息をするんだったな!
 酸欠になる前に、俺は鼻から酸素を吸った。
 二酸化炭素を鼻から吐き出して、半ば機能を止めてた頭が回りだした。
 手のひらで、内川を押して、くっついてた口を離す。

「なっ……、何すんだ……っ、ウッチー!」

 切れ切れの息で、抗議する。
 濡れた唇で、やけに色っぽくウッチーは笑うと、俺の頬に右手を伸ばした。

「何って。キス」
「だ、だから、何で……っ!?」
「ピノで間接ちゅーじゃ、足りなかったから。ほら、やり直すって、言っただろ」

 頬に触れた指が、唇をなぞる。
 俺の唇も、やっぱり濡れていた。

「い、言ったけど、俺はやるなんて、一言も……っ!」
「……ダメ? どうしても? 気持ちよく、なかった……?」

 ベッドの上で、横たわって、じっと目の奥をのぞきこむみたいにして、聞かれる。
 いいか悪いかで聞かれれば、そりゃ……。

「きもち、よかった、けど……」

 くやしいけど、ウッチー、ちょーキス上手い……。
 他とした事ないから、比べらんないのがアレだけど。
 いやでも俺、女の子とこんなちゅー、出来ない気がする……。

「よかったー」

 ウッチーは嬉しそうにうなずくと、ちゅっと軽く音を立ててキスをした。
 ちょ、今の、反則……っ!

「おれさあ……」

 しかしウッチーはやはり俺の内心の動揺などお構いなしで、話し始めた。

「特撮ってさ、朝練で家出る前にちょうどいいから、時報代わりみたいな感じで見てたんだよね、ホントのとこ」

 何ィ……!?
 ウッチーの、(俺にとっては)衝撃の告白に目を見張る。
 ウッチー、特撮好きじゃなかったのかよ……!?

「いや、続きが気になるとか、次も見ようと思うくらいには好きで見てたけど。でも、それだけって感じで。だけど2年になって、鵜飼と席が前後になって……」

 思い出すような呟きに、俺は内川と初めてしゃべった時の事を思い出していた。
 俺、ケータイに、シナモナーのストラップつけてて。
 それ見たウッチーが、『これ、フェムレンジャーに出てくる怪人だよな』って言って……。
 そっから、よくしゃべるようになったんだ。

「鵜飼って、普段はそんなしゃべんないのに、フェムレンジャーの話になったら、すごい生き生きしてて、楽しそうで。なんか一生懸命で、可愛いなあって……。それで、おれも話しあわせたくって、録画して見直すようになって。だから……」

 ウッチーはそこで言葉を切って、俺をまたじっと見つめた。
 頬を、さらりと撫でられる。

「特撮好きって言うより、特撮好きな、鵜飼見るのが好き、なんだよな」

 そ、それって……。
 特撮好きじゃなかったのかよ! と怒るところなのだろうか。
 それとも、特撮マニアの俺を見るのが好きとか、どんな物好きだよ! と突っ込むところなのか。
 判断に迷うところだ……。

「そんなワケで、繰り返し見たフェムレンジャーを改めて見るより、せっかくなので、このまま鵜飼を隅々まで見たいんだけど」

 頬を滑った手が首筋まで下りてきて、シャツの第一ボタンを片手で器用に外される。
 襟をつかんで広げられ、内川が顔を近づけて、鎖骨のあたりをぺろりと舐められた。

「………ダメ?」

 俺の顔のすぐ下で、肌に直接吹きこむような、ほとんど吐息に近い声で、囁かれて。
 何言ってんだ、ダメに決まってんだろ!
 ……って言わなきゃ、って頭では、わかってたんだけど。

「………っ」

 背筋が、ざわりとして。
 息が、詰まって。
 上手く返事が出来ない。
 それを了承の意に取ったのか、ウッチーは俺の襟もとから顔を離すと、目を合わせてにこっと笑った。
 俺の顔から眼鏡を外すと、まぶたにキスした。
 すると不思議なことに、何故か身体からこわばりが溶けていった。
 ……なのに、俺は、俺に伸びてくる、内川の不埒な手を避けることが出来なかった。
 ウッチーは俺の耳たぶをくすぐるように触った。

「だいじょうぶ。優しく、するから」

 そのひんやりと甘い声に、俺は逆に急速に上がっていく体温を感じながら、観念したように、目を閉じた。


「信じらんねえ……」

 俺はおんぶオバケのように背中に内川をひっつかせたまま、呆然とつぶやいた。
 結局あれから、俺たちは一度もベッドを離れることなく、朝を迎えてしまった。
 当初の目的の、DVDを1本も見ることなく……!!

「おはよ。どうしたの? 鵜飼」

 背中越しに、ほとんど寝てないとは思えない爽やかな声が聞こえた。
 がっちり抱きかかえられたまま身動きが取れない俺は、首だけ振り向いて、ウッチーを睨んだ。

「なんで一晩中ヤッてんだよ、ウッチー! DVD全然、見られなかっただろー!?」
「仕方ないだろ。だって鵜飼が、あんまり可愛いから」
「かわ……っ、可愛くねえだろ、別に! お前、絶対おかしいっ!」

 力説すると、ウッチーは俺を胸元に引き寄せて向き合う格好にして、じーっと俺の目を見つめた。

「おれがおかしいってしたら、それもやっぱり、鵜飼のせいだ」
「な……っ!」

 なんでそうなる! って突っ込む前に、口を塞がれた。
 そして唇が触れ合う近さで、ウッチーは続けた。

「おれ、昨日言ったこと、訂正する。男も女も変わらないんじゃなくて、お前だからいいんだ。鵜飼とした方が楽しいんじゃなくて、鵜飼じゃなきゃ、楽しくないって」

 照れるでもなく、真剣な顔で言われて。
 だから、冗談だろ、って茶化すことも出来なかった。
 俺はまだ、どこかで、美術部の先輩のせいで、ちょっとその気になっただけだと思っていた。
 男でも意外と抱けるんじゃないかって、試してみたくなっただけ、そんな風に。
 だからこれが終わったら、いつもの、俺の特撮話を笑って聞いてくれる、ウッチーに戻ってるんじゃないかって。

「おれの気持ち、迷惑?」

 俺が考えてることを見透かしたように、内川が尋ねた。
 なんか寂しそうな、どっか痛そうな顔で。

「そんなこと、ないけど………」

 けど、なんだろう。
 ウッチーに、こんな顔させたくない。
 だけど俺、どうしたら、いいんだ……?
 俺は何か言わなくちゃ、と口を開いて、何を言えばいいのかわかんなくて、飛びだしたのはとんでもない言葉だった。

「ウッチーって、俺のこと、好きなのか……?」

 うわー、俺、何様!?
 つか、違うって!
 俺、こんなこと言うキャラじゃないんだって……!!
 今の言葉ナシ! 無しだから! と静かにパニ来る俺を、ウッチーは目を丸くして見ている。
 あ、呆れられたのだろうか……。

「あれ、おれ、言ってなかったっけ?」
「特撮好きな、俺見るのが好き、って謎の発言なら聞いたけど………」
 
 あれはなんつーか、変わったモノ愛好家みたいな発言だったよな、絶対。
 うかがうようにウッチーを見ると、ウッチーは俺を見てくすっと笑った。

「きっかけがそうだったってだけで、もちろん、今はぜんぶ、好きだよ。大好き」

 ウッチーはちゅっと軽くキスすると、俺をぎゅーっと抱きしめた。
 抱きしめて、耳もとでささやいた。

「鵜飼は? おれのこと、好き? 嫌い?」

 顔に、ウッチーの柔らかい髪があたって、くすぐったい。
 ねえ、どっち? と甘く、ねだるように急かされる。
 その楽しそうな、でも少し不安そうな声を聞いて、俺は不意にわかった。
 さっき、ウッチーが寂しそうに、痛そうに見えたのは、たぶん俺もそう思ったからだ。
 美術部の先輩の、魔の手に惑わされてその気になって。
 やっぱり女の子の方がずっといい、とか思って。
 そしていつもの、ウッチーに戻ったら、そしたら……嫌だなって。
 そう思うのって、思うのって……。

「好き。俺も、ウッチーのこと好き。えっちしてもいいって思うくらい、好き」

 シナモナーの匂い攻撃にあったみたいに動けなくなったのは、俺が、ウッチーに触って欲しかったから。
 ウッチーに、触りたかったから。
 なんだ。
 ごちゃごちゃ考えなくたって、わかってたんじゃないか、ちゃんと。
 ぼんやりとした不安が、霧の様に晴れていく。
 ひとり照れて、顔を赤くしていると、ウッチーが勢い込んで尋ねてきた。

「えっ……! じゃあ、今からしてもいいのか!?」

 気がついたら、俺は下に組み敷かれていた。
 どんな早業だ!?

「ちがっ、今のはそういう意味じゃなくて……! つか、あんだけヤッといて、今からとか、無理! 絶対、無理!!」
「そっか……そうだよな。うん。じゃ、とりあえず何か食って、それから……」
「DVDな!」

 何か言われる前に、すかさず言った。
 隠すことなく残念そうな顔を見せるウッチーに、俺は内心で突っ込んだ。
 このエロ怪人め、と。


Fin.


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