何気ない視線〜『049: 何気ない一言』後日談〜


 サッカーの練習試合でN高に来ていたおれは、グラウンドの向こうに思いがけない人物を見つけて、思わず走っていた。

「鵜飼……! どうしたんだ!?」
「どうって……。練習、見に、来たんだけど」

 鵜飼はおれから目を反らすと、どこか決まり悪そうに言った。
 おれはまだ、信じられないでいた。
 だって、今日は。

「フェムレンジャーのミュージカルがある日だろ! 行かなくていいのか!?」

 一緒に行かないかと誘われていたけど、その日は部活で試合があるから行けないと、ずいぶん前に断っていた。
 ただの練習なら、1回くらいサボっても……と思うけど、さすがに試合をサボるわけにはいかない。
 一応、レギュラーだし。
 鵜飼は、チケットを買ったと言っていた。
 すごく楽しみにしてたし、だから当然、今日はミュージカルを見に行ってると思ってたのに、どうして……。

「い、いいんだよ! チケットは、その、チケット買いそびれたけど行きたいって言ってたネットの知り合いに原価で譲ったしっ。ミュージカルは、後でDVD化するの決まってるし……!」

 そこまで一気にまくしたて、鵜飼は顔を赤くしてうつむいた。
 小さな声で、ぼそぼそとつけたす。

「ウッチーと一緒じゃないと、つまんないだろ。俺、ひとりで行っても……」

 今までずっと、なんでもひとりで見に行っていたと、鵜飼は言っていた。
 付き合ってくれるようなヤツもいないしさ、と。
 だから、お前が一緒に来てくれるようになって、楽しいと。
 でも、まさか鵜飼があの、思わずおれが嫉妬するくらい愛してるフェムレンジャーの、イベントを蹴るなんて……!

「そ、それに、俺、ウッチーがサッカーしてんの、ちゃんと見たこと、なかったから……。練習してんのちょっと見たことあるだけだし」

 靴の先で地面をつつきながら、鵜飼がそう言うのに、おれは叫びだしたい心境だった。
 だって、おれ、あの、フェムレンジャーより優先されたんだぞ!?
 特撮命の鵜飼が……! 
 信じられない………!!
 この奇跡、叫ばずにいられるわけがない。
 いや、他校でそんな真似できないけど……!!

「ウッチー? あの、呼んでるよ。そろそろ行かないと、ヤバイんじゃねえの?」

 おれを驚愕させた張本人の声で、おれは我に返った。
 向こうで、部員が俺を呼んでいる。

「あ、じゃあ、おれ、行くから……!」
「うん。頑張って」

 走りながら振り向くと、鵜飼がこっちを見て、小さく手を振っていた。
 うわあ、どうしよう、すごい可愛い……。

「おいこら、内川! 何やってんだよ? お前スタメンだろーが!」
「悪い。向こうに、クラスのヤツ、来てたから……」

 軽く頭を下げてそう言うと、同じ2年レギュラーのそいつは、視線をグラウンドの向こうにやった。

「ああ……。鵜飼、だっけ、確か。仲いいんだよな。へえ、わざわざ、見に来たんだ」
「うん。びっくりした」
「女子じゃないのは残念だけど。でもまあ、カッコいいとこ、見せてやれよ?」

 肩を軽く小突かれて、おれはにわかに緊張しだした。
 そうだよ、鵜飼が見てるんだ。
 うわあ……、ヤベ、どうしよう。
 いつも、鵜飼を見てるのは、おれの方で。
 だけど今から、鵜飼がおれを見るんだ……。
 おれは静かに息を吐くと、力強くうなずいた。

「全力で、行く」
「おお、やる気だな!」

 ばしんと背中を叩かれても、痛いとは思わなかった。
 鵜飼の視線を、これからひとりじめ出来るんだ。
 フェムレンジャーよりカッコいいところを、しっかり、見せつけなくては。


Fin.


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