友チョコ。


「……やる」

 ずい、と突きだされたそれに、俺は目を丸くした。
 赤い紙でラッピングされた平べったいのと、友人の顔を、交互に眺める。

「アリガトウ」

 思わず、何故か片言ちっくになりながら、受け取って、

「……で?」

 と、聞いた。
 いや、何が何だか、さっぱりわかんなかったから。
 すると友人は、顔をしかめて、不機嫌そうに、

「チョコレートだよ」

 と、答えた。
 ああ、そうか。
 チョコね。
 形状からすると、これは板チョコか。
 でもまたなんで、わざわざラッピングなんてしてるんだろう?

「言っとくけど、別に、深い意味はないからな!」
「深い意味って?」

 オウム返しに問い返した後、あっ、と気付いた。
 そうだ、今日は……。

「バレンタインか」

 そう、今日は2月14日。
 世に言う、バレンタインデーなる日であった。

「ああ、それで、チョコか」

 うん、納得した。
 いや、別に忘れてたわけじゃないよ?
 俺も、一個ももらえなかったわけじゃないし。
 朝起きて、母親からひとつ。
 学校で、慈悲深い女子が、大袋入りの徳用チョコをクラスのほぼ全員の男子に配ってたのを、1つ。
 ちなみに、残りはその女子が昼食時に自分とその友人らで平らげているのを目撃した。
 本来、学校に菓子は持ってきてはいけないが、バレンタインを禁止するほど、ウチの学校は野暮ではない。
 青春の1ページとして、先生も大目に見ているようだ。
 っていうか、先生にやってる女子もいるし、先生もフツーに受け取ってるし。
 あ、あと、吹奏楽部の後輩有志からも、やっぱりまとめ買いっぽいチョコをもらったんだ。
 というと、全部で3つか。
 いや、今ここにあるのを入れると、4つ?
 母親からもらったののぞくと、今持ってるのが、一番ちゃんとしたチョコっぽいなー。
 などと。
 朝からもらったチョコを、頭の中でカウントしてたら、友人は、さっさと歩きだしていた。

「おーい! 待てってば……!」

 俺は慌てて、友人の後を追った。
 俺の声に、立ち止った友人は、俺が横に並ぶのを待つと、再び歩き出した。

「チョコ、ありがとうな」

 俺は改めて、礼を言った。
 友人は、フン、とそっぽを向くと、ぼそっとつぶやく。

「……ついでだ。今の時期は、バレンタイン用のチョコがたくさん売ってるから。俺、チョコ、割と好きだし。自分用に買って、余ったヤツだ」
「そうか、でも、ありがと。俺も、甘いの好きだから、嬉しいよ」
「そうか」
「うん」
「………」
「………」

 何故か、会話が途切れる。
 そういや、俺は部活でいつもこのくらいの下校時間だけど、友人は、帰宅部だから、俺よりも帰りが早いはずだ。
 どうして、今日はこの時間なのだろうか?

「ホントに、ついでだからな!」
「……、う、うん」

 俺の考えを呼んだのか読まないのか。
 友人は、やけに、『ついで』を、強調する。

「ほら、最近は、友チョコ、とか言って。友達にチョコやったりするだろ」
「ああ、そういや、女子がお互いで交換してたっけ」

 きゃあきゃあ言いながら、チョコの交換会がそこここで行われていたのを、休み時間に確かによく見たっけ。

「だから……そういうんで………別に、意味は………っ」

 主張する友人の顔は、なんだか、赤い。
 ここで、『もしかして、俺の帰り待ってた?』などと聞くほど、俺も意地が悪くはない。
 ちょっと、すごく、聞いてみたくはあったけど。

「ああ、これも、友チョコってやつか」
「そうだよっ!」

 そんなに激しく主張すると、かえって、おかしいって。
 と、言う突っ込みも、内心だけで済ませておく。
 なんだか、可愛いヤツだなあ……。

「でも、ごめん。俺、お返しの友チョコ、持ってないや」

 今までもらったチョコは、すべて腹の中だ。
 というか、例え食ってなくても、他人(内1つは、身内からだが)からもらったものを、友人へのプレゼントに回すのは失礼ってものだろう。

「いいよ、そんなの」
「あ、じゃあ、ホワイトデーに、友チョコ……じゃないよな、友クッキー? 友キャンディー? やるから」
「だから、いいって、別に」
「えー、んんー、それじゃ、さ」

 俺は、もらったばっかりの板チョコのラッピングを解いて、チョコの包み紙をむくと、パキンとふたつに割った。

「じゃあさ、はんぶんこにしたから、一緒に食おうぜ」

 そして、半分を、友人に渡した。
 残りの半分を、一口かじった。

「あま〜い。美味いよ?」
「……そりゃ、メーカー品のチョコだからな」

 受け取った半分のチョコを、友人も、一口かじった。

「……甘いな」
「俺たちの友情の甘さだな!」

 隣を見て、にっと笑ったら、ちょっと目を見開いて、友人は、ふいっとそっぽを向いた。

「ばーか……」

 友人の耳が赤かったのは、2月の風が冷たかったから、じゃないだろう、たぶん。
 だけど俺は、チョコに免じて、それには気付かないフリをする。
 そしてもう一口、甘いチョコをかじった。


Happy Sweet Valentine Day !!

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