毎年恒例〜星に願いを〜


 今年も見上げるような大きな笹が、団地の前に飾られた。
 折り紙で作られた色とりどりの飾りが、笹の葉に吊るされている。
 もちろん、願い事を書かれた短冊も一緒だ。
 子ども会の恒例行事として近所の笹林から毎年立派な笹が用意され、誰でも願いごとができるようになっている。
 短冊の束とペンも袋に入れられて、笹の一番下に一緒に吊り下げられているのだ。
 なので小中学生の「サッカーせんしゅになりたい」「クラスのY君と付き合えますように」という可愛らしい願いだけじゃなく、「小遣いせめて3千円アップ」「腰痛が治りますように」という年齢層の高そうな願いごとも風に揺れている。
 この団地に住んで16年と10ヶ月の折原健司も、もちろん毎年願いを書いた短冊を吊るしていた。
 それはここ数年来、ずっと同じ願いだった。

「身長が20センチ伸びますように、折原健司。……ケンちゃん、まだ諦めてないんだ?」

 ふっと影が差したかと思うと、後ろから手が伸びてきて、健司が経った今吊るしたばかりの黄色の短冊をつかんだ。

「政晴! 勝手に人の願いを読むんじゃねえよっ!!」

 健司が精一杯背伸びして高い位置に吊るしたそれを楽々と手に取って読み上げたのは、同じ団地に住む幼なじみの宮下政晴だった。
 背の高い幼なじみに飛びついて短冊から手を離させようとするが、短冊ごと笹の枝を上に引っ張られて、手が届かない。
 悔しくてジャンプするも、すかっと虚しく手が空をかくばかりだ。

「おい、こら、政晴! 何のつもりだテメー!!」

 イラっときて政晴の腕をつかむと、政晴は笹からパッと手を離して、にこっと笑った。

「ぴょんぴょん飛んでるケンちゃんが、ウサギみたいで可愛かったから」
「オレはウサギみてえでもねえし、可愛くもねえ!!」
「えー。ウサギみたいだったよ? さっきコレ吊るすとき、ぴょんぴょんしてたでしょ」
「くっ……見てたのかてめえ……!」

 健司は屈辱に握ったこぶしをふるわせた。
 笹の下のほうはすでにちびっ子たちの短冊で埋まっているため、なるべく高い位置に、と思って背伸び、もとい飛び上がって短冊を吊るした姿を見られていたとは……!

「うん。思わず写メっちゃった」
「消せ!!」

 語尾にハートがつきそうな口調でとんでもないことを言う幼なじみに、健司はすかさず突っ込んだ。
 幼なじみはデカイ図体で可愛らしく口を尖らせて、えーっ、と不満げに声を漏らした。

「やだよ。せっかくのベストショットだったのに。心配しなくてもあとでちゃんとケンちゃんにも転送してあげるから」
「いらねえよ! つか全然ベストじゃねえし、どんな嫌がらせだよ転送とか!!」

 激昂しながら、健司は政晴の制服のポケットに手を突っ込んだ。
 消さないのなら、こちらが消すまでだ。
 政晴はくすぐったそうに体をよじった。

「やだー、ケンちゃんのえっちー。いや俺はいつでも大歓迎だけどね! どうせなら家の中のほうがよくない?」
「何の話だ! つかお前ケータイは!?」

 上着のポケットにもズボンのポケットにも、携帯らしきものは入っていなかった。

「あっち。カバンの中」

 政晴は、2号棟の入り口に無造作に置きっぱなしのカバンを指した。
 あの中だな、と健司がダッシュしようとしたら、猫の仔のようにひょいと襟首をつかんで止められた。

「ケータイにはないよ。ケンちゃんのウサギのように愛らしい姿は、俺の心のフォルダに保存しといたから」
「なっ……! アホかお前!!」

 しれっと言われて、健司は政晴にぶら下げられたまま怒鳴った。
 心のフォルダ画像をどうやって転送するつもりだ、と突っ込むのも馬鹿らしい。
 いつものことなのだが、上にばかり育ったこの幼なじみの考えていることが、健司にはさっぱりわからない。
 いちいち相手にして怒るのも馬鹿らしい、と思っているのだが沸点の低い健司は毎回律儀に相手にして怒鳴りつけてしまう。
 だからまーちゃんが喜ぶんだよ、というのはやはり同じ団地に住む幼なじみの由香子の言だが、怒ってるのに喜ぶとか、意味がわからない……というか、わかりたくもない。
 そして今回も、

「ケンちゃん……っ! もうほんと、可愛いっ、可愛すぎ、大好き……っ!!」

 と、叫ばれて、ぎゅうううっと背中から抱きしめられた。
 そうされると、同い年だが身長差が22センチあるため、ほとんど政晴の腕の中にすっぽり収まってしまう。
 不本意な上に屈辱的なことこの上ない。

「だからそれヤメロって……!」

 しかもひとたびこの状況になってしまうと、どんなに耳元で叫んでもまったく聞き入れてくれない。
 逆にぎゅうぎゅう抱きしめられてしまう。
 政晴は健司の足がほとんど地面から浮くような勢いで抱きしめて、ふにゃふにゃの顔でうっとりと言った。

「あー、このジャストフィット感! 俺の腕にしっくりくる感じ……! やっぱケンちゃんはずーっとこのままがいいよ! 背なんか伸びる必要ないって!」
「ふざけんな! ぜってーいつかオレがお前を、見下ろしてやるんだからな!?」

 聞き捨てならない台詞に首を回して猛抗議するも、やはり政晴の耳に届いた様子はない。
 顔が向き合った途端に、嬉しそうにちゅっとキスをされる。

「なっ、な……っ!!」

 健司は顔を真っ赤にして、何しやがるてめえ! と口を開きかけた。
 が。

「あー、もうほんとすげえ可愛い……」

 その口はあっさりと政晴の口にふさがれた。
 無遠慮な舌が、口の中を我が物顔で這い回る感触に、健司は思わずすがるように政晴にしがみついた。
 頭の奥が、じんと痺れる。意識が飛びそうになる。
 それを呼び戻したのは、あきれきった由香子の声だった。

「そんなとこでイチャつかないでよ。家の中でやんなさいよ、家の中で」

 慌てて政晴を押しのけて何とか顔だけは引き剥がすと、由香子に向かって叫んだ。

「イチャついてねえ……! これは政晴のヤツがいきなり……!!」
「そんなのどっちでもいいから。とにかく続きは部屋に帰ってしたら? 笹に願いごとを吊るしても、どうせ身長は伸びないんだから。たぶんもう終わったのよ、ケンちゃんの成長期は」
「だよねえ、ゆかちゃん」
「160は突破したんだからいいじゃない。お星様だってそれが限度なのよ」

 さくっとひどいことを言って、もう一人の幼なじみはさっさと3号棟に入っていった。

「な、なっ……っ!!」

 政晴の腕の中にまだ収まったまま、健司はまたも声を詰まらせて肩をふるわせた。

「何言ってんだ、オレの成長期はまだ終わってねえ! これからだーっ!!」

 健司の叫びに応えるかのように、笹に吊るした黄色の短冊が揺れた。
 その20センチばかり上の方に吊るされた短冊も、つられるように一緒に揺れる。
 高い位置にある空色の短冊には、流れるような文字でこう記されていた。

『ケンちゃんがずっと、今の可愛いままでいますように。宮下政晴』

 黄色の短冊と、空色の短冊。
 はたしてどちらの願いが、星に届くのだろうか。
 たくさんの願いをたくされた笹は笑うようにさわさわと頭をかしげ、仲のよい幼なじみを見つめていた。


Fin.


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