付き合ってください。
「いいよ、もちろん」
あまりにあっさり頷かれて俺は目を、いや耳を疑った。
俺、今、夢見てる? まさか歩きながら寝てたりする?
昨夜、考え過ぎて全然眠れなかったしな。
これは古典的に頬でもつねって、確認してみた方がいいのかもしれない。
実行に移そうと顔に手を持っていきかけて―――隣を歩く友人の明るい声で、俺は我に返った。
「律儀だなー、内藤君。そんな丁寧に確認しなくても、付き合うに決まってるって。ついでだし。どこ? あっ、その前にさ、コンビニ行きたいんだけど。先に寄っていいかな。今オレ猛烈にからあげ食いたい気分なんだよね」
向けられた笑顔には一片の曇りもない。
あー、可愛いなあ、ちくしょー……。
「いや、そうじゃなくて」
某海外ドラマのシーズン2のDVD借りたいんだ。レンタル屋行くの付き合って。
ああ、もちろんコンビニの後でいいから。
……とか。俺は今、そう言う話をしたかったわけではなく。
つかそう言う話にしちゃったら、もう二度と言えない気がするから勇気出せ俺。
「あー、ごめんごめん。からあげ持って移動すんの微妙? コンビニは後がいっか」
「だから、そうじゃなくて」
まだ買ってもいないからあげの匂いが漂ってきそうで、くじけそうになる。
もしかして彼にとって俺は、からあげよりも重要度が低いのかもしれない。
いや、たぶんそんなことはないはず! だから頑張って話を戻すんだ。
俺は別に『ちょっとそこまで、ご一緒に』とか言いたいんじゃない。
そうじゃなくて、もっと親密、かつ継続的な間柄になりたいっていうアレで……。
「俺が言ってるのは個人的な付き合いの方」
友人の反応を見るのが怖くて、俺は進行方向をまっすぐに向いて一息で言った。
おそるおそる隣をうかがうと、彼は驚いた顔でこっちを見ていた。
さすがにここまで言えば、伝わりはしたようだけど―――。
「……………」
沈黙が痛い。これはもう、終わりか。いままで友人として築いてきた良好な関係も。
言わないでおくという選択肢だってあったのに、どうしてそっちを選ばなかったんだろう。
ここ数日間、何度も何度も考えて決心したことなのに、今さらのように後悔が押し寄せてくる。
だけど俺はこのまま友達の顔をして、彼の傍にいるのが嫌になったんだ。
彼に屈託なく笑いかけられるたびに、まるで騙しているような、そんな気持ちになって、苦しくて。
ならもう玉砕覚悟で本当の気持ちを言ってやれ、と思ったのだが……。
こうしていざ告白してみると、俺は全然覚悟が足りていなかったんだってことに気付く。
ああ、やっぱり黙っておけばよかった、なんて。救いようのないバカだ。
「ははっ。面白いこと言うなあ、内藤君」
だが、友人はまたしても予想外の反応を返してきた。
お、面白い? え、ちょっと待って、それどういうこと……?
バカにしているのとも何だか違う友人の様子に、内心首を傾げまくった。
そんな風に戸惑っている俺に、彼はさらりと爆弾発言をした。
「だってそうだろ。オレら、すでにもう半分付き合ってるみたいなもんじゃん」
「え……」
「今だって映画見て来た帰りだし。こないだなんてファミレスで誕生日祝われちゃったし。しかも、今日もこないだも、どっちも二人っきりだろ。なにこれデート? ってちょっと思ってましたよオレ。実は」
本当に面白そうにくすくす笑ってる友人に、返す言葉が見つからない。
彼が見たいと言っていた映画に誘ったのも、誕生日だろ飯おごるよと二週間前ファミレスに誘ったのも、俺からだ。
このくらいならアリかなと思ってたんだけど……もしかしてすっげー不自然だった?
友達同士の範疇、軽く越えてた……!?
焦りまくる俺をよそに、彼は俺の肩に手をかけてきた。
かと思うと、いきなり耳にふっと息を吹きかけられ、躓きそうになった。
「あ、ごめん。耳、弱かった?」
「いや……驚いただけ」
「なーんだ。内藤君の弱点見つけたって思ったのに。違ったか」
ちぇっ、と友人は不満げに唇を尖らして、するりと手を外してはなれていった。
な、なんだったんだ、今の……?
彼は早足になって数歩分俺の先を行くと、振り向いて、あのさあ……と尋ねてきた。
「付き合いたいって、恋愛感情込みの方なんだよね?」
「ああ」
「オレのこと、好きなんだよね?」
あっ……!
指摘されて初めて気づいた。
付き合ってくれって告ったけど、俺ちゃんと好きって言ってなかった。
うわやっぱバカだ俺。そっちが先だろ。好きです抜かしたらアウトだろ。
告白しようとついに決心したのはいいものの。
改まって、「話があるんだ」とかなんとか呼びだすなんて、無理。絶対無理。
だから二人きりでいる時にさり気なく……。
そうだ、明日映画見に行く約束したからその帰りに何気なく言おう!
……って、思ったんだよ昨夜。
で、さっきようやく実行したわけだが―――「好きです」もなしに、歩きながら「付き合ってください」って。
それじゃコンビニからあげコースになるのも無理ないだろ。
やり直したい。10分前に戻って最初からやり直したい……!
「好きだ。恋人として、付き合って欲しい」
しかし悲しいかな俺は時間を巻き戻す術を知らないので、せめて今度は目を逸らさずに友人の顔を見て告白し直した。
「……………」
この沈黙の意味はなんだろう。
気のせいか、なんかちょっと怒ってる? 呆れてる……?
これやっぱり、無理ですお断りですって言う前触れ!?
「内藤君さあ……なんでこんな時まで、そんな落ち着いてんの。ズルイよ。なんかバカみたいじゃん。オレばっかびっくりして、浮かれてさ」
「えっ……?」
いや俺全然落ち着いてなんかない。
このまま走って逃げたいのを必死に踏みとどまってるくらいなんだけど。
「だからっ! デートみたいって思ってたって言っただろ? ……そう言う意味だよ」
「それって」
「オレも、内藤君が好きってこと。恋愛方面で」
「……………」
「何してんの、内藤君」
「起きてるかなと思って、俺」
ヤバイ。頬つねっても痛いかどうかよくわからん。
「……確認してあげようか」
俺は友人に腕を引っ張られて、ビルとビルの隙間の、狭い路地裏に連れ込まれた。
頬を両手で挟まれ、柔らかい感触がしっかりと触れて、離れていく。
「夢じゃないだろ……?」
あり得ないくらい近い距離で、友人の声が聞こえる。
いやこれもう、実は夢だったとしても、覚めなくていいと本気で思った。
つか、ここで覚めたら俺泣くかもしれない。なので、頷いた。
それでも友人は目の前で、煙のように消え……たりは、しなかった。ちゃんとここにいる。
しかもなんかいい匂いまでするし。石鹸と花みたいな爽やかな感じの。あ! もしかしてこれ柔軟剤か。
香り長持ちって過剰広告じゃなかったんだな。こんな至近距離で密着したことなかったから、知らなかった。
知らない匂いまで夢に出てこないよな、うん。だとすると、これは間違いなく――。
「夢じゃない」
噛みしめるように繰り返して、やっとこれが現実なんだって実感が沸いてきた。
うわー、どうしよう! すっげー嬉しい……!
歓喜に打ち震えてたら、たった今友人から恋人になったばかりの彼が何故か俺を凝視していた。
え、何? 夢オチじゃないけど、これ実は全部冗談でしたとかそういうオチじゃないよな!?
そんなこと言われたらマジ泣くんだけど……!
じっと見つめ続ける彼を、俺は焦ってぎゅっと抱きしめた。
「内藤君って、ホント顔に出ないよね。これだけくっついたら、さすがにわかるけど」
腕の中でおかしそうに彼が笑った。ムッツリだよね、と。
すみません……それは確かに否定できない。
Fin.
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