ついでチョコ〜おまけの当日〜


「約束していたブツだが……」

 期待に満ちた顔で待っている幼なじみを見るのが、若干心苦しい。
 ついでじゃなくて、ナオ本人あてにちゃんと作ってやると豪語したのは、まぎれもなく自分である。
 しかも、材料も自分で用意すると言ってしまった手前、潤沢な姉経由のチョコレートを使用するわけにはいかなくなった。
 黙ってればバレないんじゃないかと一瞬思いもしたが、それではあまりに不誠実というものだろう。
 俺は言ったからには、有言実行を貫きたかった。

「冷蔵庫に入れてるから、ちょっと待て」
「うん!」

 語尾がすっげー弾んでるよオイ……。
 あー気まずい。めっちゃ気まずい。ちょー気まずい。
 でも、やらないわけにはいかない。ここまで来て、いくらなんでもそれはないだろう。
 俺はリビングと一続きになったキッチンに向かい、冷蔵庫の中から姉に頼まれたガドーショコラの余りの横に、ちんまり置かれたチョコをつかみ取った。
 ナオはソファでおとなしく待っている。近づいて、背もたれ越しに、にゅっと手を突き出した。

「ほら」

 もっとほかに、何かそれっぽい台詞を言うべきだったかもしれないが、こいつ相手に今さらだ。
 大事なのは言葉よりも現物だ。
 ……と、いうことにしておく。

「ありがとう、ひろちゃん」

 振り返ったナオは、満面の笑顔だ。眩しすぎる。

「開けていい?」
「ああ」

 一応、人にやるものなので、ラッピングらしきものは施した。
 っても、姉ちゃんみたいに気合入ったんじゃなくて、ビニール袋の上から母親の捨てられない包装紙コレクション(綺麗だから取って置いても、一生使うことはないだろうと思われる紙束)から一枚もらって包んだだけだが。
 そんな明らかにリサイクルな紙を、ナオは丁寧に開いていく。

「うわー、ひろちゃん、これ、」
「ちょっと待て皆まで言うな!」

 ナオが何か言いかけたのを、俺は思わず遮った。
 包装紙を外し、現れたビニール袋に入っているのは、ハートや星の形をしたチョコレートだ。
 どう見ても、市販のチョコレートを砕いて溶かして、固めなおしました、というものだ。
 わざわざ作ってやるよと言っておきながら、こんな小学生が初めてバレンタインの手作りチョコに挑戦しました! みたいなチョコってどうなんだ。俺がナオの立場だったら、絶対そう思うだろう。だがしかし、これには理由があるのだ。

「俺、今月の小遣い、すでにほとんど使っちゃってたんだよ。チョコレート買う資金、あんまなくて。だから、こんなのしか作れなくて……ごめん!」

 あー、なんであのゲーム、今月初旬発売なんだよ!
 予約までして楽しみにしていたゲームだったが、タイミングの悪さを恨む……。

「え? なんで謝るの。俺、嬉しいよ?」

 ナオはきょとんとした顔で、ソファ越しに俺を見上げた。

「これさ、ひろちゃんが初めて作ったチョコだよね。小学四年生の時のバレンタイン」

 直径五センチほどのハートのチョコをひとつ摘まんで、ナオが懐かしそうに目を細める。
 そっか、姉の命令で初めてチョコを作ったのって、小四の時だっけ。
 まさかあの時は、毎年作らされる羽目に陥ろうとは、まったく想像もしていなかった……。

「よく覚えてるな」
「覚えてるよー。だって、ひろちゃんに初めてもらったチョコだよ。忘れるわけない」
「あー。そうだ、お前と一緒に食ったっけ。はじっこが欠けちゃったヤツ……」

 上手く出来たものは当然姉のバレンタインプレゼント用になったので、俺がナオと一緒に食ったものは、星の一角が欠けたものや、ハートにひびが入ったものだった。型から抜く時に、失敗したんだよな。
 形はそんなイマイチなチョコだったけど、ナオはひろちゃんのチョコだって、嬉しそうに食ってたっけ。ぼんやりと、俺はそんなことを思い出した。

「ひろちゃんはおすそ分けくらいの気持ちだったかもしれないけど、あの時だって俺、これがひろちゃんが俺のためだけにくれたチョコだったらいいのになって思ってたよ」

 こっちを見るナオの視線が、やけに真剣っていうか、熱い。俺はナオの目を見つめ返すことができなくて、思わずしゃがみこんでしまった。

「ひろちゃん、何隠れてんの」

 ナオがくすくす笑いながら、ソファの上に膝立ちになって、俺を覗き込む。
 顔が熱いのが自分でもわかるから始末におえない。

「と、とにかく! 次はもっと、ちゃんと準備して、もっと本格的なの作るから! 今年は急だったから小学生が初めて作ったチョコ状態になったのであって、俺の実力はそんなもんじゃないからな!?」

 自分でも何をムキになってんだよと思うが、今年のチョコが不本意なのは事実だし、とにかく何かしゃべって気を紛らわさないと、ますます顔が発熱しそうだ。
 相手は、小学生の時からよく知ってる、お隣のナオだっていうのに。

「うん。わかったから、そんなとこに隠れてないで、こっちおいでよ。一緒に食べよう」
「う……」

 確かに、いつまでもソファの裏に膝抱えて座り込んでるのもおかしい。俺はまだ火照る顔を気にしながらも、立ち上がって、ソファの前に回り込んだ。いつもの定位置に座っている、ナオの隣に腰掛ける。

「ひろちゃん、口あけて。あーん」
「……おい。何やってんだよお前。つか、そもそも俺がやったチョコを俺が食うのっておかしいだろ」
「なんで? バレンタインは、ひろちゃんと一緒にひろちゃんの作ったチョコレートを食べる日だよ?」

 いやそれ、絶対違うから。
 そんな特殊なバレンタイン、ここだけだから。
 自明の理のように言う幼なじみがおかしい。
 でも、まあ……。

「仮に、そうだとしても、だ」

 俺はナオの手から、小四の時、初めて作った時よりも綺麗に仕上がった溶かして固めただけのチョコを奪い取った。

「食わせるのは、ナオじゃなくて、俺の方だろ」

 薄く開いたナオの口に、ハートのチョコを押しこんでやった。


Fin.

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