好きって言われたら、好きになっちゃう?
放課後。
昇降口で靴を履き替えてたら、女子が足早に去っていくのが横目に見えた。
少しして、同じ方向から背の高い男がのっそり現れる。
オレと目が合って、よーく見なきゃわかんないくらい微かに笑って、こっちに来た。
「なー、また断ったの?」
「……うん?」
コンビニで買った唐揚げを行儀悪く歩き食いしながら、学校を出る前に見た光景について隣を歩く男に突っ込むも、きょとんとした顔で首を傾げられた。
「いや、だからほら、さっき女子がさあ……」
「あー、見てたの?」
「見たっつーか、あのタイミングで女子の後ろから登場されたら察するだろ」
「ふーん……だったら、見たまんまじゃね?」
「まじかー」
オレの友人はさりげなくもてるが、告ってきた女子と付き合おうとはしない。
なんで? って聞くと、別に好きじゃないから、と言う。
よく知らない子だし、と。
友人は硬派ってヤツなのか、女の子と気軽に友達付き合いをするようなタイプではない。
だからこう、仲良くなった女友達とちょっといい雰囲気になって……ということもない。
いやでもそれじゃ、お互い知りようがなくね?
「なんでお前がそんな顔してんの」
「そんなって、どんな」
「うまいのかまずいのか、わかんないもん食ったような顔」
微妙な顔ってことか。
そりゃそうだろ。
友人が告られては断り、告られては断りを見守り続ける、十五歳男子。(早生まれ高校一年生)
言ったところでどうなるものでもないし、オレにもささやかながらプライドだってある。
あるけど、あるけど、やっぱり……!
「もったいねー!!」
あー、言っちゃった!
こいつと高校入学で同じクラスになって3カ月。
性格違うけどなんか妙に気が合って、同じ帰宅部同士、たまに途中のコンビニで買い食いしながら一緒に下校する気やすい仲だ。
今も唐揚げを分け合いながらバス停に向かう途中だ。
イロコイに関することは、たとえ友人といえども口をはさむようなことではないというオレのポリシーにより、あまり触れないようにしていたが、逆に触れないようにしていたから、ため込んでしまった本音がうっかり口に出てしまった。
オレとしても大変不本意である。
不本意ではあるが、もう言っちゃったので、ついでにさらに言ってしまおう。言って、すっきりしよう!
「ちょっといいなーとか、付き合ってみようかなーとか、全然ないの?」
「ない。よく知らない子ばっかりだし」
「即答かよ! つかお前、知らないもなにも、女子と全然しゃべんないじゃん。それで知るも知らないもなくね?」
さっきも考えてたこともつるっと口を出る。
ちなみにオレも女子とはたいしてしゃべってないが、別段しゃべりたくないわけではない。
女子と気の利いた会話できる術を持たないだけだ。言っててまた虚しくなるが。
でも、こいつには話したそうにちらちら見てる女子、ちょいちょいいるんだよ。
本人も気づいてないわけではないと思うが、華麗にスルーだ。
「別にしゃべりたくないし」
「いやいやいやいや。しゃべったら何か発見があるかもよ!?」
「お前も別にしゃべってねーじゃん」
「オレは機会があればすかさずしゃべろうという姿勢は、常に見せている」
「そうなの?」
「そうだよ!」
だから、虚しくなるからそういうこと言わせんな。
女の子との楽しいオツキアイに興味がないフリできるほど、悟ってないんだよ、オレは。
怒りにまかせて唐揚げをむさぼる。
「……とりあえず付き合ってみるとか、そういうの、お前的にはナシなの? ためしに付き合ったら、好きになっちゃったりするかもしれないじゃん」
大きなお世話すぎるだろとは思うけど、まあ毒を食らわば皿までだ。
この際もうすっきりさせたいので、聞いちゃえ。
「……逆に聞くけど、それはお前的には、アリなのか」
「え?」
「好きです、付き合ってください、って言われたら、お前はその時、相手のこと、なんとも思ってなくとも、付き合うのか」
質問に質問で返されてしまった。
うーん、自分にそういう場面がめぐってくることを考えてなかった。
そうだよな、オレにだって、そういうことが起こりえないはずはないんだ。
たぶん。可能性はいつでもそこにある、はず。
そうだな、オレだったら……
「んー……付き合う、かも? だって嬉しいじゃん、オレのこと好きになってくれるなんて」
「……マジで?」
懐疑的な目を向ける友人に、オレはちょっと考えてから付け足した。
「……あ、ただし、もちろんその時、オレに好きな子がいない場合に限るけど!」
うん、そこは大事だよな。強調して付け加えたら、しばし無言になったあと、友人はつづけた。
なんだかやけに真剣な顔で。
「…………今、好きな子、いるのか?」
「好きな子? いないけど」
そういや、彼女ほしーなーって漠然と思うことはあるけど、特定の誰かが好き! ってのはないかも。
中学のころ、ちょっといいなって思ってた子は別の学校に行っちゃったし……元気かなあ、宮内さん。
最近は思い出すことももうなかった、中三の時に同じクラスだった子の顔を懐かしく思い返してたら。
「好きだ。俺と付き合ってほしい」
一瞬で中三の淡い思い出が吹き飛んだ。
「……は?」
「今、俺のことが好きじゃなくても、告白されたら、付き合ってくれるんだろ。じゃあ俺と付き合え」
なんで命令形。
いや、そこじゃなくて。
「え、それ、マジで?」
「マジだ」
「えー……」
びっくりしすぎて、再び唐揚げをもういっこ食べる。
あ、これラスイチだ。
「返事」
空になった、唐揚げの袋を奪われる。
くしゃくしゃ丸めて、無造作に制服のポケットに突っ込む。
ごみはちゃんと持ち帰りましょう。買い食いの鉄則だ。
空いた手を意味もなく握ったり開いたりしたあと、だまってこっちを見ている友人に答えた。
「あー……、うん。わかった」
「マジで?」
「うん、マジで。つか、ここでヤダって言ったら、オレめっちゃ嘘つきじゃん。それに、オレってさあ……」
口の端を、シャツの袖で行儀悪くぬぐって早口で答える。
やばい、なんかすごい焦る。
「オレ好きって言われたら、けっこう好きになっちゃう方だから」
「マジで? チョロすぎねえ、それ」
「あー、まあ、よく知らない子でもないしー、うん……」
「やっぱ、チョロいじゃん」
ふっと笑った彼の顔が、なんだかすごく嬉しそうだったから、まあいっか、って思った。チョロくても。
それに―――ほんとは、お前が、告ってきた子の誰とも付き合わないことに、もったいない! って思うと同時に、ちょっとだけ、ちょっとだけだけど、ほっともしてたから。
だって、そんなことになったら、もう買い食いしながら一緒に帰ったり、できなくなるじゃん。なあ?
Fin.
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