クリスマス抹消計画


 12月9日――クリスマス約2週間前――

「クリスマスを消そうと思う」

 何の脈絡もなく三太が俺に宣言した。
 国語の教師が出張とかで急に自習になった、3時間目のことだ。
 クリスマスは、あと2週間ほど後に迫っていた。

「そうか」
「……ワケを聞かないのか、秋実」
「聞いて欲しいの?」

 わざわざ聞かなくても、幼なじみがクリスマスを憎んでいる事なんて先刻承知だ。
 理由を聞けば、ああなるほどね、と10人中10人がうなずくようなものだ。

「いや、別に……そ、そうだな! ワケなんてどうでもいいんだ! オレはただクリスマスを消せさえ出来れば!!」

 三太は力強く拳を天に向かって、振り上げた。
 その決意はどうやら固いものらしい。
 俺はとりあえず、ぱちぱちと拍手をしてから、三太に尋ねた。

「で? どうやって消すんだ?」
「うむ。いい質問だな! 黒魔術を使う!」
「……黒魔術」
「そうだ!」
「三太。いつからお前、高校生から黒魔術師にジョブチェンジしたんだ?」
「そんなもんしとらんわ! ほら! 拾ったんだよ、黒魔術の書を!!」

 どこに隠し持っていたのか、三太は黒いノートを取りだした。
 見た目は黒魔術の書っていうよりも、デ○ノートだ。
 開いたら中はびっしり犯罪者の名前が書いてあるんじゃないだろうな。

「見せて」
「いいぞ」
「うーん、これは……!」

 おまじないブック!
 と、続きは心の中でだけ、呟いた。
 何せ、三太はこれを黒魔術の書だと信じてるようだからな。
 友が信じているものを頭ごなしに否定するのはよくないだろう。
 つか、表紙に「黒魔術の書」って白いペンで手書きされている「黒魔術の書」がアリなのかって感じだが。
 まあ一応、中には何やら呪文めいたものが、端整な字で書かれてあるし。
『意中のカレを振り向かせる方法!』とか、『授業中に絶対先生にあてられない方法!』とか。
 妹が持ってたなー、こういう恋のおまじないの載った雑誌。
 っていうかこの字、どっかで見たことがあるような……。

「それでだな! クリスマスを消す方法は……、ほら、ここに書いてある!」
「あ、ホントだ」

 三太がページをめくってみせると、確かにそこには、『クリスマスを抹消させる方法』とある。
 ちなみにその前のページには、『クリスマスを意中のあの人と過ごせる方法』も載っている。
 どっちかっつったら、こっちを実行した方がいいんじゃないのか、俺ら的には。
 ってその前に意中のあの人とやらから探さなきゃダメか……うん、やっぱクリスマス消した方が早いな。

「そんなわけで、お前にはオレと一緒にクリスマスを抹殺する手伝いをして欲しい」
「うん、わかった」
「それでこそ俺の幼なじみ!!」

 三太は俺とがっちりと握手を交わすと、デ○ノートもといおまじないブックもとい、黒魔術の書にしたがって、クリスマスを抹消する方法を実行することになった。


 クリスマス抹消方法その1。

「まず、クリスマスケーキを用意する」
「なんでクリスマスを消すのに、クリスマスケーキが必要なんだ?」
「クリスマスを抹殺するための生贄だ」
「なるほど」

 何がなるほどなんだか自分で言っててさっぱりわからないが、詳しく考えていると先に進まないのでそう言う事にしておく。

「そのケーキは、駅前のドルチェで12月24日の午後1時に購入しないといけないらしい」
「細かいな」
「儀式だからな!」
「なるほど」

 何がなるほどなんだか(以下略)。


 クリスマス抹消方法その2。

「ドルチェで12月24日に仕入れたケーキを持って、Zから始まる名字の知り合いの家を訪れる」
「Z……ざ……財津(ざいつ)先輩か?」
「………他に誰かいないか」
「Zだろ。ざじずぜぞ、で始まる名字ってあんまりないんじゃね? 知人なら財津先輩以外、俺は知らない」
「ちっ……しょうがねえな」

 三太は舌打ちして、渋々、と言った体でうなずいた。
 ひとつ年上の財津和史先輩は、幼稚園、小学校、中学と同じ俺らにとっては幼なじみのような先輩だ。
 昔は俺も三太も「かずくん」と呼んでいたが、流石に高校生にもなった今は、少なくとも学校では「財津先輩」と呼んでいる。
 優しく気さくな先輩だが、三太に限ってスキンシップが激しい。
 口癖は、『さんちゃんを家で飼いたい!』。
 文字通り犬猫のようにつまみあげてぐりぐりされてしまうので、微妙なお年頃の三太は、最近先輩を避けている。


 クリスマス抹消方法その3。

「Zから始まる名字の知り合いと共に、持参したケーキにろうそくを16本立て、火をつける」
「おい、それって……」
「待て。まだ続きがある。『クリスマスくたばれ!』と叫んで、ろうそくの火を一気に吹き消す! そうすればクリスマスがこの世から消えるんだ!!」

 三太は、再度拳を天に突き上げ、叫んだ。
 もうすでにクリスマスが抹殺できたかのような勢いだ。
 その声に近くの席のやつらが振り返ったが、テンションの高い三太を生ぬるく一瞥すると、再び各自、おしゃべりやら早弁やら自習やらに戻って行った。

「財津先輩んちに俺ひとりで行くのヤだから、秋実も一緒に来てくれるよな!」
「ああ……うん」

 先に手伝うって言ったしな。
 このクリスマス抹消計画に、特に俺が協力すべき点が見当たらないとはいえ。
 かずちゃん……財津先輩にはうらまれそうだけど、先輩だってそのくらいは見越し済みだろう。
 っていうか、間違いなく俺はフォロー要員だよな……。

(クリスマスなのに………)

 と、俺は心の中でうっすらと半笑いした。
 ホント、どうして、クリスマスなんてあるんだろうな。
 いや、あるのはしょうがないとしても、何故クリスチャンでもない日本人が浮かれ騒がなきゃいけないのかという。
 ホントに消せるものなら、消してもいいよなクリスマス……。

「なあ、ろうそくって、ドルチェにいえば付けてくれるのかな? あ、別料金かな」
「いや、たぶん……最初からついてると思うよ」

 そしておそらく、ケーキ代も払わなくていいと思うよ、と心の中で付けたしたところで、3時間目の終わりを告げるチャイムが鳴ったのだった……。


 12月24日――クリスマス・イブ――

 そして、クリスマス前日が訪れた。
 俺と三太は、黒魔術の書の指示通り、駅前のドルチェに向かった。
 指定されていた時間の午後1時に、ドルチェのドアを開けた。
 流石にイブなだけあって、ドルチェの店内はいつもより、ケーキを買う客であふれている。

「クリスマスケーキって言っても、結構いろいろあるんだな。どれを買おう」

 客の隙間からショーウインドウを眺めて、三太が呟く。
 生クリーム、チョコレート、チーズケーキ。
 丸いのから、ロールケーキみたいなのまである。
 あれは確か、ブッシュ・ド・ノエルとか言うんだよな、確か。
 そうやって、俺と三太が長めていると、ショーケースの向こうから店員に声をかけられた。

「冬野様でいらっしゃいますか?」
「あ、はい……?」

 三太のフルネームは、冬野三太(ふゆのさんた)と言う。
 彼はこのフルネームを、特にこの時期はこよなく嫌っているので、決してフルネームで呼んではならない。
 ちなみに俺の名前は、栗井秋実(くりいあきみ)という。
 俺たちは二人合わせてよく、秋冬コンビと呼ばれている。
 俺は別にフルネームで呼ばれでも構わないが、栗で秋ってどうよ、と名付けた父に思うところがないわけでもない。

「冬野様。クリスマスケーキのご予約を承っております。代金はすでに頂いておりますので、少々お待ち下さい」
「え……っ!!」

 驚く三太に構わずに、後がつかえているため、店員はてきぱきと準備をし、あっという間にケーキの箱が手渡された。
 となると、もうここに用はないわけだから、俺たちはさっさと店を後にした。

「どうなってるんだ……?」

 首をかしげる三太に、俺は、

「……もう、黒魔術が効いてきてるってことなんじゃねえの?」

 と、適当な事を言ってみた。
 すると三太は、

「なるほど! それもそうだな!」

 と、あっさり納得した。
 いいのか、それで。
 でもまあ、だからこそ、こんな『黒魔術』なんかを試してみようなんて思えたのだろう。
 三太らしいっつーか。
 そこんとこ、ぜーんぶ、お見通しなんだろうなあ……。

「よしっ! これで最後は、財津先輩んちに行けばいいだけだな!」
「ああ、そうだな……って、俺も付いてかなきゃダメなのか?」
「あったりまえだろ! ヤだよ、俺、ひとりで、かずく……財津先輩んち行くの!!」

 ケーキの箱を大事そうに抱えて、三太が嫌そうに顔をしかめる。
 かずくん、財津先輩もすっかり嫌われたもんだ。
 昔は三太も、かずくんかずくん言って、カルガモのヒナみたいに後付いて行ってたのに。
 構い倒し過ぎなんだよなあ、先輩は、三太を……。
 そんな事を考えながら、俺と三太は、よく知る道をたどって、財津先輩の家へと向かった。
 1時半。
 チャイムを鳴らすと、ほどなくして、ドアが開き、財津先輩が顔をのぞかせた。

「いらっしゃい……! 待ってたよ、さんちゃん……!」

 先輩はそう叫ぶと、三太をぎゅーっと抱きしめた。
 三太は焦ったように、

「箱! ケーキがつぶれるっ!!」

 と叫んだ。
 その声が耳に届いたのか、ごめんごめん、と言いながら腕をほどいた。

「さ、あがって! さんちゃん!!」

 そして両手を広げて、三太を家に招く。
 っていうか、俺もいるんですけど、財津先輩……まあ、いいけど。

「じゃあ、俺はこれで……」

 付き添いもここまででいいだろう、と俺はさっさと帰ろうと踵を返した。

「えっ! なんで帰るんだよっ、秋実っ!?」

 更に焦ったような声で、三太が振り返って、俺を呼びとめる。
 いや、そんな風に言われたってさあ……。
 お前の後ろで、その先輩が、『わかってるよね、あきくん?』というオーラを漂わせてこっち見てるし……。

「あー……。じゃあ、帰る前に、はい、これ。おめでとう」

 俺は渡しそびれていたものを、コートのポケットから取り出して秋実に手渡した。

「何、これ」
「三太が欲しいって言ってた、CD」

 覚えきれないくらいいっぱいメンバーがいる、某女性アイドルグループの新譜CDを俺は三太に渡す。

「え、マジ!? 昨日出たばっかのだよな! まだ買ってなかったんだよ〜、ケーキ買わなきゃって思ってたから。サンキュな!」
「いえいえ。どういたしまして。じゃあ、俺はこれで……」
「だから! なんで帰るんだよ、お前も一緒に、」
「だって。そのケーキ。かずくんが、わざわざお前と食べようって用意したもんだろ。お前の好きなドルチェのケーキ。いくらなんでも、邪魔出来ないでしょ」
「え、あ……」

 三太が抱えているケーキを指して言うと、三太は戸惑ったように、ケーキと、後ろにいるかずくんを、交互に見つめた。
 まさかと思うけど、本当に分かってなかったとか?
 こんなにあからさまな計画を?
 ………三太だからな、ありえるかもしれん。

「で、でも………」

 三太は、赤くなって口ごもった。
 その様子を見て、あ、なんだ、と思った。
 やっぱり、わかってたんじゃん、と。

「てか俺、この後、谷口たちのカラオケパーティーに誘われてるからさ。どのみち付き合えないし」
「え、何それ俺、誘われてない!!」
「そりゃそうでしょ。お前がクリスマス嫌いなのなんて、みんな知ってるじゃん。まあ、谷口には一応打診されたけど、俺が断っといた。三太には他に用事があるからって」
「何、勝手に……!」
「いいのか? 行ったら絶対、『赤鼻のトナカイ』とか歌わされるぞ?」
「うっ……、そ、それは……!」

 三太は、思いっきり顔をしかめた。
 ふゆのさんたサン、プレゼントちょーだい! と言われるのがオチだ。
 言われたら三太は、間違いなく暴れるだろう。

「いやー、悪いね、あきくん! 気を遣わせちゃって!」

 全然悪くなさそうな顔で、かずくんが俺に言った。
 俺は苦笑して、首を振った。

「いーよ、別に。俺もそろそろ、三太は覚悟決めるときだって思ってたし」
「な、なんだよ、覚悟って……!!」

 三太が俺に詰め寄ろうとしたが、それより早く、かずくんの腕が三太の肩に回った。
 かずくんは、三太を背中から抱きしめるようにして、にこにこと笑った。

「察しのいい後輩を持って、俺は幸せだなあ。きっと、良い子のあきくんには素敵なプレゼントが待ってるよ」
「それはどうも。じゃあ、三太、かずくん、メリークリスマス、じゃなかった、メリーバースデー!!」
「ちょ、だから、待てよ、秋実……っ!」

 三太はまだ何か言おうとしていたが、見た目より力のあるかずくんが、俺に手を振りながら、さっさと家の中に三太を引きずりこんで、ドアを閉めてしまった。
 それを見届けてから、俺は今度こそ、歩きだした。
 あーもう、ほんっと、世話が焼ける幼なじみたちだ……。
 ジーンズのポケットに突っ込んでいたケータイから着信音が鳴る。
 確認してみると、谷口からだった。
 歩きながら、電話に出る。

「ああ、うん。今、向かってるとこ。え……、何、三太? だからアイツは行かないって。知ってるだろ、お前も。三太がクリスマスを抹消したいくらい嫌ってるの。お前も懲りないな〜。三太さんプレゼントー、とか言って蹴られただろ、お前。大体、それにだなあ……」

 大事そうにケーキの箱を抱えていた、三太の姿を思い出した。
 既に支払われていた代金が、誰によるものかなんて。
 わざわざ指摘するまでもなく、知っていたのだ、三太だって。
 それだけで、すでにわかろうというものだ。

「サンタの恋路を邪魔すると、トナカイに蹴られて死んじまうんだぞ。……え、意味? そのまんまだよ」


Merry Christmas & Happy Birthday!!


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