代わりに行こうか? って母さんが言ったけど、こういうのって自分で行かないと意味ないって思うんだよな。
 だから俺は、1月1日、すっごい人混みでまさにイモ洗い状態って場所に、あえて向かった。
 この年になって親とつれだって、ってのも恥ずかしかったんで、俺一人で。
 用事を済ませたら、さっさと家に帰って、みっちり勉強するつもりで。
 なのに。
 どうして、元旦早々!
 一番見たくないヤツの顔をよりにもよって、ここで、見なきゃならないんだよっ!?


 ○○祈願?
 
 
「終業式ぶりだね、早坂! 元気だった? あけましておめでとう!」

 なんか見たような後ろ姿……いやいや、気のせいだ。
 気付かなかったフリをして通り過ぎてしまおうとしたのに、ヤツは目ざとく俺を見つけると、大きく手を振った。
 そしてわざわざ人をかきわけて、こっちに走り寄ってきたのだ。
 やめろ、よせ、くんな……!!
 心からの俺の叫びは、当然、ヤツの耳には届かなかった。

「……オメデトウ。お前も、来てたんだな、羽生」

 全然ちっともまったく、めでたくもなんともない。
 それは思いっきり、俺の声からにじみ出ていたと思うのだが、ヤツはやはり気付かない。
 学校指定の紺色のコートに、同じく紺色のマフラーを巻いて、にこにこと俺を見ている。
 俺と同じ格好のはずなのに、やたら似合ってるのが、またムカつく。

「うん。ほら、やっぱさ、しときたいじゃん、神頼み。オレ、小心だから」

 どこがだよ……っ!
 と、やっぱり心の中だけで突っ込む。
 お前が小心者なら、大抵の人間は図太いって事になるだろ。
 お前が小心者なら、俺なんか小小小小小心者だ。

「でも、意外。早坂も来てるなんて。こう言うの、早坂はやらないって思ってた」
「……なんでだよ」
「ん〜、だってほら、早坂ってさ、クールだから。現実主義っぽいって言うかさ。あ、そこがカッコいいんだけど!」
「別に……俺だって、人なみだよ。神頼みくらいするし」

 嘘だ。
 神頼みだけじゃなくて、頼めるんなら仏にも天使にも拝み伏し奉りたいくらいだ。
 俺がクール? 現実主義だって?
 ああ、そうだろうよ。
 精一杯、そう見えるようにふるまってるんだ。
 言ってみれば、虚勢。
 ただの意地、強がりだ。ノーテンキなお前とは違う。

「羽生こそ……お前こそ、神頼みなんかしなくったって、余裕だろ」
「そんなことないよ! もうオレ、イッパイイッパイ!!」

 嘘つけ。
 イッパイイッパイなヤツはな、決して自分からそんなこと言えねえんだよ!!
 ……と、思いっきりぶつけられれば、どれだけすっとするだろう。
 俺と羽生は、名前の五十音順でも誕生日順でも背の順でも……成績でも、常に並んでいる。
 そう、常にヤツが先で、俺が後。
 ヤツが『はにゅう あきら』で、俺が『はやさか あゆみ』。
 ヤツが5月2日生まれで、俺が5月5日生まれ。
 ヤツが173センチで、俺が171センチ。
 ヤツが学年トップの成績で、俺が学年2番の成績。
 名字と誕生日……まあ、身長までは自分の力ではどうにもならないにしても、最後のだけはどうにかしたい。
 そう思って、中学に入ってからの3年間、常にヤツを抜く事だけを考えてやってきた。
 なのに、どうしても、どうしてもヤツを抜けないのだ。
 今回はいける!! と思ったときだって、僅差で叶わなかった。
 腹立たしいことこの上ない。
 それなのに羽生と来たら、俺の気も知らないで、気楽に話しかけてきやがる。

『早坂、今回、どうだった? 俺、数学凡ミスしちゃってさあ……。あ、早坂、英語、満点なんだ!? スゴイな!』

 そう言って、俺ににっこりと笑いかけてくる。
 嫌味か、それは嫌味なのか、羽生……!
 羽生が数学凡ミスし、俺が英語で満点とっても、トータルでは羽生に勝てない、俺への嫌みなのか……!!
 そうだったら、思いっきり軽蔑してやれるのだが、羽生にそんなつもりがないのはわかっている。
 こだわっているのは、俺だけ。
 羽生をいつか絶対抜いてやる、と密かに闘志を燃やしているのは、俺だけなのだ。
 もし、念願かなって羽生を抜かすような事が起きても、羽生は別段、悔しがりもしないのだろう。
 容易に想像できてしまって、だから俺は、今、世界で一番、羽生が嫌いだ。
 そういうオーラが、俺からは確実に出ているはずなのに、羽生は気にした風もなく、俺を見かけると、近寄って笑顔で話しかけてくる。
 何故だ。

「ああ、そうかよ……じゃあな」

 なので俺は、さっさと会話を切り上げて、帰ろうとした。
 ……ら、羽生に袖をつかまれて、コケそうになった。

「何するんだよっ!?」

 叫んで睨みつけると、羽生は、ゴメン、とすぐに謝った。
 しかし、俺の袖は握られたままだ。

「お守り、買わないの?」
「………は」
「せっかくお参りに来たのに、それだけで早坂は帰っちゃうの?」
「…………」

 本当は俺も、お守りを買って帰るつもりだった。
 俺は中学3年生。受験生なのだ。
 学業お守りを買って、絵馬に合格祈願をして帰るのがセオリーってヤツだろう。
 それをやらないで、このまま帰ることにしたのは、とっととお前とおさらばしたいからなんだよ、わかれよっ!!

「一緒に、お守り買おうよ。オレ、早坂とおそろいでお守りが欲しいんだ」
「断る」
「そんな、即答するなよ〜!」

 クラスの女子からは結構カッコいいと評判の顔を、羽生は情けなく崩して、俺を見ている。
 そんな顔しても、ヤダー、はにゅー君ってばカワイー! とか言われるんだよな、お前はっ!
 いかん、新年早々、イライラが募ってきた。

「……わかった。お揃いはとにかく、お守りは買って帰る」

 これ以上、ここでヤツと不毛な会話を繰り広げるのもメンドクサイ。
 さっさとお守りを買って、今度こそ帰る。
 帰って、勉強する……!
 勉強して、ヤツよりもいい成績でJ高に合格するんだ……!!

「あ、待ってよ、早坂……!」

 俺は早坂を置いて、お守りやお札を売っている場所へと急いだ。

 広い売り場には、おそらくこの時だけの臨時バイトであろう巫女さんが何人も並んで、お守りやお札、破魔矢や絵馬などを売っていた。
 お守りも、たくさんの種類がある。
 家内安全、商売繁盛、交通安全、そしてお目当ての学業成就などなど。
 形も、小さな長方形の袋状のものに紐がついているスタンダードなものだけじゃなくて、ちょっとした飾り付きで、ストラップやキーホルダーになっているものもある。
 まあ買うのはどっちみち、学業成就なんだけど、形は色々あるし、迷うな………。

「すみません! これ2つください」
「はい。かしこまりました」

 俺がずらりと並べられているお守りを見ている間に、羽生はすっとスタンダードなお守りを2つ手に取ると、巫女さんに渡した。
 千円札を2枚出して、おつりと共に、小さな紙袋に入れられたお守りを受け取る。
 そして、

「はい、これ、早坂の分」

 袋からお守りを1つ取り出すと、俺に渡した。

「え、いいよ。俺は自分で買うし……」
「いいんだ。オレが早坂に持っていて欲しいんだから!」

 そう言って、返そうとしても受け取ってくれない。
 そこまで言うんなら、と思って、返すのをやめて、もらったお守りを見てみた………ら。

「ちょ、おい、羽生! なんだよ、コレはっ!?」

 そのお守りには、こう書いてあった。

『安産祈願』

 と―――。
 誰が何を産むんだよっ!?

「学業成就だろ、俺たちに必要なのは! 間違い過ぎだろ! 交換、」
「いいや? 間違ってないよ。ほら、オレのも」

 交換してもらわないと、と言おうとした俺の言葉をさえぎって、羽生は袋からもう1つのお守りを取りだした。
 そこにあるのは、俺がもらったものと、全く同じ、『安産祈願』のお守り。

「ほら、案ずるより産むがやすし、って言うじゃない」
「……それがどうした」
「だからね、受験にはこっちの方が効くんだよ!」
「はあ!? バッカじゃないのか、お前!!」

 力説する羽生に、俺は思いっきり突っ込んでしまった。
 ああ、言ってしまった。我慢してたのに。
 でも今、ちょっとスッキリした……。

「ほんとだって! ウチの兄貴、高校受験の時間違ってこれ買っちゃって、まあいっかってそのまま持ってたんだけど、無理だって言われてたとこに合格したし! 大学受験の時は狙ってこのお守りにしてみたら、やっぱり無理目のとこに受かったんだよ!?」

 羽生は、安産祈願のお守りを握りしめて、なおも力説する。
 こんなところは、さすがにウチのクラスの女子も、カワイー、とは言わないだろう。
 だが……。

「……ほんとに?」

 つい、聞いてしまったのは仕方ないだろう。
 だってほら、受験生だから。

「ほんとに!」

 羽生は、こっくりとうなずく。
 まあな、自分の分も買っといて、それで俺を騙すって話もないだろう。
 そういうキャラでもないし……。

「お前を信じるわけじゃないけど……一応、もらっておく」
「うん」

 どこまでも上から目線な言い方だったにも関わらず、羽生は俺がそれを受け取ると、嬉しそうにうなずいた。
 ほんと、変なヤツだよな、知ってたけど。

「……じゃあ、絵馬、書いて行くか? これ、もらったから、絵馬は俺が……」

 もらいっぱなしだと借りを作ったようで、具合が悪い。
 だからそう提案すると、羽生はちょっと驚いた顔をして、それからいつもの笑顔を見せた。

「いいの? 嬉しいな……あ! それなら、一緒に書いてもいい? ほら、オレも早坂も、同じJ高が第一志望だし」

 ちなみに、第一志望だけじゃなく、第二志望も同じだったりする。
 別に示し合わせたわけじゃなくて、同じような成績だと必然的にこうなるんだよ。

「お前がいいなら……それでいいけど」
「うん! ありがと、早坂」

 またも笑顔で、羽生はうなずいた。
 ところで絵馬って、連名で書いてもいいんだっけ?
 願いが一緒なら、いいのかな……。
 一応聞いてみたら、別に連名で書いても構わないようだったので、俺は絵馬を1つだけ買った。
 備え付けの油性ペンがあったので借りてきて、J高校に合格しますように、と書いた。
 その後に自分の名前を書いて、ペンを羽生に渡す。
 俺の名前の横に、羽生も自分の名前を書いた。

「それじゃ、奉納所に……お前、何でさっきから、そんなに笑ってるんだよ」

 ペンを返して、書き上がった絵馬を手にとって羽生を見ると、何がそんなに楽しいのか、さっきからずっと笑顔だ。
 普段からよく笑っているヤツではあるが、笑顔がデフォルトってのは、さすがに変だろ。

「だって、オレと早坂の名前が、並んでるんだよ……」

 羽生は、うっとりと絵馬を見つめている。
 だから、何故。

「俺とお前の名前が並んでるのなんて、いつものことだろ」
「そう言う意味じゃなくて……ああ、もう、わかってないなあ、早坂は」

 ワケが分からないのは、羽生、お前の方だ。
 そう言いたいのをこらえて、俺は絵馬を吊るした。
 よし、今度こそ、これで終了、家に帰れる……!

「……じゃあな、羽生」

 俺は羽生に軽く手をあげると、人波に乗って、神社の出口へと向かって歩きだした。
 すると、ヤツも一緒に歩きだした。

「まだ、何か用かよ?」      
「帰る方向一緒なんだから、一緒に帰ろうよ」
「…………」

 同じ中学に通っていると言う事は、当然、同じ校区に住んでいるということだ。
 私立じゃなくて、公立中だからな……。
 今さら嫌だとも言えずに黙り込んだ俺を見て、了承の意だと受け取った羽生は、俺の隣に並んだ。

「今年は、すごくいい年になりそうだよ。新年早々、早坂に、会えた」

 弾む声でそう言われて、俺は新年早々お前に会って、最悪だよ、なんて言えるはずもなく。

「大げさなヤツだな」

 と、言うにとどめた。

「大げさなんかじゃないよ! だって、一緒のお守り買って、一緒に絵馬書いて、今、一緒に帰ってるんだよ!? あらかじめ、約束したわけじゃないのに!」

 当たり前だ、誰がお前なんかとあらかじめ約束するか!
 ……と言う台詞は、口の中にのみ込む。

「もうほんと、オレ、今、すっごい幸せ」

 そう言って笑う顔が、本当に幸せそうで。
 なんでだよ、って思った。
 おかしいだろ、それ、フツーに。

「………なんで、って顔してるね、早坂」
「別に………」
「本当に、わからない?」

 すっと、笑顔を消して。
 羽生は、まっすぐに、俺を見た。
 怖いくらい、真剣な顔をして。

「………………」

 わかるかよ。
 っていうか、わかりたく、ない。
 だって、わかったら、わかってしまったら………。
 答えられない俺に、羽生は返事を求めるでもなく、ただいつものように、笑って見せた。

「まあ、いいか、今は。どうせ、同じ高校、行くんだし。ね?」
「………まだ、受かってない」
「受かるよ。おそろいのお守りも買ったし、一緒に絵馬も書いたし。受かったら、一緒にお礼まいりにも行こうね」
「…………ああ」

 うなずいたら、羽生は嬉しそうに笑って、うなずき返した。
 ほんとお前、なんでいつも、俺といる時、笑ってばっかりなんだよ。
 ムカつく。
 俺はお前といると、どんな顔していいのか、わかんなくなるんだよ。
 やっぱりお前、嫌い。
 だけど………。

「春から、早坂と同じ高校通うの、楽しみだな」

 屈託なく笑うお前を、まだ追い抜いてないから。
 高校では常に俺がお前を追い抜いて、追い越して、それで、早坂はスゴイって言わせてやる。
 見てろよ……!
 成績だけじゃなくて、身長だって追い抜いてやるんだからな!?

「羽生。絶対、一緒の高校、行くぞ……!」
「うん!」

 だからそうやって、笑っていられるのも、今のうちだけなんだからな………!!


Fin.

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