もう少しだけ、甘く


「……ほら。買ってきてやったぞ」

 可愛らしい細いピンクのリボンがかかった、手のひらよりちょっとだけ大きい箱を、オレは康平に突きだした。
 ショッピングモールの通路の片隅にあるベンチに座って待っていた康平は、ありがとう、と言ってそれを受け取った。

「ったく、もうこんなこと、ぜってーやんねえからな!!」

 って、この台詞、こないだも言った気がする……と思いながら、オレは康平の隣にどさっと腰かけた。

「ゆみ。足。そんなに広げてたら、見えるよ?」

 言われて、オレは慌てて足を閉じた。
 あーもう、めんどくせー!
 いーよもう別に見えても、って半分思ったけど、ビジュアル的にどうよって感じだよな……。
 スカートからボクサーパンツがのぞいてるのも、まあアレだ。
 トランクスよりはましかなーと思って、今回は下にボクサーパンツはいてみたんだけど。
 ってなんでこんなことオレが気にしなきゃなんねえんだよ!
 オレ、男なのに!!

「てかさー、ジーンズでよくね? なんでまた、スカート……」

 オレはまたしても、康平のヤツに頼まれて、女装していた。
 今度はミニの赤いワンピーススカート。
 靴下はくるぶしまで。
 靴は茶色のミニブーツ。
 なのに今回、髪はそのままだったりする。
 散髪行ってなくて、ちょっと伸びてるからまあいいかと。
 こんくらいの髪の長さの女って、結構いるし。
 前髪の左を、カラーピン(先に花の飾りがついてたりする……)もつけてるしな。
 それに、前回はやってなかった化粧もちょっとだけしてたりする。
 おかげで顔が窒息しそうだ。
 なので、オレが男だとはバレない……と、思う、たぶん。
 いやこれでバレたら相当ハズいので、絶対バレないはずだと祈りたい。

「だって、その方が可愛いから」

 康平は嬉しそうに笑って答えた。
 こいつ……。

「それに、買い取った予備の服も、着ないともったいないかなって」

 オレが今来ている服は、康平が、康平の従姉から買い取ったものだ。
 友人(男)に着せる服を借りたいとか身内に言える康平って、ある意味つわものだよな。
 そして、何に使われるかわからないから、買取じゃなきゃ駄目だと言う康平の従姉も。

「バザーに出すとか、古着屋に売るとか、色々あるだろ」

 呆れたように突っ込むオレに、康平はまったく悪びれた様子もなく返す。

「せっかく、ゆみに似合いそうだって思って選んだのに。着てるとこ見たかったんだ」

 そして、オレの顔を覗き込むように近づいて、にっこり笑った。

「思ってた以上に、似合ってる。可愛いよ」

 反射的に後ずさったけど、せいぜい3人座ればいっぱいなベンチじゃ、あまり逃げようがない。

「康平……! お前、そういうのは……っ! い、言う相手、間違ってるぞ!」

 男に可愛いとか!
 そんなん言われてもどうしようもないと言うか……反応に、困る。

「どうして? だってほんとに、すごく可愛いよ、ゆみは」

 イヤイヤイヤイヤ。
 そんなん思うの、お前だけだから!
 ほんと、こいつの趣味ってわかんねえ………。

「そ、そんなことより! せっかくオレが女子にまみれて買ってきてやったんだ! ありがたく食えよ?」

 先程手渡した小箱を指して、オレは言った。
 それは、チョコレートだった。
 このショッピングモールには、チョコレートの専門店が入っている。
 すっげーちっちゃいチョコ一粒が200円とか、とんでもない値段するヤツ。
 いっぺん、お土産でもらって食ったことあるけど、値段だけあって、すごい美味かった。
 また食べてみたいなーって思うけど、さすがにアレを自力で買うのは少々厳しい。
 それに、今の時期は、ただでさえ男には入りづらい店が、さらに入りづらくなっている。
 2月は、チョコレートの稼ぎ時だもんな。
 本命チョコ(あの値段で義理はないだろう)を買い求める女子であふれ返っている。
 あの中を、男の格好で――っていや、オレはそもそも男なのだが――入るのは、大変キビシイ。
 だから、あの店のチョコを欲しい康平が、オレに女のカッコを頼むのも、まあわからなくはないんだけど……。

「康平ってさあ、チョコレートって、好きだったっけ?」

 オレは甘いもの全般、あんこものからケーキまで大好きだけど、康平はそうでもなかった気がする。
 一緒にドーナツ屋入っても、コーヒーしか飲まなかったりとかするし。

「嫌いでは、ないよ」

 康平は、さっそく、チョコレートの箱を開けながら、言った。
 嫌いではない、レベルで3千円もする高級チョコレートを買うのか、康平は?
 やっぱ、よくわかんねーヤツだなあ……。

「黒い宝石みたいだね」

 四角く区切られた内箱に、行儀よくおさまったチョコレートを見て、康平が男子高校生らしからぬ感想を述べる。
 まあ、そう言いたくなる気持ちもわかるけど。
 康平は、見るからに美味そうな高級チョコレートを、一粒指でつまんだ。

「はい、ゆみ。あーん」

 そう言われて、思わず口を開ける。
 チョコレートを一粒、口の中に入れられた。

「美味しい?」

 これは……!!
 まさにとろける味わい!
 甘いんだけど、甘いだけじゃなくて、ちょっとほろ苦くもある。
 まろやかな舌触りも絶品で……と、どっかの料理漫画に出てくるキャラみたいな感想が浮かんだけど、とりあえずオレは、こくこくとうなずいた。

「そう? なら、よかった。はい、2つめ。あーん」

 オレはえさをもらう雛鳥のように、口を開けてチョコレートを食べた。
 2つ、3つと、笑顔で差し出されるまま、次々と。
 これほんと、美味いわー、伊達に3千円もしないな……って、ちょっと待て。

「なあ、康平は食わなくて、いいのか?」

 つい差し出されるまま食べてしまったが、これは康平の金で買った、康平のチョコレートだ。
 買いに行ったのはオレだけど、その駄賃として、さっきハンバーガーおごってもらったし。

「俺はいいんだ。ゆみ、ここのチョコレート、また食べてみたいって、言ってただろう?」

 え……。
 もしかして、オレに食わせるために、この美味いけど馬鹿高いチョコレートを!?
 オレは、康平の菩薩のような微笑みに、じーんとした。
 友人を女装させるのが楽しいなんて言いやがる変態だけど、お前ホントにいいヤツだな、康平……!

「でも、そうだな。ゆみがそう言ってくれるのなら、俺も食べようかな。少しだけ」
「そうだよ。そうしろよ!」

 甘いものが特に好きじゃないとしても、このチョコレートは食う価値がある逸品だぞ!
 チョコレート、もう3粒しか残ってねえし。

「じゃあ……いただきます」

 康平はそう言って、何故かオレの頬に手を添えた。
 康平の、悔しいけど結構男前な顔が近づいてきて……。

「んっ……んん〜っ!?」

 口の中を、舐められた。
 まるで味わうみたいに、歯の裏や、上あごの下あたり、とにかく口の中のあちこちを康平は舐める。
 びっくりして、オレは康平を突き飛ばす事も出来なくて――だって、そんなことしたら、康平の膝の上のチョコが落ちちゃう――ただ、じっとしていた。
 舐めるって言うか、なんかマジで食われてるみたいなんだけど、オレ……!?

「……ん、はあっ………」

 康平は最後に、オレの下唇をなぞるように舐めてから、ちゅっと音を立てて軽くキスをして、唇を離した。

「ごちそうさま」

 心臓バクバクして、息苦しくて、なんかもうすっかり疲労困憊になってしまったオレに向かって、康平は爽やかに言った。
 その笑顔、超ムカツクんですけど……!
 それに全然、少しじゃねえし!

「すごく、美味しかったよ」

 指で、濡れた唇をぬぐう仕草が、やけにエロくて、目のやり場に困る。
 オレは、残ったチョコレートをまとめてつかんで、口の中に放り込んだ。

「そりゃ、よかったな……っ!」

 うん、と嬉しそうにうなずいてるのが、反らした視線の端っこに映る。
 顔が熱くなってるのが、自分でもわかってしまうのがくやしい。
 このむっつりスケベめ……。
 何でお前は、顔色ひとつ変えないんだよっ。
 こっちはドキドキして死にそうなのに、理不尽だ!
 心の中でめいっぱい罵ってから、オレはあまい、あまいバレンタインチョコレートを、キスの余韻をかき消す勢いで、咀嚼した。


Fin.

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