うす青い光に包まれた研究室の中で、こぽこぽと水音が響く。
ごちゃごちゃと何に使われるのかよくわからない機具の立ち並ぶ真ん中。
そこだけぽっかりと開いたスペースに、卵型のガラスケースがぽつりと置かれている。
まるで人がすっぽり中に入りそうなくらいの大きさの卵型ケース。
いや、中に入っているのは……。
「もう少し。もう少しだね……」
薄汚れた白衣を纏った、くたびれた男が、ガラスケースに手をあてて、うっとりと呟く。
「あと少しで、君はカラを割って出てくるんだ……」
ガラスケースの中は、透明な水で満たされていた。
聴こえてくる水音は、底の方から、あがってくる空気の泡のようだ。
そしてガラスケースの中に入っているのは、色のない水だけではなかった。
「白い肌、栗色の髪…。瞳の色は、何色だろうね?…ああ、馬鹿だな。彼と同じ色に決まっているじゃないか。そうだろう?君は、彼なのだから」
ひざを丸めて、目を閉じた姿で、卵形のガラスケースに水と共におさまっているもの。
―――それは、少年だった。
歳は、10歳くらいだろうか…?
男は、水に浮かぶ少年を見つめたまま、語り続ける。
「もどかしいね…。今すぐ君を、この腕に抱きたいのに。ああ、でも、あの頃の君にはまだ足りない。あと少し、あと少しの辛抱だ」
ガラスケースに頬ずりして、男は酔ったように口ずさむ。
「早く、早く、君に会いたいよ。僕だけの君に」
水の中で、少年の糸のように細い髪が、ゆらゆら揺れている。
「さあ…、怖がらないで、生まれておいで」
何度も何度も、ガラスケースを撫でる。
その向こうの、少年をも、撫でるように。
「……永遠に、僕を裏切らない」
少年は何も、答えない。
「僕だけの、人形」
水音だけが静かに響く中、少年がかすかに、身じろぎをしたように、見えた。
Fin.
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