013: 風の色



 夏の終わりは風の色さえも褪せて見えるのは何故だろう。
 いつまでも続くかに思えた、いっそ暴力的なほどの太陽光線が、弱まっているのを感じるから?
 わからない。
 わからないけど、夏は終わる。
 それは、誰にも止められない。


「…じゃあ、俺、行くから」

 そう言って、ディパックを肩に抱えた俺に、あいつは何も言わずに、ただ黙って頷いた。
 蝉がやかましいくらいに自己主張をしていて、立っているだけで、汗がじんわりと湧き出てくる。
 だが、足元を吹き抜ける風は、確かに次の季節の訪れを感じさせるもので。
 そのまま俺たちは、しばらく黙っていた。
 何か言わなければならない。
 そう思っているのに、いうべき言葉が見つからない。
 蝉時雨だけが沈黙を埋めていく。

「あのっ……」

 いつの間にか、俯いていた顔を上げて、あいつは言葉を捜すように、唇を湿らせた。
 だが、言葉は結局、空中に溶ける。
 アスファルトの熱気に溶けて、風に流れていってしまう。

「……元気で」

 そして、口から出たのは、そんなありきたりな言葉で。
 だから俺も、同じように言葉を返す。

「お前も、な」

 必死で頬に貼り付けている笑顔から、目をそらして。
 もう、それ以上、互いの間に交わす言葉がないと知って、俺はあいつに背を向けて、歩き出した。

「………っ!!」

 微かに、名前を呼ばれて、俺は立ち止まって振り返った。

「ありがとう」

 すでに遠くなった距離からでも、辛うじてわかる、あいつの笑顔。

「……馬鹿野郎」

 口の中だけで小さく呟いて、俺は前を見て、歩き出した。
 ありがとう、なんて言うな。
 笑って礼なんか、言うなよ……。


 風の色さえも褪せて見える、夏の終わり。
 季節が移りゆくのは、誰にも、止められない――。


Fin.


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