022: アルコール



 アルコールに逃げるってのは最低なんじゃなかろうかと思いつつ、飲まなきゃやってられない時ってのも、確かにあるわけで。

 例えば、仕事で凡ミスをやらかして上司に怒鳴られ、残業でデートに遅刻し、とどめに大学の頃から付き合ってきた彼女に振られた日、なんていうのは。
 もう呑まなきゃやってられないだろう。
 いや呑ませてくれ。
 頼む。

「なあ、俺って、そっんなに、ダメな男かなあ。ダメダメかなあ…?」

 どこにだしても恥ずかしくない、立派な酔っ払いの俺を、いきなり電話一本で呼び出された高校時代からの友人は、学ランを着ていた頃と変わらぬ気さくさで、俺の頭をよしよしと撫でてくれた。

「いやいや。お前はダメなんかじゃないぞ。お前がやれば出来る子だってのは、オレがよ〜く知ってるから、な?」

『やれば出来る』ってあたりからして、もうすべてを語っているのだろうが、酔っ払いはそんなことを考える頭もないので、俺はされるがままに頭を撫でられていた。
 あー、こいつの手って大きくてあったかいなー。

「だから、もうそろそろ呑むのはやめとけ」
「えーやだぁ。もっと呑むぅ。今夜はとことん付き合えよう〜」
「オレは構わないけど。お前明日も仕事だろう」
「だぁいじょうぶっ!俺、寝起きのよさだけは天下一だから!」

 どんなに遅く寝ようとも、定刻どおりにぱっちり目が覚めてしまうのが、俺の自慢だ。

「…そうだったな。でも悪いがオレはそうじゃないんだ。だから…」

 その時、友人の目がキラっと妖しく光ったのだが、もちろん酔っ払いはそんなことに気付くはずもなかった…。

「オレの部屋で呑まないか?」
「あ〜、お前んち〜?いいよいいよ。どこだっけ?」
「ここから電車で三駅分。まだ終電は終わってない」
「そっかー。じゃあそうすっかー。すんませーん!お会計お願いしまぁすっ!」

 素敵な千鳥足でレジに向かう俺の腰を、友人は背後から片腕で抱きとめた。

「今日はオレが奢るよ」
「えぇ〜悪いよー」
「いいっていいって。その分は、後で……」
「後で?」
「…いや、何でもない」

 何が何でもないだ!
 ありまくりだろうが!

 …と、数時間後の俺が叫ぶはめになることを誰が知りえただろうか。

「じゃー、俺、途中でビール買ってくわ」
「そうか?悪いな」
「いいっていいって、ここで奢ってもらうんだしー」

 へらへら笑って手を振る己を、数時間後から殴りに行きたい…と思うはめに、なるなんて。
 だが、くどいようだがその時の俺はただの酔っ払いだ。

「……それじゃあ、行こうか」
「おう!」

 腰に回ったままの手を、酔っ払いを気遣うものだとしか思わなかった、純真な俺よ…。

「今夜はとことん呑むぞぅっ!」
「ああ…そうだな」

 ニヤリ、と笑ったように見えたのが、気のせいでも何でもなかったことに俺が気付くのは、もう少し、後だった……。

Fin.


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