034: 手を繋いで



 ぎゅっと握られた手が、あたたかい。
 指の先をたどると、僕よりも少し高い体温の、僕よりも少し小さな指があって。
 さらにたどっていくと、すんなり伸びた腕、華奢な肩、ちょっと伸びすぎた髪がかかった首筋がのぞく。
 僕の視線に気づいた君が、僕を見上げてにっこり笑う。
 そうすると僕はすごくあったかい気持ちになって、この手を繋いだまま、どこまでだって行けるんじゃないかなって思ったんだ。


 年の瀬の駅前のショッピングモールは、いつもの倍以上は人ごみにあふれていて、気を抜くとすぐにはぐれてしまいそうだった。
 ここのショッピングモールは年中無休なのに、どうして12月だからってこんなに人が多いんだろう。
 って、そういう僕らも、そんな中で買い物に訪れた客の内の1人なわけだけれども。

「隆俊、手」

 僕はすぐ隣を歩く連れに、そう声をかけて手を伸ばした。

「あ?」

 背ばかり高くなってしまった、かつての可愛い弟分が振り返って僕を見下ろした。
 一見、睨んでるようにもみえるが、これが彼のデフォルトである。
 昔はほんっとうに、可愛かったんだよ! と力説しても、なかなか信じてもらえないのが悲しいところだ。

「迷子になるだろ。だから、手、繋いで行こう」
「………ヤだよ」

 彼は顔をしかめると、ふいっとそっぽを向いた。
 ほんの数年前までは、隆俊の方から手を繋ぎたがっていたのに、最近ではこのありさまだ。
 何が気に食わないんだろう?

「こんなに人がいっぱいなんだから、手を繋いで立って、別に目立たないと思うよ」

 周囲は、人、人、人。
 その手元にはそれぞれがバッグだの紙袋だのでふさがっていて、なのにすれ違う人とは皆上手くぶつからないように歩いている。
 今なら、たとえ見知らぬ他人同士がくっつきあって歩いていても、違和感がないような状態だ。
 それぞれが年末の買い物に追われている中、男2人が手を繋いでいたって、誰も気に留めはしないだろう。
 はぐれるよりはいいでしょ? と言ってみるものの、隆俊は渋い顔だ。

「………そういうんじゃない」

 やっぱり、ぶすっとした口調で、隆俊は答えた。

「じゃあ、どういうこと?」

 僕は、困ったように首をかしげた。
 ほんと、昔は素直で愛らしい子だったんだけどなあ。
 僕の後をちょこまかついてきてさ。
 隆俊は、僕の年の離れた幼なじみだ。
 親同士が親しく、お互いひとりっこなこともあって、僕らは本当の兄弟のように仲が良かった。
 なのに図体が大きくなるにつれて、段々口数が減って、不機嫌な顔を見せるようになって。
 だから、嫌われたのかなあと寂しく思いつつ、距離を取るようにしてたら、今度は逆に近寄ってきて。
 難しい年頃だ……。
 自分が10代の頃なんて、ちょっと前のことだったのに、過ぎ去ってしまえば、その頃の自分がどうだったのかなんてもう忘れてしまっている。
 こんな時、僕も隆俊と同い年だったら、もっと色々、違ったんだろうなあと思うんだけど。
 僕が年上だっていうのは、今さらもうどうしようもない。

「迷子とか、はぐれるとか……。和己にとって俺はちっちゃい頃のままかもしんないけど。俺、もうそんなガキじゃねーし」

 前を向いたまま、隆俊はぼそぼそと言った。
 口調が何だか拗ねていて、僕は思わず小さくくすりと笑った。

「笑うなよっ!」

 雑踏のざわめきの中でも耳ざとく聞きとった隆俊が、振り返って僕を睨む。
 デフォルトがデフォルトなだけに、それは迫力のある顔だった。
 けど、僕にとっては、ちっとも怖くない。
 だって……。

「笑うよ。隆俊ってば、全然、明後日な方向の勘違いしてるんだから」
「カンチガイ……?」

 隆俊が、鳩が豆鉄砲をくらった顔(って、どんな顔なんだろうね?)をした。
 ぽかんとしたその顔は、年より大人びて見えることの多い隆俊だったけど、年相応の高校生に見えた。

「そうだよ。迷子になるから手を繋ぐ、なんて、半分口実だよ。だって、隆俊、人ごみより頭一つはゆうに背が高いんだから、はぐれてもちゃんと見つけられるし」
「だったら、なんで……」

 いぶかしげに、隆俊がその先を問う。
 僕はまたくすっと笑うと、隆俊の手を握った。

「そんなの、ただ、隆俊と手を繋ぎたいからに決まってるじゃないか。口実でもないと、隆俊ってば、手を握らせてもくれないんだもの。昔は、隆俊の方から握ってくれたのに……」

 はあ、とわざとらしくため息をついて、隆俊を見上げる。
 隆俊の顔が、ぱっと赤く染まった。
 口を金魚みたいにぱくぱく開いてから、言い訳しはじめた。

「そ、それは、だってその、おかしいだろう!? その、いつまでも、ガキじゃないんだしっ」

 5つ、っていう年の差は、今の僕らには結構大きくて。
 それを隆俊が気にしてるのは、僕も知ってる。
 けど、もどかしい。
 僕は隆俊の手を、ぎゅっと握って、言った。

「僕は、隆俊が子供だから、手を繋ぎたいんじゃないよ」

 言わなくても分かってるはずだけど、口に出して伝える。
 じゃないと、いつまで経っても、どうしようも出来ないことに年下の彼はこだわるから。

「隆俊だから、繋ぎたいんだよ」

 繋いだ手を引っ張って、背の高い彼の耳もとに口を寄せる。
 彼だけにしか、聞こえないくらいの音量で続けた。

「好きだから」

 ぱっと、手を離す。
 人ごみに紛れるように、先を歩いた。
 何歩も歩かない内に――――

「はぐれるなって俺に言っておきながら、自分の方からはぐれるなよ!」

 隆俊の大きな手が、僕の手を捕まえた。 

「……うん」

 ぎゅっと握られた手が、あたたかい。
 そこだけは昔と変わらなくて、僕は自然とその手をたどっていく。
 すらりと伸びた腕、幅広くてがっしりした肩、短く切られた髪の下からのぞく小麦色の首筋。
 僕の視線に気づいた君が、僕を見下ろして照れくさそうに笑う。
 そうすると僕はすごくあったかい気持ちになって、この手を繋いだまま、どこまでだって行けるんじゃないかなって思うんだ。
 今でもずっと、ね。


Fin.


TOP


Copyright(c) 2011 all rights reserved.