ぎゅっと握られた手が、あたたかい。
指の先をたどると、僕よりも少し高い体温の、僕よりも少し小さな指があって。
さらにたどっていくと、すんなり伸びた腕、華奢な肩、ちょっと伸びすぎた髪がかかった首筋がのぞく。
僕の視線に気づいた君が、僕を見上げてにっこり笑う。
そうすると僕はすごくあったかい気持ちになって、この手を繋いだまま、どこまでだって行けるんじゃないかなって思ったんだ。
年の瀬の駅前のショッピングモールは、いつもの倍以上は人ごみにあふれていて、気を抜くとすぐにはぐれてしまいそうだった。
ここのショッピングモールは年中無休なのに、どうして12月だからってこんなに人が多いんだろう。
って、そういう僕らも、そんな中で買い物に訪れた客の内の1人なわけだけれども。
「隆俊、手」
僕はすぐ隣を歩く連れに、そう声をかけて手を伸ばした。
「あ?」
背ばかり高くなってしまった、かつての可愛い弟分が振り返って僕を見下ろした。
一見、睨んでるようにもみえるが、これが彼のデフォルトである。
昔はほんっとうに、可愛かったんだよ! と力説しても、なかなか信じてもらえないのが悲しいところだ。
「迷子になるだろ。だから、手、繋いで行こう」
「………ヤだよ」
彼は顔をしかめると、ふいっとそっぽを向いた。
ほんの数年前までは、隆俊の方から手を繋ぎたがっていたのに、最近ではこのありさまだ。
何が気に食わないんだろう?
「こんなに人がいっぱいなんだから、手を繋いで立って、別に目立たないと思うよ」
周囲は、人、人、人。
その手元にはそれぞれがバッグだの紙袋だのでふさがっていて、なのにすれ違う人とは皆上手くぶつからないように歩いている。
今なら、たとえ見知らぬ他人同士がくっつきあって歩いていても、違和感がないような状態だ。
それぞれが年末の買い物に追われている中、男2人が手を繋いでいたって、誰も気に留めはしないだろう。
はぐれるよりはいいでしょ? と言ってみるものの、隆俊は渋い顔だ。
「………そういうんじゃない」
やっぱり、ぶすっとした口調で、隆俊は答えた。
「じゃあ、どういうこと?」
僕は、困ったように首をかしげた。
ほんと、昔は素直で愛らしい子だったんだけどなあ。
僕の後をちょこまかついてきてさ。
隆俊は、僕の年の離れた幼なじみだ。
親同士が親しく、お互いひとりっこなこともあって、僕らは本当の兄弟のように仲が良かった。
なのに図体が大きくなるにつれて、段々口数が減って、不機嫌な顔を見せるようになって。
だから、嫌われたのかなあと寂しく思いつつ、距離を取るようにしてたら、今度は逆に近寄ってきて。
難しい年頃だ……。
自分が10代の頃なんて、ちょっと前のことだったのに、過ぎ去ってしまえば、その頃の自分がどうだったのかなんてもう忘れてしまっている。
こんな時、僕も隆俊と同い年だったら、もっと色々、違ったんだろうなあと思うんだけど。
僕が年上だっていうのは、今さらもうどうしようもない。
「迷子とか、はぐれるとか……。和己にとって俺はちっちゃい頃のままかもしんないけど。俺、もうそんなガキじゃねーし」
前を向いたまま、隆俊はぼそぼそと言った。
口調が何だか拗ねていて、僕は思わず小さくくすりと笑った。
「笑うなよっ!」
雑踏のざわめきの中でも耳ざとく聞きとった隆俊が、振り返って僕を睨む。
デフォルトがデフォルトなだけに、それは迫力のある顔だった。
けど、僕にとっては、ちっとも怖くない。
だって……。
「笑うよ。隆俊ってば、全然、明後日な方向の勘違いしてるんだから」
「カンチガイ……?」
隆俊が、鳩が豆鉄砲をくらった顔(って、どんな顔なんだろうね?)をした。
ぽかんとしたその顔は、年より大人びて見えることの多い隆俊だったけど、年相応の高校生に見えた。
「そうだよ。迷子になるから手を繋ぐ、なんて、半分口実だよ。だって、隆俊、人ごみより頭一つはゆうに背が高いんだから、はぐれてもちゃんと見つけられるし」
「だったら、なんで……」
いぶかしげに、隆俊がその先を問う。
僕はまたくすっと笑うと、隆俊の手を握った。
「そんなの、ただ、隆俊と手を繋ぎたいからに決まってるじゃないか。口実でもないと、隆俊ってば、手を握らせてもくれないんだもの。昔は、隆俊の方から握ってくれたのに……」
はあ、とわざとらしくため息をついて、隆俊を見上げる。
隆俊の顔が、ぱっと赤く染まった。
口を金魚みたいにぱくぱく開いてから、言い訳しはじめた。
「そ、それは、だってその、おかしいだろう!? その、いつまでも、ガキじゃないんだしっ」
5つ、っていう年の差は、今の僕らには結構大きくて。
それを隆俊が気にしてるのは、僕も知ってる。
けど、もどかしい。
僕は隆俊の手を、ぎゅっと握って、言った。
「僕は、隆俊が子供だから、手を繋ぎたいんじゃないよ」
言わなくても分かってるはずだけど、口に出して伝える。
じゃないと、いつまで経っても、どうしようも出来ないことに年下の彼はこだわるから。
「隆俊だから、繋ぎたいんだよ」
繋いだ手を引っ張って、背の高い彼の耳もとに口を寄せる。
彼だけにしか、聞こえないくらいの音量で続けた。
「好きだから」
ぱっと、手を離す。
人ごみに紛れるように、先を歩いた。
何歩も歩かない内に――――
「はぐれるなって俺に言っておきながら、自分の方からはぐれるなよ!」
隆俊の大きな手が、僕の手を捕まえた。
「……うん」
ぎゅっと握られた手が、あたたかい。
そこだけは昔と変わらなくて、僕は自然とその手をたどっていく。
すらりと伸びた腕、幅広くてがっしりした肩、短く切られた髪の下からのぞく小麦色の首筋。
僕の視線に気づいた君が、僕を見下ろして照れくさそうに笑う。
そうすると僕はすごくあったかい気持ちになって、この手を繋いだまま、どこまでだって行けるんじゃないかなって思うんだ。
今でもずっと、ね。
Fin.
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