よく晴れた空の下で、ライスシャワーが雨のように降り注いでいる。
その下を、幸せいっぱいの笑顔を浮かべた新婦と、どこか照れくさそうな新郎が歩いていく。
さっきは、花嫁が投げたブーケを、きゃあきゃあ言いながら女の子たちが手を伸ばして、受け取ろうとしていた。
ブーケをキャッチした、あれは誰だっけ?
確か、営業3課の子だったと思うんだけど……。
「よお。来てたんだ、高見」
少し離れた場所から、新郎新婦の様子を見ていた俺の背中を、ぽんと叩く手があった。
振り向くと、学生時代からの腐れ縁の、沢木がいた。
「てっきり、欠席するのかと思ってたよ」
「アイツのはれの日だぞ。来ないわけないだろう」
「ふうん……」
素直に答えたのに、なんだか疑っているような、胡散臭いうなずきが返ってくる。
俺はそれを聞かなかったことにして、再び視線を戻した。
参列者のお祝いの声が、ここにいても聞こえてきた。
おめでとう、おめでとう。
お幸せに。
そんな、たくさんの声が。
そのひとつひとつに、ありがとうと応える、幸福そのもののカップル。
「来るんなら、ぶちこわすのかと思った。ほら、ふる〜い映画にあるだろ。内容よく知らないけど。結婚式の日に、教会に乗り込んで花嫁強奪するヤツ」
「アホか。なんでそんなことしなきゃなんねーんだよ、俺が」
「だって、付き合ってたんだろう、お前ら」
「………」
沢木は、俺が、真っ白なドレスを着た花嫁……の、隣に立っている男と、付き合っていた事実を知っている、数少ない人間の一人だ。
だから、それが過去のものであることも、当然知っている。
「……もう、終わったことだから」
そう、俺とアイツは、とっくに終わった仲だ。
そのことに、あそこで可愛い笑顔を見せている今日の主役の一人である女性は、関係がない。
それが、唯一の救いだと思った。
「でも、まだ好きなんじゃねえの?」
ちくしょう。
言いにくいことをズバリと斬りこんできやがって。
これだから、腐れ縁はたちが悪い。
なまじ付き合いが長くて、色んな事を知られているから、しらばっくれることも出来ない。
「好きじゃないよ」
それは、多分に強がりを含んだ言葉だったが、まるっきりの嘘と言うわけでもなかった。
一年間という、長いような短いような交際期間を経て、俺はアイツと別れた。
お前の事は好きだけど、先の保証が見えない関係を、これからも続けていく自信がない、と言われた時、返す言葉が見つからなかった。
保証、ってなんだ?
結婚して、籍を入れて、法的に認められる関係になること?
そんなの、日本の法律が変わりでもしない限り、不可能だ。
それとも、周囲の誰にでも、自分たちの関係を隠さずオープンに出来ること?
友人はわかってくれるかもしれないが、親兄弟親戚、会社の連中まで認めてくれるかと言うと、それは微妙だろう。
即、クビになることはさすがにないだろうと思いたいが、会社にいづらくはなるかもしれない……。
お互いを好きだ、という気持ちだけで、俺はこれからも付き合っていけると思っていたけど、それは俺だけだったらしい。
はっきりとした、目に見える保証を求められたら、どうしようもできない。
俺は、アイツを引きとめることは、できなかった……。
そうだ、アイツとは嫌いになって別れたわけじゃない。
だが、今でもあの頃と同じ気持ちかと言えば、それも違った。
繰り返される日常の中で、気持ちも少しずつ、変化していったのだろう。
「ほんとに?」
なおも、疑わしそうに沢木が問うのに、俺は苦笑して答えた。
「本当だよ。アイツが幸せそうで……ほっとした」
正直、ここにくるまで、自分がどういう気持ちになるのか、わからなかった。
悔しくなるのか、悲しくなるのか、辛くなるのか。
実際は、そのどれでもなかった。
不思議なくらい、穏やかな気持ちで、アイツの門出を見送っていた。
「アイツは、こんな風に、たくさんの人から祝福されるのが、似合ってるんだよ」
照れくさそうに、でも隠しきれない喜びが、アイツの顔にはあらわれていた。
アイツの言ってた、保証、っていうのは、きっとこういうことなんだろう。
それは確かに、俺がアイツに与えられないものだった……。
「無理して、ない?」
「……してないよ」
心配そうに聞かれて、俺は笑って否定した。
昔、一時でも付き合っていた人が、幸せになるのを、素直に祝福することができて、良かったと思ってる。
それは嘘じゃない。
ほんの少し、胸がツキンと痛んだが、それも今だけだ……。
「雨だ……」
雨のように降っていたライスシャワーが止んだと思ったら、本当の雨が降って来た。
空は明るく晴れているのに、小雨がぱらついている。
「知ってるか、高見?こういう天気雨を、狐の嫁入り、って言うんだ」
「へえ……」
見えないどこかで、狐の花嫁行列が進んでいる、と想像したらちょっと楽しくなった。
お天気雨は、さしずめライスシャワーの代わりだろうか?
「俺は、涙雨にも思えるけどね。高見、お前の」
「俺は泣いてなんかないよ」
「泣けばいいのに」
「いやだね」
「可愛くねえの」
「沢木に可愛いなんて思ってもらわなくて結構だ」
「ますます、可愛くない」
そんな他愛もないことを言い合ってるうちに、雨は止んだ。
狐の花嫁行列は、もう通り過ぎてしまったのだろう。
「さて。近くに行って、幸せな新郎をからかってくるかな」
「……高見」
「なんだよ?」
「次は、俺が立候補してもいい?」
「は……?」
「今、フリーなんだろ。俺もたまたまフリーなんだよ。どう?」
「……ばーか」
素っ気なく言って、参列者の方へ歩き出した。
俺、結構本気だよ、と背中から声が追いかけてくる。
見上げた青い空に、白い小さな雲がふたつ、仲良く並んで浮かんでいる。
気ままな風に、少しずつ流されながらも、寄り添うようにつかず離れず、漂っている。
明日の保証なんて、どこにもなくても、きっと幸せになる、上手くゆく、と何の根拠もなく思った。
「沢木も、早く来い。新郎新婦が旅立つぞ」
立ち止り、振り返って、沢木を手招く。
沢木がのんびりと近づいてきて、俺の隣に並ぶ。
今日は、まことにめでたい、はれの日だ。
Fin.
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