「俺の、どこが好きなの?」
「顔」
三木本のガムシロップまで投入したアイスコーヒーを飲みながら、佐竹は隣のクラスの上村と付き合うに至った経緯を語った。
一番安いハンバーガーを咀嚼しつつ、三木本はとりあえず突っ込んだ。
「どうしてそれで、付き合うことになったんだ」
来るもの拒まず去る者追わず。
顔だけは抜群にいい佐竹には、付き合いたいと思う者が後を絶たず、フリーだったためしはない。
少なくとも、小中学校を通して友人である三木本の知る限りでは。
ただし、長続きしたことは一度もない。
そしてその相手は、女だった―――今までは。
「や、だってさあ、たかみっちゃん!」
聞いてよ! とばかりに、佐竹はテーブルに手をついて身を乗り出した。
テーブルがぐらりと揺れて、食べかけのハンバーガーとポテトとアイスコーヒー(それぞれ2人分)が載ったトレイが落ちそうになる。
2人して、慌ててトレイを押さえる。
「あ、ごめん」
「いいから、落ちつけよ、ひろ」
呆れたように三木本が言うと、佐竹は整った顔を照れくさそうに崩して、もう一度ごめん、と言った。
こう言うところが女に受けるのだろう、と改めて三木本はしみじみと思った。
「俺が顔イイってのはさ、割とよく言われっから知ってたけど。告られる時に言われたのって初めてでさあ。ホラ、ふつー、そういうのってはっきり言わなくて、ナントカに包むもんじゃない?」
「オブラート?」
「そうそう、それ。オブラートって何のか知らないけど」
「粉薬を飲む時に使う薄い膜みたいなヤツだよ。俺も使ったことはないけどな」
「ふーん、そうなんだ。さすがたかみっちゃんは物知りだな! でさ、はっきり『顔』って言われたのが、何か新鮮って言うか、ガツンと来たって言うか!」
「お前のツボはよくわかんねえな……って、ひろが告られる時に、理由を尋ねるのもめずらしいな」
「告られるのは慣れてるけど、男に告られたのは上村が初めてだよ。それにほら、俺って男には嫌われる方じゃん……」
そこで佐竹は、悲しそうにため息をついた。
ほとんど悩みがないと言っていい佐竹の、唯一の悩みが同性の友達が少ないことなのだ。
三木本以外にも気心の知れた友人はいるが、それも中学時代の友人に限られている。
「だから、俺のどこがいいのかなーって思って」
「ああ……」
佐竹はよく言えば素直……天然である。
『お前イケメンだからモテてさぞかし大変だろうな』などとあからさまな嫌みを言われても、『うん、こないだ2人いっぺんに告られて、どっちが好き? って迫られて、すごい困った』とかへらへら笑いながら言ってしまうタイプだ。
当然、周囲の男子からの評価は『ちょっと顔がいいからってそれを鼻にかけてるイヤなヤツ』になってしまう。
だが佐竹は鼻にかけてるわけでも、自慢しているわけでもない。
聞かれたから事実を答えた、それだけなのである。
おそらくここまで佐竹の顔がよくなかったら、周囲の評価も全然違ったものになっていただろう。
付き合いが長くなってくると、ああこれは素なんだな、というのがわかってくるのだが、いかんせん、佐竹の通っている高校に進学している地元の人間はほとんどいない。
同じ中学出身なのは、男子では三木本しかいなかった。
佐竹はモテテモテテモテまくっているため、男子にはやや遠巻きにされていて、高校一年が終わろうと言う今も、親しい同性の友人は幼なじみの三木本だけだった。
「俺もっとたかみっちゃん以外の男子とも仲良くなりたいんだけどなあ……。河内とか、体育の時にバスケ上手いね〜、って言ったら嫌味か、って言われちゃって……」
「ああ、それは、まあ、なあ……」
「何が、それはまあ、何だよう〜っ」
佐竹は、特に努力せずとも大概の事をこなしてしまえるタイプでもある。
バスケもそこそこ上手い。
バスケ部の河内から言わせれば、上から目線で何言ってやがる、であろう。
神に二物も三物も与えられた佐竹の業は、深い。
「うん。俺はひろがいいヤツだってことは知ってるからな」
「何か今、あからさまに誤魔化した!?」
「いやいや。そんなことないぞ。それで、顔が気に入られて上村と付き合うことになった、と」
「うん、そう。断る理由もないしね」
男って言うのは断る理由にはならなかったのか、とちらりと思ったが、三木本は口にはしなかった。
第一、今まで佐竹に『断る理由』があったためしはない。
おかげで、佐竹の付き合ってきた女は結構な美人から可愛い子、それほどでもない子、性格もキツイのから大人しいのから明るいのから暗いのまで、とにかく統一性、というものがなかった。
お前にはタイプとか趣味とかそういうのはないのか、と突っ込むのも馬鹿らしくなるくらいだ。
それも本人に言わせれば、『だって、俺と付き合いたいって言うからさ。断る理由もないし』と言う事なのだそうだ。
そのくせ、付き合ってる女に、『佐竹君って、私の事別に好きじゃないよね』と聞かれるとこれまた馬鹿正直に『うん』と答えてしまう。
それも後で本人に聞くと、『だってまだ、付き合って1週間とかだよ? それで好きかそうじゃないかなんてわかんないよ。あ、女の子と遊ぶのは好きだけど』などと答える。
おそらくこれも、彼女に聞かれればそのまま答えているのだろう……。
これで、付き合いが長続きするはずもない。
悪いヤツではない……悪いヤツではないのだ。
ただ素直……馬鹿正直すぎるだけで。
きっと神様は、佐竹に整い過ぎている顔と、勉強もスポーツもある程度は難なくこなしてしまう器用さを与える代わりに、他人と円滑にコミュニケーションを取るスキルを与えてくれなかったのだろう……。
「で? どうなんだ、上村との付き合いは。上手く行ってるのか?」
幼なじみがついに男と付き合いだしたと聞けば、好奇心も手伝って、知りたくないわけがない。
三木本は自分が男と付き合おう、とはついぞ思ったことはないが、友人が同性と付き合う分には特にこだわりはない。
佐竹と長年友達をやってるだけあって、三木本はあまり細かいことは気にならない方だ。
たとえ佐竹が1週間に3人彼女が代わっても、またか、と思うだけだ。
それが今回は男だった、というわけで。
「うん! この後も、上村と待ち合わせてるんだ。今日は上村、生徒会で遅くなるって言うから」
「ああ、上村、書記だっけ」
「そう。字ぃキレイなんだよー、上村」
ポテトをつまんだ指についた塩を舐めながら、佐竹はニコニコと嬉しそうに言う。
上手く行っているようなら何よりだ、と三木本は心から思った。
何せ、佐竹が付き合ってる子とこじれると、たまに三木本の方にとばっちりが来ることがあるからだ。
三木本は何度、佐竹の彼女に、『佐竹君って、ホントは私以外に好きな子がいるんでしょ!? 教えてよ!』と詰め寄られたことだろう……。
「それに上村は、急に怒ったり、不機嫌になったりしないし!」
それはお前が、通りすがりの女の子を指して『あの子の髪型、すごい凝ってて可愛いね〜、どうやってるんだろう』とか言いだすからだ。
三木本は思ったが、残念ながら指摘しても『え、だってホントに凝った髪型だったんだよ?』と返ってくるだけなのはわかっている。
「無理してしゃべんなくていいのも楽だし。佐竹君って思ってたよりツマンナイとか言われないしさあ」
佐竹の趣味はメジャーに映画鑑賞だが、そのジャンルはB級ホラーだ。
女の子と盛り上がるような話題ではないのだろう。
「上村がさ、俺の事じーっと見てるから、『そんなに俺の顔好きなの?』って聞いたら『うん』って言って、またじーっと俺の顔見るんだよ」
「へ、へえ………」
「でね、『俺の顔見るの、楽しい?』って聞いたら『うん』って言うんだ」
「それで……、お前は楽しいのか?」
「うん。結構」
佐竹の『結構』は、とっても、と言う事だ。
三木本には何が楽しいのかさっぱりわからないが、本人たちがそれでいいと思っているのなら、あえて口を出すような事ではないだろう……。
確かに、三木本の顔は鑑賞の価値があるものであることは、認める。
「俺、今度は上手く行きそうだって思うんだ! だから応援しててね、たかみっちゃん!」
テーブルのわきを通りかかった知らない女の子が、思わず見とれて顔を赤くしてしまうくらいには、爽やかな笑顔で佐竹は言った。
佐竹の顔を十分見慣れている三木本でも、思わず写真に撮って売り出したいくらいの笑顔だった。
全学年に女子のファンを抱えている佐竹なら、相当額になるだろう……。
「今度こそ、上手く行くといいな、ひろ」
だがそんな邪な思いは微塵もうかがわせずに、三木本はうなずいてみせた。
実際、上手く行けばいいなとは思っているのだ。
幼なじみとして、いつか佐竹が乞われるままうっかり複数の女と同時に付き合い挙句の果てに刺される、というような未来が回避されるのであれば喜ばしい。
故意に二股をかけるようなタイプではないが、女に関しては流されやすいを通り越して無自覚に流れに身を任せているような状態の佐竹を、ずっと心配していた。
言わなくてもいい事をぺろっと言ってしまう、天然で残念な美形の幼なじみを、三木本は気に入っている―――もちろん、友人として。
ただひとりとの付き合いが続いて、佐竹が落ち付くのならいいことだ。
友達が欲しい、中学が恋しい……と呟く佐竹は、実は寂しがり屋なのだ。
女子からはすぐ恋愛感情を持たれてしまい、友達にはなれない。
おまけにそうやって女子と付き合ってみても、結局は長続きしたためしがない。
そして男子にはやっかまれて、中々友達になってもらえない。
部活だ塾だとそこそこ忙しい三木本は、クラスは同じとは言えそう佐竹にばかり付き合ってもいられない。
一応、これでもクラスの他の男子連中と佐竹を橋渡ししたことは何度かあるのだが……好きな女子を佐竹に取られたとか、好きな女子が佐竹に気があるとか、どうにもままならない。
他人の彼女を自ら進んで奪った事は一度もないのだが、女の方の浮気は佐竹に関知しようがないので、そこを責められるのは理不尽と言おうものだ……なんせ男子の友達が少ない佐竹は誰だ誰と付き合っているのかもよく知らないのだから。
しかも佐竹は、人見知りな一面もあって、自分から誰かと親しくなるのが得意ではないのだ。
体育の時にバスケ部の河内に話しかけただけでも、佐竹には精一杯の行動だったりする。
(それなのに、向こうから告られればあっさりと付き合いだしたりするのが、佐竹の不思議なところなのだが)
「うん! ありがとう、たかみっちゃん! あ……、上村だ! おーい、こっちこっちー!!」
上村の姿を見つけて、佐竹は伸びあがって大きく手を振った。
満面の笑みを浮かべて。
分かりやすく、浮かれている。言葉通り、上手く行っているのだろう。
上村は佐竹に気付くと小さく手を振り返してから、こちらに足早にやってきた。
「ごめん。待たせたかな」
「ううん! たかみっちゃんとオヤツ食べてたから」
「そう? ならよかった。ええと……三木本、君?」
「ああ」
隣のクラスの上村は、佐竹より少し背が低く、縁なしの眼鏡をかけている。
顔は佐竹よりは劣るが――そもそも佐竹より顔のいいヤツはめったにいない――切れ長の目が知的で女子の評判は悪くない。
誰に対しても温和で、いかにも生徒会所属、といった雰囲気で、生徒だけではなく教師からの受けもよかった。
ただクラスも部活も違うので、今までで話したことはなかった。
「悪かったね、佐竹に付き合わせちゃって。佐竹も、あんまり三木本君に迷惑かけちゃだめだよ?」
上村は三木本に頭を下げ、後半は佐竹に向かって、穏やかに諭した。
「え、迷惑だった? たかみっちゃん」
「や、俺は別に……」
気にしてないけど、と答えようとした時。
三木本は近くから殺気を感じた。
(え、何コレ……!?)
思わずゾクっと身を震わせ、恐る恐る横を向く。
そこには、さっきと変らぬ穏やかな笑みを浮かべる上村が立っていた。
でも気のせいか、眼鏡の奥の瞳が笑っていない。
「そ、そうだぞ! 俺も色々……忙しいから、そう都合よくお前の暇つぶしに付き合えないからな」
「そっかあ。そうだよね、ごめんね、たかみっちゃん」
しゅんとする幼なじみに、三木本は心の中で、許せ、と呟いた。
我が身かわいさで、思わず日和ってしまった三木本だった。
「じゃあ、俺行くね! 今日はありがと、話聞いてくれて。あ、俺のポテト、全部食べちゃっていいから!」
気を取り直したのかそう言うと、佐竹は自分の分のトレイを持って立ちあがった。
「わかった。じゃあな、ひろ。……えっと、上村君も」
「うん、さよなら」
そして幼なじみとそのカレシは、ハンバーガーショップの出口に向かって、仲睦まじく歩いて行った。途中で、ゴミを捨てて、トレイを戻している。
そこまで見届けてから、三木本は知らず詰めていた息を吐いた。すっかりぬるくなったアイスコーヒーをすする。
ざわめきの向こうから、『話って?』と上村が佐竹に尋ねているのが、不意に耳に届いた。
その返事までは聞こえなかったが、佐竹が乙女のように頬を染めているところからして、彼らの付き合いを三木本にも話した事を言っているのだろう。
上村が、こちらを振り返ってちらりと見たのがわかった。
「…………俺、ただの幼なじみですから!」
ここからでは聞こえないのがわかっていても、つい言わずにはいられないくらいには、それは鋭い一瞥だった。
Fin.
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