078: 何もない道



「道なき道を突き進む、これぞ冒険の醍醐味だよな!」

 大ぶりの剣を勢いよくなぎ払って刃についた魔物の青い血しぶきを飛ばしてから、若い戦士は後ろを振り返った。
 倒された魔物が落とした宝石の欠片を拾っている、戦士と同じ年くらいの美しい魔導師は終始無言だ。
 沈黙が、重い。

「なあ……いい加減、機嫌直せよ、ティンクル」

 戦士は困ったように、赤毛をかいた。
 ティンクルと呼ばれた青年は拾い終えた宝石の欠片を全部しまい終えると、無表情で答えた。

「僕は別に、怒ってなんかないよ、カイル。ただ、呆れているだけだ」
「………怒ってるじゃん」


 事の発端は、2時間前にさかのぼる。
 ダンジョンでの依頼を終えた2人は、次の町へ向かって歩きながらとりとめもなく話していた。
 戦士のカイルと魔導師のティンクルは同じ村出身の幼なじみで、2人だけでパーティーを組んでいる。
 ギルドに冒険者登録し、世界中の、まだ見ぬ色んな場所を冒険するのはカイルの子どもの頃からの夢だった。
 念願かなって、つい先ごろようやく、戦士として冒険者デビューできた。
 まずは1人で冒険して肩慣らしをして、それからレベルの近い仲間を探してパーティーを組んで……と考えていた時に、幼なじみのティンクルに声をかけられた。

『カイル、冒険者デビューおめでとう。僕とパーティー登録しよう』

 久しぶりに会った幼なじみに、そう言われた時は驚いた。
 ティンクルとは、カイルの父親がやっている村の学校で共に学んだ仲だった。
 彼は早くに優れた魔導の力を見出され、推薦されて王都の学校に進んだ。
 だから、てっきり、そのまま王都の恵まれた環境で魔道の道を究めるのだと思っていたのだ。
 それとも机では学べない、実戦を経験したい……そう言う事なのだろうか。
 それで、幼なじみの自分に声をかけてくれたのだろうか?

『ああ。よろしく頼む。他の仲間は……』

 何せ自分は、ギルドに登録したばかり。
 当然、他にも何人かに声をかけるものだと思っていた。
 しかし、返ってきた言葉は違った。

『どうして? 必要ないだろう、他のヤツなんか』

 きっぱり言い切られてしまった。
 通常、新米がパーティーを組む時は、2人だけではなく複数で組むことが多いのだが……。
 ティンクルはそうではないらしい。
 カイルも、最初はひとりでやってみるかと思っていたのでティンクルが2人だけでいいと思っているのなら、それは構わない。
 だけど何故、ティンクルはまだ実績も何もないカイルとパーティーを組もうと思ったのだろうか。
 もしかしたら、どこかでカイルが冒険者デビューしたと聞いて、昔のよしみで声をかけてくれた、とか?
 彼は優しい幼なじみだったから、きっと、カイルのことを心配して。
 だとしたら、しばらくしたら自分とのパーティーを解消して、魔道に強化されたパーティーを組み直すのかもしれない。
 そう思っていたものだから、ダンジョン戦が終わった後、何気なく、こう聞いたのだ。

「ティンクル、お前、いつ、新しいパーティーメンバーを探すんだ?」

 それが、約2時間前。
 ギルドからの依頼をこなすのにも、だいぶ慣れてきた頃だったので、カイルはティンクルに尋ねた。
 いつかは、聞かなければならない。それなら、少しでも早い方がいいと思って。
 それまで機嫌よくカイルの隣を歩いていたティンクルは、その問いを耳にして顔色を変えた。

「それ……どういう意味?」

 低くなった声に気付かないまま、カイルは続けた。

「や、だってお前、いつまでも俺とパーティー組んでるわけにはいかないだろ? そもそもレベルが段違いなんだし」

 パーティーを組んでから知ったのだが、カイルとティンクルのレベルの差はとんでもなく大きい。
 2人組のパーティーなら、大体同じくらいのレベルの者同士が組む事を思うと、ありえないレベルだ。
 だから当然、ギルドの依頼を選ぶ時も、レベルの高いティンクルではなく、レベルの低いカイルに合わせたものになる。
 それがカイルには少々……いや、だいぶ申し訳なく思っていたのだ。
 パーティーを組もうと言ってきた段階で、ティンクルはこの事を知らなかったのだろう。
 でも優しい幼なじみは、それを知ったからと言って、やっぱりパーティーを組むのを止める、とは言えなかったに違いない。
 本当はもっと早く、カイルの方から言い出すべきだった。
 だが、久しぶりに会った幼なじみと、もう少し一緒にいたいと思って今まで言えずにいた。

(だって、ティンクルと一緒に冒険するの、小さい時からの夢だったし……)

 夢、と言うか、約束だった。
 ティンクルの方は、もうとっくに忘れていると思うけど……。

「そんなの、最初から、カイルにパーティー組もうって言った時から、わかってた。約束、しただろう」


 大きくなったら、ふたりで、いっしょのパーティーになろうね。
 いっしょに、ぼうけんしよう。
 ずっと、いっしょに、ぼうけんしよう。
 おれとティンクルの、ふたりで。
 やくそく。
 やくそくだよ。


「覚えてたのか……」
「当たり前だろ。って言うか、カイルだってちゃんと覚えてたくせに、どうしてそんな事、言うんだよ!?」

 いつもは穏やかな彼らしくなく、声を荒げる様子に、カイルは驚いた。
 何故、ティンクルはこんなに怒っているのだろう?
 カイルは、焦って、言葉を探した。

「いや……チビの頃の約束だし……。それにやっぱ、お前みたいにレベルの高いヤツが俺なんかと組んでるのはいくらなんでも、もったいなさすぎって言うか……」

 まっとうな事実を口にしているだけのはずなのに、それを聞いたティンクルの顔色はますます悪くなっていった。
 元々あまり表情豊かではない、だが整った顔からは、表情と言うものが一切消えている。
 壮絶に綺麗で、ゆえに壮絶に恐ろしい。

「……ったクセに」
「え?」

 うつむいて押し殺した低い声は、小さすぎてカイルの耳には届かなかった。
 聞きかえすと、ティンクルは顔をあげてカイルを睨みつけると、立て板に水を流すように一気に叫んだ。

「レベルが違いすぎるのなんか、今さらだろ! 子供の頃からそうなんだから、開く一方なのは当たり前だ! それでも一緒にいたいって、だから約束したんじゃないのか!? いつ新しいパーティーメンバーを探すのかなんて……、指輪まで受け取ったクセに、最初から僕を捨てる気だったのか!!」

 こんなに激昂する幼なじみを見たのは初めてで、カイルは口を挟む事も出来なかった。
 話し終わったティンクルは、今までの道をそれてすごい勢いで歩き去って行く。
 それを制止するのも忘れるくらい、あっけにとられた。
 思わず黙ってその背中を見送ってしまってから、カイルはハッとして慌てて口を開いた。

「ちょ……っ! ま、待てよ、ティンクル……!」

 何もない道……と言うより、怒りにまかせて藪をかきわけるように突き進む幼なじみを追いかけて、走った。
 そしてようやく追いついたと思った時、草原に棲む魔物が目の前に現れ、戦闘に突入したのだった。


「……ごめん。俺が、悪かったよ」
「口先だけで謝ってもらっても、ね」

 戦闘は一緒にこなしてくれたが、それで幼なじみの機嫌が直ったわけではない、らしい。
 向けられる視線は、氷のように冷たい。
 なまじ顔の作りがいい分、迫力が違う。

(怖ッ……)

 心の中だけで呟いて、カイルは視線を反らした。
 自身の左手が目に映った。  
 左手の薬指にはめられた、赤い石のついた指輪。

(そうか、これ………)

 2時間前、カイルが言った言葉を思い出した。

 ――――指輪まで受け取ったクセに、最初から僕を捨てる気だったのか!!
 
 後半はともかく、前半の意味にカイルはようやく思い当った。
 この指輪は、ティンクルとパーティーを組んだ最初の夜にもらった。
 赤い石は、魔よけの力がある。
 だから魔力を持たないカイルに、装備品のひとつとしてくれたのだろうと思っていたのだけど。

(相手の髪や目の色と、同じ石のついた装飾品を贈るのって……)

 恋人や配偶者へのプレゼントの常道ではないか。
 カイルと同じ赤毛の母親も、カイルの父親からもらった赤い石のついた指輪を持っている。
 装飾品のプレゼントの中でも、指輪を贈る意味と言ったら――――。

(プロポーズ、だよな………?)

 指輪の赤い石に右手で触れながら、カイルは、うわあああ! と、心の中で叫んだ。
 気付いてしまったら、今度は顔があげられない。
 だってまさか、そういうものだとは思わなくって、だからあっさり受け取ってしまって。

(ああ! だから、『指輪を受け取ったクセに、捨てるつもりだったのか』になったのか……!)

 2時間経って――途中で魔物との戦闘も挟んで――ようやく、幼なじみの怒りのワケが伝わった。
 伝わったのだが……。
 カイルは所在なく、指輪を手でいじっていた。
 気付いたのはいいが、なんと言えばいいのだろうか。
 間抜けなことに今まで全くわかっていなかった事だけに、どう対処するのが正しい道なのか、カイルにはわからなかった。
 気まずい沈黙が、2人の間に横たわる。
 先にそれを破ったのは、ティンクルだった。

「……それ。僕に返すつもり?」

 その声に、指輪を触っていたカイルは反射的に顔をあげた。
 髪や目の色と同じ色の石のついた指輪をもらって、それを贈り主に返すこと。
 その意味するところは、たったひとつだ。
 カイルは、指輪のはまった指を、右手でぎゅっと握った。

「返さない」
「念のため聞くけど、意味、わかってるんだよね? カイル」

 青い目に怖いくらいまっすぐに見つめられて、カイルはたじろぎながらも、しっかりとうなずいた。

「わかってるよ」

 カイルの答えを聞いて、ティンクルは視線をやわらげた。
 ふわりと優しく笑って、カイルの左手に指を伸ばす。
 そっとカイルの手を包みこむと、呆れたようにため息をつき、ティンクルはぼやいた。

「ほんと、カイルって鈍すぎ」
「だ……! だって、わかんないって! これがそういう意味だって!」
 
 冒険者ギルドで久しぶりに会った、男の幼なじみが、まさかそう言う意味で指輪を渡すなんて。
 すぐに思いつく方がどうかしてる。
 と、カイルは思った。
 なのに。

「なに言ってんの。そもそも、最初にプロポーズしたのは、カイルの方だよ?」
「お、俺が、いつ……!」

 覚えてない! とカイルが続ける前にティンクルは答えた。

「ずっと一緒に、2人で、冒険しようって」

 それは、幼いころに2人で交わした約束。
 カイルが、ティンクルに持ちかけた―――。

「いや、だから、それはそういう意味じゃ……!」
「そういう、意味だよ」

 月の光を紡いだような銀色の長い髪をさらりと揺らして、幼なじみは断言すると、鮮やかに笑った。
 まるでそれ自身に魔力でもあるかのような、美しい微笑だった。
 何も言えずに呆けたように見惚れていると、吸い込まれるように青い目が近づいてくる。
 カイルは目を閉じながら、次の町についたら空色の石がついた指輪を買わなくちゃな……と、思った。
 

Fin.


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