長きに渡る戦乱も、ついに終焉を迎えた。
街のいたるところには、まだ痛々しい傷跡が残っているが、日、一日と復興を遂げている。
人々の顔はつかれきっていたが、その顔は、明日への希望に輝いている。
そう、もう、戦争は終わったのだから―――。
「王、こちらにいらっしゃいましたか」
宰相が、ほっとした顔で、一人たたずむ王に声を掛けた。
戦地から戦地へと、一時の休む猶予もなく渡り歩いていた王が、城内にいる。
当たり前の事が、当たり前でなかっただけに、それだけで、宰相は得がたい幸福を感じていた。
「そろそろ、次の会議が始まります。会議の間へお戻りを……、王?」
城の塔のバルコニーで、王は手すりに軽く身をもたせかけて、ぼんやりと街を見渡していた。
まだ若く、精悍な横顔の、表情はここからはよく窺えなかった。
「なあ、宰相よ」
「はい、何でしょう」
「平和、が訪れたのだな……」
どこか、実感の薄い声で。
王が呟くのに、王と同じくらいにまだ若い宰相は、力強く頷いた。
「ええ。すべては、あなたのおかげです、アレク様」
「そうか。じゃあ、そうなのだろうな。お前が言うのなら」
だが、王の声は、どこか虚ろだった。
視線を街から、頭上、どこまでも高く広がる青空に向けて、微かに、聞き取れるくらいの声で、呟く。
「俺はまだ、戦場にいるのではないかと思う時がある。目覚めた時、そこがどこなのか、よくわからなくなるのだ。はっとして辺りを見回しても、フレックがいない。どこにも、いないんだ……」
「アレク様……」
王と、宰相と、将軍は、幼馴染だった。
同じ机を並べて、同じ師から学び、剣術の鍛錬を行った。
争いの絶えない祖国を、悲しみの涙に暮れる民人を、いつか、必ず変えてゆこうと、誓い合った。
そして、それは果たされた。
多くの、犠牲と引き換えにして。
「なあ、宰相……ミルト。俺は、本当にここにいるのか?いてもいいのか?だって、あいつは、どこにもいないのに?」
手すりをぎゅっと握り締め、空の高みを、睨みつけるように強く、吐き出された言葉は、囁くように抑えられたものだったが、叫びそのものだった。
その悲痛な想いは、宰相の胸にも、深く突き刺さった。
(俺と、フレックと、ミルトで、平和な国をつくろう。誰もが幸せに笑っていられる、そんな国を)
その時が訪れたら、三人で、共に酒を酌み交わそう、と。
必ず来ると、信じて疑わなかった。
これですべて終わらせると、笑顔で戦地へ赴いた王立軍を、王と将軍を、祈るような思いで見送ったあの日。
そして戦いが終わり、念願の和平を取り結び、戻ってきた王立軍は、行きよりも少なくなっていた。
………そこに、将軍の姿は、なかった。
王を庇って亡くなった、立派な最期だったと、誰もが口をそろえて語った。
「アレク様、将軍は、フレックは………」
戦地へ共に赴いていない自分に、一体何が言えるのだろう。
でも、言わないわけには行かなかった。
時は、動いている。
例え、王の半分が、将軍と共に、なくなってしまったのだとしても。
「誰よりも、喜んでいるはずです。この国の、街の、今の姿を。そこに、王、あなたがいることを」
胸の上で、両手を握り締めて、それ以外の真実はないのだと、そんな風に。
「そうか。じゃあ、そうなのだろうな。お前が言うのなら」
王は、振り返って宰相を見た。
忘れえぬ痛みを、じっと堪えている様な、笑顔で。
「はい……、王」
宰相は、静かに頷いた。
王は、次の会議へと向かうべく、宰相と共にバルコニーを後にした。
風が、平和な街を、歌う様に吹き抜けていった。
Fin.
Copyright(c) 2007 all rights reserved.