083: 君は誰?



「誰、お前?」

 熱を出して寝込んで、3日ぶりに学校に来たら、隣の席の知らないヤツが、やけに親しげに挨拶してきた。
 俺の隣って、1学期の終わりに山本が転校して行ってから、ずっと空いてたはずなんだけど……。
 休んでる間に、転入してきたヤツだろうか?

「やだ! 何言ってんの、高峰ってば。月島とケンカでもしたの?」

 前の席の新塚が、振り返って言うのに、俺は素で、『はあ?』という、顔をしてしまった。
 わけがわからない。
 ケンカも何も、コイツは、初めて見る顔なんだが……。
 なのに新塚は、『ケンカしたんなら、早く仲直りしなよ!』と言って、席を立って行ってしまった。
 その後ろ姿と、隣の『月島』とやらを、俺は交互に見比べて、首をかしげた。

「えっと……。初対面だよな? 俺ら」

 戸惑って尋ねる俺を、月島は、さっきから黙って、じっと見ていたが……。

「暗示が……解けたのか?」

 と、更に不可解な事を、小声でつぶやく。
 そして。

「ねえ、高峰。今日の昼、一緒に食べない? 確か、弁当だよね」
「ああ、うん、構わないけど……」

 だから、お前は誰なのだ、という。
 そんな俺の、うろん気な眼差しに気付いたのか、高峰はほとんど口を動かさずに、昼に説明する、とだけ言った。
 それはささやくような声だったのに、ダイレクトに頭の中に響いてきて、俺は月島の綺麗な笑顔に魅入られたように、頷いた……。


 そして、何事もなく午前中の授業を受け、昼休みになった。
 俺にとっては謎の人物である月島は、他のクラスメートにとってはそうでもなく、その存在を疑問に感じているのは、俺だけのようだった。
 月島は転入生でも何でもなく、山本が転校していなくなる前から、つまり4月から、クラスの一員……なのだそうだ。
 新塚に、『月島って、いつ転入してきたっけ?』と聞いてみたら、『何言ってんの? 最初から、4月からずっと一緒でしょ。まだケンカ中?』と言われ、仲直りをせっつかれただけだった。
 キツネにつままれたような気分、と言うのは、まさに今の俺の現状を言うのだと思う。

「行こうか、高峰」
「うん……」

 昼飯に誘われ、俺は弁当を持って、ヤツの後に続いた。
 っていうか、ついて行っていいのか?
 実はこの状況って、ものすごーく、ヤバかったり……する?

「飲み物、買って行くよね」
「ああ、うん」
「じゃ、学食で買ってから、適当に空いてる教室に行こう」

 振り返って、俺がついてきていることを確認した月島は、そう言うとすたすたと歩いて行った。
 慌てて、後をついていく。
 連れて行かれた場所は、宣言通りに、学食だった。
 自販機は、ここにしかないからな。
 それを知ってるってことは、一応、この学校の生徒であることは、間違いなさそうだ。
 俺はアップルジュース、月島はウーロン茶を買った。
 それからしばらく歩いて、空いている視聴覚室に入った。
 空き教室って、鍵がかかってなかったっけ……? と思ったんだけど、月島はあっさりとドアを開けて、入って行く。
 ここって、いつも施錠してないのか……?

「どうしたの? 高峰」

 おいでよ、と言われて、俺は視聴覚室に入った。
 暗幕がかかっていて、昼なのに暗い。
 月島が、パチンと電気をつけると、ぱっと辺りが明るくなった。
 適当に前の方に月島が座ったので、俺もその隣に座る。

「先に、食べてから話そうか」
「うん」

 月島がそう言ったので、俺は弁当を広げた。
 月島は、あらかじめパンを買ってきていた。
 あ、これ、駅前のベーカリーのだ。
 ちょっと高いんだけど、美味いんだよな……。
 じっと見ていたら、月島が、食べる? と言って、中にクリームの入ったクロワッサンを、器用に半分に割ってくれた。
 俺は、ありがたく頂いた。
 謎の人物だが、月島ってイイヤツだな。
 俺は、お礼に、って言って、タコさんウィンナーをあげた。
 そうやって、しばらく食べることに集中して、学食の自販機で買ったジュースを飲み終わった頃。

「高峰は、ボクのこと、知らないんだよね」

 本題に入った。
 月島は、俺が、というか、俺だけが、高峰のことを知らない、という事態がわかっているようだ。
 それを聞いただけでも、なんだかほっとした。
 自分がいきなり、おかしくなったんじゃないっていう、証明のように思えて。
 だから俺は、安心して答えた。

「うん。知らない。今日、初めて会った……ハズ、だと思う」

 語尾が曖昧になったのは、クラスメイトはみんな、月島のことをクラスメイトだと認識しているから。
 でも、絶対、コイツは知らないヤツなんだよ。
 こんな……、男としては、綺麗な顔立ちをしているヤツが、隣の席に居て、知らないなんて、ありえないし。
 パンを半分こしてくれるような、いいヤツを、もしも熱のせいですっぱり忘れてるのだとしたら、申し訳ない限りだ。
 月島は、小さくため息をつくと、まいったな……と呟いた。

「暗示が、完璧に解けているようだね、これは」
「それ、朝も聞いたけど、何? 暗示って。なんか催眠術でも使ったのか?」
「う〜ん、厳密には、催眠術とは違うけど……まあ、似たようなもの」

 驚くことに、俺の荒唐無稽な問いに、月島は、あっさりと頷いた。
 暗示? 嘘だろ!?
 俺が呆然と月島を見ていると、月島はくすりと笑って、続けた。

「ボクは、4月からあのクラスに居るんじゃない。2週間前からだよ」
「じゃあなんだ、やっぱり転入生なのか。なんでまた、そんな大がかりな暗示をみんなに、かけたんだ?」

 意図が、さっぱりわからない。
 元々のクラスメイトのようにふるまわなければならない、理由でもあったのか?
 っていうか、俺以外の、いや俺も休む前はそうだったんだろうけど、クラス全員を、暗示にかける、どんな必然があるって言うんだ?

「転入生は、何かと注目されるだろう? できれば、最初からのクラスメイトだった、という方が、自然に溶け込めて、都合がいい」
「なるほど……」

 と、納得しかけて、ちょっと待て! と思った。
 都合がいい、ってなんだよ!?

「月島……。お前、一体、何者?」

 凄腕スパイとか……。
 いやでも、変わり映えのない普通科しかない高校の、いちクラスをスパイする理由がわからない。
 ウチのクラス、実は正体を隠したVIPとかいたりするのか?
 そんなあり得ないことを考えていた俺に、月島が答えた言葉は、それを更に上をいく荒唐無稽っぷりだった。

「そうだね……。君たちの言葉で言うなら、宇宙人、かな? 地球外生命体、ってヤツだ」
「はあああああ!?」

 俺は思いっきり、突っ込んでいた。
 いやいやいや!
 真顔で冗談言わないてください! って感じ?

「やっぱり、信じられない?」
「当たり前だ!」

 俺が即答すると、月島は、それじゃあ、これでどう? と言って、パチンと指を鳴らした。
 すると……。

「えっ! なんで、月島!? 光ってる!!」

 月島の姿が、全体的に、淡く発光していた。
 しかも、緑色っぽく。
 蛍光グリーン?
 髪や目の色も変わってるんだけど……何色、というのはよくわからない。
 何か、ゆらゆらしていて、一定しないんだよ。
 しかも光ってるし……。

「どう? 信じた?」
「信じたっていうか……。何か、特殊なこと、やってるんじゃないよな!?」

 俺は、きょろきょろとあたりを見回した。
 何か人間を光らせるような特殊装置を、どっかに置いて、月島にあててるとか。
 だが、周りを見ても、そんなものはどこにもなかった。
 いつも通りの、視聴覚室だった。

「仕掛けは、何もないよ?」
「そう……みたいだな」

 信じられないが、信じたくないが、月島の、言う通りのようだ。
 仕掛けはどこにも見当たらないし、月島は依然、蛍光グリーンに発光している。

「じゃあ、そういうことで……」

 月島は、再び、ぱちん、と指を鳴らした。
 すると、ゆらめく蛍光グリーンは消え、月島は、元に戻った。
 ……いや、この場合、元、ってどっちなんだ………!?

「ごめんね、驚かせて」
「い、いや……」

 月島は申し訳なさそうに謝ったが、どんな反応を返せばいいのか、さっぱりわからない。
 驚きすぎて、逆に冷静になった、と言うか。

「ええと……。とにかく、月島は宇宙人で。ウチのクラスに暗示を賭けて、クラスメイトとして過ごしている、と、そういうことでいいのか?」
「うん、そうだね」
「何のために……?」
「卒業試験だね」
「……は?」

 宇宙人が地球に密かにもぐりこんでいるんだから、地球侵略、とか言われるんじゃないかと構えていた俺は、その返答に間の抜けた言葉を返してしまった。
 月島は、そんな俺をおかしそうに見て、言った。

「もしかして、地球侵略、とか思った?」
「う、うん………」
「それは、惑星間平和条約で、真っ先に禁じられていることだから。何らかの文明を持つ星を、侵略してはならないという……。もっとも、この条約は、知的レベルが一定に達していない生物、まあ君たちの星で言えば、人間以外の動物かな。そういう生物しかいない星には適用されないから、違う星の住人が勝手に入植したり、とかありえるわけで、そういう意味では問題があるんだけどね」
「はあ……」

 なんかよくわからんが、ハリウッド映画みたく、地球外生命が侵略にやってきたのではないのは確かなようだ。

「ボクは、太陽系第3惑星の地球を卒業試験のテーマに選んだんだ。それでそのまま、上の学校に進みたくて。で、今はその最終試験の最中なんだ」
「ええと……、実地試験、とか、そういうの?」
「うん。内容は、大まかに言うと、地球の日本国の、一般的な高校生の実態、かな」
「だから、俺のクラスに……」
「うん」

 思いっきり、突拍子もない話だが、順を追って説明されると、納得できないこともない……か?
 蛍光グリーンに発光してる姿を見れば、少なくとも、とにかく普通の人間ではない、ってのはわかったし。
 あ、いや待て。
 そこまでは、わかったけど。

「なんで、俺だけ、暗示が解けたんだ?」

 普通の高校生の実態を知るため、クラス全員(もしかしたら、学校全体?)に暗示をかけて、最終試験とやらに挑んでる最中、って言うんなら。
 うっかりその暗示が、俺みたいに、途中で解けちゃったら、かなりめんどうなことになるんじゃないか?
 って、今実際、めんどうなことになってるわけだし。

「それは……。ちょっと、ためしても、いいかな?」
「うん?」

 何を、と聞こうとしたのに、俺のあいづちを、了承の意と受け取ったのか、月島の手が、俺に伸びてきた。
 俺の頬に、月島の手が触れた、と思ったら、次の瞬間……!

「……っ、う、んん〜〜っ!?」

 口を、ふさがれていた。
 え、何これ?
 キス!?
 驚いて、わずかに開いた口から、にゅるりと、月島の舌が侵入してくる。
 ピリッと、痺れるような感覚がして。
 一気に、頭の中に、3日間、学校を休む前までの記憶が、逆流してきた。
 そうだ、俺の隣の席には、月島っていう仲のいい友達がいて……。
 昼は、いつも2人で、中庭で食ってて。
 1週間前にあった、文化祭では一緒に焼きそばの調理担当したんだ。
 つまみぐいして、俺だけ見つかって、怒られて……。
 お前も食ったのに、ズルイぞって言ったら、クレープおごってくれた。
 修学旅行も、一緒の班になろうなって、言ってて……。
 そうだ、なんで、忘れてたんだろう……?

「その顔は、思いだしたみたいだね」

 最後にチュッと、音を立てて下唇を食んでから、月島はキスをやめると、俺の目を覗き込むように見て、言った。

「思い……出した………」

 そうだ、俺は月島と、すごく仲が良くて。
 大抵、いつも一緒で。
 だから、ケンカしたのか、と新塚が言ったんだ。
 俺が月島を、知らない、なんてわけのわからないことを言いだすから。
 え、でも、なんでだ!?
 4月からも、月島と一緒だった記憶があるんだけど。
 いや、違う……。
 そうだ、2週間前だ。
 あの時も一瞬、誰だっけ、コイツ、って思って、すぐに、ああ月島だ、って思ったんだ。
 だって、忘れるわけない。
 こんな、綺麗な顔で、親しげに俺を見るヤツを。
 それに、俺は、月島のことが、ずっと……ずっと?
 違う、そうじゃない。
 2週間前の、あの朝に。
 今朝みたいに、『オハヨウ』って、あったかい声で、優しい笑顔で、俺に、声をかけてくれた、あの、瞬間に―――。

「えっと、俺……」

 俺は、口を押さえて、居たたまれない思いで、うつむいた。
 顔が、赤くなってるのが、自分でもわかった。
 そうだよ。俺、知ってたじゃん。
 視聴覚室の、鍵が壊れてるって。
 今なら、いつでも入れて、授業の時以外は、誰もいなくて。
 だから俺、4日前の、放課後に、ここに、月島を呼びだして……。

「そう。君にここで告白されて、キスしたんだよ、ボクたち。たぶん、それで高峰だけ、暗示が解けたんだと思う」

 あっさりと告げる月島を、俺はうつむいたまま、そうっと見上げた。
 月島は、笑っていた。

「びっくりしたよ。今朝、君に、誰、って聞かれて」
「うう、ごめん……」
「謝らないで。ボクも知らなかったから。キスが、こんな効果をもたらすなんて。唾液の交換……いや、体液を交換すると、暗示が効かなくなるのかな。そしてもう一度、交換すると、暗示が解けたままで、記憶が戻る。興味深いね」

 月島は、あごに手を当てて、しきりと頷いている。
 だけど俺は、一瞬で思い出した記憶に、鼓動がバクバクして、頭がクラクラしていた。
 今朝は知らないヤツだったのに、それが今は、好きなヤツになってるんだから、しょうがないだろ!?
 だが、俺は月島の、次の言葉に、思いっきり顔をあげた。

「これは、一応レポートに入れておいた方がよさそうだね……」
「えっ! ほ、報告するのか!?」
「こういうことは、後でバレた方がやっかいだからね。ああ、心配しなくても、地球生命体との恋愛は禁止されていないよ。それを含めての、『一般的な高校生』の実態調査だからね」
「いいんだ……」
「うん。以前は禁止されてたんだけど。それでもこっそり恋愛関係に陥って、そのまま姿を消す、っていうパターンが、続いたそうだから。それで、解禁になった。もっとも、ボクたちのようなケースは報告されていないようだけど……」

 月島は、まだ何か続けていたけど、俺にはよくわかなかたった。
 とにかく、恋愛がダメじゃない、っていうその一点に、俺はほっとしていた。
 それに、こういうことって、めずらしいことじゃないみたいだし……。
 俺だけ、じゃなくて。

「安心した?」

 そんな俺の様子を見て、月島が優しく尋ねた。
 俺は、こっくりとうなずいた。

「だから、高峰。ボクは、君と付き合うことに、何の問題もないよ。4日前に、ちゃんと答えたと思うけど……あの時は、地球人として答えたからね。今度は、宇宙人として」

 宇宙人として、って……。
 当たり前のように笑顔で付けたされて、俺は目を瞬かせた。
 シュールな会話だ……。
 なのに俺は、それでもいいか、と思っていた。
 地球人だろうが、地球外生命体だろうが、月島は、月島だし。
 あ、でも。

「試験が終わったら……帰っちゃう、のか?」

 その時は、超遠距離恋愛?
 それとも、そのままフェードアウトして、別れちゃうんだろうか……。
 イヤだな、そんなの……。

「それも、大丈夫。上の学校に進んだら、そのままフィールドワークとして、地球に残るから。そして、研究者として更に残るよ」
「そう、なんだ……」
「うん。だから、そんな顔、しなくてもいいんだよ、高峰」
「そ、そんな顔って……」

 慌てて、両手で顔を押さえたら、月島はくすっと笑って、さあね、と言った。
 イジワルだ、月島……。

「それじゃ、そろそろ、行こうか。5時間目が始まるよ」
「ああ、うん」

 弁当の空箱と、ジュースの空パックを持って、立ちあがった。
 月島も、パンが入っていた袋に、ウーロン茶のパックを入れて、席を立つ。
 入ってきた時につけた電気を消して、視聴覚室を出た。

「つ、月島……」
「この辺、人が少ないから。ちょっとだけ、ね。3日も高峰が休んでて、ボク、寂しかったんだよ」

 月島は、俺の手を繋いで、歩き出した。
 月島の手は、俺よりもちょっとだけ、温かい。
 そういえば、月島の唇も、舌も、あったかかったっけ。
 それって、月島が、宇宙人だから……?        

「高峰、どうしたの?」

 こっちを見た月島がふわりと笑うのに、俺は、なんでもない、と急いで首を振った。
 月島の笑顔は、淡く輝いているように、見えた。


Fin.     


TOP


Copyright(c) 2011 all rights reserved.