「桃ちゃんはホント、欲がないんだから!」
「でもそこが、桃のいいとこだよな〜」
「羽丸、佐助! 主様を軽々しく呼ぶなと何度言えばわかるんだ!!」
鬼退治を終えた一行は、桃太郎の故郷へ向けて帰路を辿っていました。
その足取りは軽く、ついでに言えば行きと同じく身軽です。
それと言うのも、鬼どもから取り戻した金銀財宝の類は、わかる限り元の持ち主へ返し、残りは鬼の被害にあった者たちへ渡していたからです。
「いいって、牙。ぼくは何と呼ばれたって構わないんだから。牙だって、ぼくのこと、桃って呼んでいいんだよ?」
笑ってそう言った桃太郎に、犬はぶんぶんと首を振りました。
「そんな! 主様を呼び捨てだなんて、めっそうもない!」
それを見て、雉と猿が、はやし立てます。
「牙はホンット、固いよなぁ」
「カチンコチンの石頭だぜ」
犬は名前の通り牙をむいて、2匹を威嚇します。
けれども、2匹に堪えた様子は全くありません。
ますます笑って、犬を怒らせるだけでした。
そんな3人の家来を、桃太郎はニコニコと微笑みながら見ています。
何もかもが終わっての旅路は、楽しいばかりでした。
でもそれも、あともう少し―――。
「ところで、牙、佐助、羽丸」
桃太郎は、楽しそうにじゃれている――犬にとっては不本意かもしれませんが、そうとしか見えません――3匹の家来に声をかけました。
3匹は、ぴたりと動きを止めて、桃太郎を見ました。
「これから、どうする? 鬼退治はもう済んだし、もう君たちは、好きなところへ行って構わないのだけど……」
鬼退治を、助けて欲しい。
きびだんごを渡して、桃太郎がそう言ったのは、行きでのお話です。
それが済んでしまえば、いつまでも3匹を縛っておく理由はありません。
報酬と呼べる報酬もないのに、3匹は実によく桃太郎を助けてくれました。
その感謝の気持ちは、とてもじゃないが、きびだんこだけであらわせるものではありません。
なのに3匹は、ちっとも構わないのだと声をそろえて言ったのです。
(主様の手助けができた、それ以上の喜びはありません)
(桃ちゃんだから、ついてったんだよ。きびだんこなんて、オマケみたいなもんだって)
(こんなワクワクする旅、桃と一緒じゃなきゃ、絶対できなかった。桃に感謝したいくらいなんだぜ?)
お礼が欲しくて家来になったんじゃない。
だから、気にしなくていいんだよ、と。
涙がでるくらい、桃太郎は嬉しく思いました。
実際、桃太郎はちょっと泣きましたが、犬は大慌てし、雉は笑い、猿にはからかわれました。
3匹がいたから、自分は鬼退治ができたのだ。
あらためて、桃太郎はそう思いました。
そして、それがもう、終わってしまったのだと思うと、さびしく感じました。
だから……。
「あの、もし、よかったら……」
桃太郎が、3匹の家来に向かって、そう切り出そうとした時です。
後ろから、大きな声が聞こえてきました。
「おーい、おーい!」
振り返って、声の主を見ると………。
「ややっ! 主様、下がっていてください!」
犬が素早く、桃太郎の前に回って身構えます。
猿と雉も、緊張した様子で走ってくる相手を睨みつけました。
「今頃、仕返しか!?」
「やだ、往生際わるーいっ!」
近づいてきたのは、青鬼でした。
おそらく、桃太郎ら一行が、鬼が島でまみえた鬼のひとりでしょう。
「主様を傷つけるつもりなら、我らが黙っておらぬぞ!」
「そうだ、返り討ちにしてやるんだぜ!」
「つっついて、むしっちゃうよっ!」
3匹の家来がそれぞれ威勢よく吠えるのを、桃太郎は手を制して抑えました。
「ちょっと待って、みんな……」
桃太郎は青鬼の前に出て、その大きな身体を見上げます。
鋭い爪に触れないように気をつけて、桃太郎はそっと青鬼の手を握りました。
「なにか、ぼくに言いたいことがあるんでしょう?」
「お、おれ……」
青鬼はちょっと口ごもって、それからためらうように話しだしました。
「ずっと、あやまりたかったんだ。本当はおれ、嫌だった。ニンゲンをおどして、ぬすんだり、とか……」
調子のいいこと言うな! と後ろで猿がはやすのを、桃太郎は鋭い一瞥で黙らせます。
勇気づけるように青鬼の手をぎゅっと握ると、青鬼はまた重い口を開きました。
「……だから、ごめんなさい。許して、もらえないかもしれないけど、おれ、それだけ、言っておきたかったんだ」
青鬼の、澄んだ5月の空のような目が、桃太郎をじっと見ています。
それを見ただけで、青鬼は本当のことを言っているのだと、桃太郎には信じられました。
「あやまらなくても、ぼくは君を怒ってなんか、ないよ」
「え……」
桃太郎の言葉に、青鬼は驚きました。
3匹の家来も、同じように後ろで驚いています。
桃太郎は、くすっと笑って、答えました。
「だって、君、ぼくを助けてくれたでしょう?」
桃太郎は、知っていました。
鬼が島で、桃太郎が赤鬼に斬られそうになった時。
よろけたふりをして、赤鬼にぶつかった青鬼のことを。
「きづいてたのか……?」
「うん。君が、本当は、だれとも、戦いたくないんだってことも」
鬼は乱暴な、ならず者。
確かにそういう鬼は多いけど、みんながみんな、そうじゃない。
人間が、みな優しい者ばかりでは、決してないように。
桃太郎はよく見ると優しい光を放っている、青鬼の目を見て言いました。
「いっしょに、ぼくたちと、来る?」
その言葉に、青鬼が答える前に3匹の家来が声をあげました。
「主様……!?」
「桃ちゃん!?」
「桃っ!?」
だけど桃太郎はそんな家来たちの様子など、全く気にした風もなく、青鬼の返事を待っています。
青鬼は握られたままの手と、桃太郎の顔を交互に見て、困ったように眉を下げました。
「い、いいのか……?」
傍にいる桃太郎にしか聞こえないような、小さな声で、青鬼は尋ねました。
桃太郎はにっこり笑うと、大きくうなずきました。
「もちろん!」
桃太郎は懐のあわせに手を入れると、小さな袋を取り出しました。
その中に入っていたのは………。
「はい。君にも、あげるよ」
青鬼の手を開いて、ひとつだけまだ残っていた、きびだんごをのせました。
後ろから、またしても家来たちの悲鳴が聞こえてきましたが、桃太郎はやっぱり気にしません。
「今日から、君もぼくたちの仲間だよ」
「なかま……」
「うん」
「………ありがとう」
青鬼は、きびだんごをじっと見て、大事そうに懐にしまいました。
すぐに食べてしまうのは、もったいないと思ったのです。
「おい、てめえ! 新入りなんだから、お前が一番下っ端なんだからな!」
「今日から主様の家来だということ、とくと忘れるな……」
「そうだよ! 桃ちゃんは、ボクたちの桃ちゃんなんだからねっ!?」
賑やかな家来たちの声に桃太郎はようやく振り返って、眉をひそめました。
そして腰に手を当てると、大きな声で言いました。
「なに言ってんの! ぼくらはみんな、仲間なんだから、下とか上とか関係ないんだよ!」
3匹の家来……仲間たちは、その言葉に束の間黙り込むと、やがてこらえきれないように笑いだしました。
「ああもう、桃ちゃんにはかなわないなあ!」
「ホントだぜ。桃がそう言うんなら……」
「ああ。主様がおっしゃるのなら、俺らがしたがわぬわけにまいらぬな。主様とは、これからもずっと一緒なのだから」
「そうそう。これからも、ずーーっと、一緒なんだもんね!」
犬も、雉も、猿も。
たとえもう、きびだんごがもらえなくても。
桃太郎の望むことならなんだって叶えたいと、思っていたからです。
桃太郎と、ずっと一緒にいられるのなら、なんだって。
なにせ彼は、3匹にとって唯一絶対の、主で、友達で、仲間なのですから。
「みんな……。よかった! きっと、そう言ってくれるって、信じてたんだ」
桃太郎はそれはそれは嬉しそうに言って、青鬼を振り返りました。
「さあ、いっしょに行こう、ぼくたちと。おじいさんと、おばあさんが待ってる、村へ」
差し出された手に、青鬼は今度は自分から手を繋ぎました。
青鬼ばっかりずるい! と、その手はすぐに、他の仲間たちに奪われてしまいましたけどね。
めでたしめでたし。
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