ドアが開いて、嫌になるくらいには見なれた背の高い彼の背後に、隠れるように小柄な姿がのぞいた。
部屋の中の生徒たちの目がいっせいに、その見なれない小柄な人影に注目する。
確実にいつもの3割増しは機嫌がいいとわかる声で、見なれた人物――我らの生徒会長が、後ろの小柄な少年を紹介した。
「本日から我々の新メンバーになる、桂木要くんだ」
眩しいくらいのにこにこ笑顔で、生徒会長は桂木要少年の肩に手を置いて、そっと皆の方へ向ける。
すらりとした生徒会長より、頭一つ、いやそれ以上に小さい桂木要は、ぺこりと頭を下げると、おずおずと顔をあげて生徒会長を見上げた。
「あ、あの、桂木先輩……。本当に、俺が生徒会の一員になってもいいんでしょうか?」
不安げな要に、生徒会長は満面の笑みを保ったまま、何を言うんだ、とばかりに口を開いた。
「この僕がいいと言っているんだから、要は何も気にしなくていいんだよ? 生徒会は、会長以外は、会長の指名で選ばれるものなんだからね」
この学校では選挙で生徒会長を選び、その他の、副会長や会計、書記などはすべて、選ばれた会長が指名して任につくことになっている。
だから、生徒会メンバーはいわゆる、会長のお気に入り、といっても過言ではなかった。
もちろん、生徒会の仕事をするにふさわしいメンバーを指名しているわけではあるのだが。
「でも、俺、この学校には編入してきたばかりだし……」
なおも不安を隠せない要に、生徒会長は爽やかに微笑みかける。
「だからだよ。生徒会の仕事をしていれば、色んな生徒たちとの交流が持てるし、何より、早く学校に慣れるよ。それに、僕が傍に居て、要をいつも見てあげられるんだから、安心だろう?」
「それは、その……。あの、桂木先輩の、迷惑になりませんか?」
「迷惑だなんて! とんでもない。それより、桂木先輩、と呼ぶのはやめてくれ。君だって、桂木だろう?」
「あ、はい、そうでした……。ええと、じゃあ、生徒会長?」
「やだな。そんな他人行儀はよしてくれ。要、僕たちは、兄弟じゃないか!」
ほっといたら、いつまで経っても会話が終わらない。
そう判断したのか、副会長の山浦が割って入った。
「生徒会長の事は、俺らも他の生徒も、マサ会長、って読んでるから、要もそれでいいんじゃねえの」
生徒会長のフルネームは、桂木雅春と言う。
小学校から大学までのエスカレーターで、外部からの生徒も若干入るが、生徒会メンバーは、ほぼ幼なじみ状態だった。
そんな生徒会長のニックネームは、小学1年生の頃から、マサちゃん、だった。
「おいこら、カツ。何お前、しれっと要くんを呼び捨ててるんだよ!」
「いいじゃん。1年だし、その方が呼びやすいし。いいよな? 要で」
「あ、はい。構わないです」
「嫌だったら、イヤって言ってもいいんだよ!?」
「いえ、ホントに構いませんから……」
がしっと、要の肩をつかんで、マサ会長は勢い込んだが、要はごくあっさりと返した。
彼らのテンションの差は、傍目からも明らかなくらいにわかりやすい。
そんな(無駄に)熱いマサ会長をほっといて、副会長のカツこと山浦克己は淡々と自分を含めて、他のメンバーを紹介した。
「俺は、2年2組で、副会長の山浦克己。皆からはカツって呼ばれてるから、カツ先輩でいいよ。そこにいるのは、ミノちゃん。2年1組で、会計の渡会稔。まあ、ミノ先輩で。あっちは、書記ね。1年3組の松浦奏。カナデとか、カナくんとか。同学年だから好きに呼んで」
「カツ先輩、ミノ先輩、カナくん……ですね。よろしくお願いします。あの、俺の事は、カナメ、でいいですから」
「うん。よろしくね、要」
「よろしくな〜、要!」
ミノちゃんとカナデが、それぞれ気さくに声をかけるのに、要はまたぺこりと小さく頭を下げた。
「ウチは、会長、副会長、会計、書記2名の合計5名なんだ。もうひとり、2年で書記のヤツがいたんだけど、親の都合で海外に行っちゃったから、君は書記になってもらうから。同じ1年同士、仲良くやって」
「わかんないことあったら、何でも聞けよ。教えっから!」
「うん、ありがとう、カナくん」
要とカナデはクラスは違うが、早速、友好的な笑みを交わし合う。
すっかり置いてけぼりなマサ会長が、ぶすっと声をあげた。
「なんで、カツが仕切ってんだよ……!?」
「お前に任せといたら、いつまで経っても終わらないだろ? お前、ちょっと浮かれ過ぎ」
「そ、そんなことは……」
「浮かれてるよね、カナくん」
「浮かれてますよねえ、ミノ先輩」
会計と書記が、顔を合わせて頷き合っている。
生徒会長は、うっと息をのみ、こほんと空咳をして要を振りかえった。
「とりあえず、今日は顔見せって事で。特に仕事もないし、今日は帰っていいよ。詳しい事は、明日からにしよう」
「はい。わかりました。マサ会長」
「お兄ちゃんって呼んでもいいんだよ……?」
「それじゃ、お先に失礼します。マサ会長、皆さん。明日から、よろしくお願いします」
要は礼儀正しく頭を下げると、生徒会室から出ていった。
束の間、沈黙が落ちる。
それを破ったのは、もう一人の一年生書記だった。
「見事にスルーされましたね、お兄ちゃん」
「うるさいっ!」
決まり悪くて怒鳴ってみるものの、他のメンバーも似たり寄ったりで、どこか笑いをこらえるような顔をしている。
雅春はどかっと音を立てて、他よりちょっとだけ豪華なイス(と言っても、ひじ掛けがついてるくらいだが)に座った。
「マサちゃん、顔が緩みっぱなしで、見てるこっちが恥ずかしかったよ〜」
「弟くんの礼儀正しさが際立って見えたな」
会計と副会長が声をひそめて囁き合う。
が、むろん、さして広くない生徒会室内では筒抜けだ。
「僕の顔はいつも通りだ! 違ってみるとしたら、要くんが新しい学校に早くなれるように気を遣ってだな……」
「いや、どう見ても、はしゃいでたから」
「まあ、顔見た瞬間に、マサ会長の好みのタイプど真ん中だな! って思いましたけど」
「あの子リスみたいに愛くるしい目……。それでいて、顔つきは凛々しくて、薄い唇。いやあ、こないだマサちゃんがストーカーして振られてた子と同系統だけど、あの子より可愛いよねえ?」
「人聞きの悪い事を言うな! 僕はストーカーなんかしてないぞ!」
「家までそっとついてったら、それを人はストーカーと言いますから」
「違うっ! 僕は、あの子が家まで無事に帰りつけたか、心配で、それでちょっと見守ってただけだ!」
「…………」
「…………」
「…………」
いやそれ、十分ストーカーだから、という言葉は副会長も会計も書記も、心の中にしまっておいた。
我らが生徒会長は可愛い男の子が大好きで、惚れっぽく、思いあまって近づいてみるも声をかけることができないへたれで、物陰からそっと見つめては、変な人と思われて振られる、というパターンを、毎度律儀に繰り返している。
その事実は、とりあえず、生徒会メンバー内だけが知ることとしておさまっているのは、ひとえに他のメンバーによる配慮のたまものだった。
(つまり、ストーカー被害、もとい、生徒会長に思いを寄せられた少年に、黙っておいてもらえるよう、ひたすら頼んでいるのである。この時、こわもての副会長と、温和な会計の説得が、アメとムチのような絶妙な効果を発揮する)
「でもまあ、今回は義理の弟くんだから、マサもストーカーする必要もないし、家族なんだから話しかけられない事もないだろうし、俺たちにかかる面倒はなくていいな」
「甘いですよ、カツ先輩! マサ会長のことだから、きっと家の中でも、冷蔵庫の影からモジモジ見つめちゃったりなんかして、『なんか気持ち悪いんだけど、どうすれば……』とか、相談されるんだよ」
「ああ、マサちゃんになら、やりそうだよねえ〜」
のほほんと会話する生徒会メンバーたちに、話題の主である生徒会長は、キッと顔をあげて、低い声で言った。
「お前ら……言いたい放題にもほどがあるぞ。僕はもう、いつもの僕とは、違うんだ!」
「ほほう、どう違うんだ、マサ」
「今までの恋は、しょせんその時だけの幻みたいなもの。今度こそ、本当の恋、これが最後の恋なんだ! だから僕は、じっくり、ゆっくり、じわじわと、蜘蛛の巣を張るように、要くんとの恋を進展させていくんだ……!」
「なんか、形容が間違ってる気がしませんか、ミノ先輩」
「マサちゃんだからねえ……」
「なにせ、要くんは、僕の弟になったんだ。時間はたっぷりある。あせらずに徐々に僕を好きになってもらえればいいさ」
「で、今回は、どれくらいもつと思います?」
「んー。1ヶ月?」
「甘いな。俺は2週間とみた」
「じゃあ、オレは3週間にしますね!」
続いて、俺は板チョコ3枚で、じゃあ、2枚で、と声が上がる。
「こらっ! そこ! 僕の恋路で賭けなんかするなっ!」
雅春はドン、と机を握りしめた拳で叩いて、生徒会メンバーたちをにらんだ。
「君たち。少しは、僕の力になろうとか、応援しようとか、思わないのか!?」
「あー。うん、そうだなー」
「マサちゃん。泣きたいときは、俺の胸を貸してあげるから、遠慮しないで!」
「大丈夫ですよ! 人生長いんですから、いつかきっと、マサ会長を好きになってくれる奇特な人が現れますよ!」
それぞれが、それぞれに、力強く(?)応える。
生徒会長は、机の上に置いたままの拳を、ぷるぷると震わせながら、叫んだ。
「それ、応援じゃないだろーーー!!」
生徒会長の恋は始まったばかり。
どうやら今回も、前途多難のようであった。
Fin.
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