「よう。また迷ったのか、お前」
茂みをがさりとかきわけて、声が降ってきた。
ラズベリーを摘んでいた赤ずきんは、顔をあげて答えた。
「迷ってない! 見ればわかるだろ?」
赤い実がたくさん入ったカゴを、ずいと突き出して見せる。
茂みから姿を現したオオカミは、手を伸ばして、ひょいとそれをつまもうとした。
……が、赤ずきんは、さっとカゴをひっこめてしまった。
「ケチだな。ひとつくらいいいだろ、赤ずきん」
「イヤだね。そう言って、こないだ、ぜんぶ食べちゃったじゃないか」
カゴをしっかり持って、赤ずきんがきっと睨むと、オオカミは大きな口を開けて、ガハハ、と笑った。
「こまけぇこと、よく覚えてんな!」
「忘れるわけないだろ!」
「……ふぅん?」
オオカミは、にやにやと笑いながら、赤ずきんの傍に近づいた。
赤ずきんは、警戒したような目で、オオカミを見つめた。
「で。そろそろ、俺に食われる気になったか。ん?」
背中に垂れ下がった、赤いずきんをひっぱりながら、オオカミは尋ねる。
それを身をよじって避けながら、赤ずきんは再び、ラズベリー摘みを再開した。
「誰が。アンタもいい加減、諦め悪いな。おじいちゃんに、あんなにコテンパンにやっつけられたクセに」
ラズベリーを摘みながら、赤ずきんが指摘すると、焦ったような声が上から降ってきた。
「あ、あれは……っ! つうか、大体、ひきょうなんだよ! 聞いてないっていうの! 元・猟師のじいさんなんて!」
詐欺だろ、とオオカミはぶつぶつとこぼしている。
赤ずきんの祖父は、森の奥の小屋で、連れ合いを亡くしてひとりで暮らしている。
少し足が不自由になったため、猟師は引退したが、まだカクシャクとして、元気いっぱいだ。
襲ってきたオオカミを、銃で返り討ちにするくらいは、朝飯前だ。
「……だっせぇの。おじいちゃん猟師に、アッサリやられちゃうなんて。ホントはアンタ、オオカミじゃないんじゃないの? キツネ? イヌ? ああそれとも、リスだったりして?」
言いたい放題、赤ずきんに言われて、オオカミはカチンときた。
言うにことかいて、リスだって!?
オオカミは、立派なしっぽを、ばさりと大きくゆらしてから、赤ずきんの襟首を、むんずとつかんだ。
そのまま、目の高さにまで吊り上げる。
「おい! 何すんだよ、オオカミ!?」
「お前なあ、赤ずきん……! 森で迷子になって、ぴーぴー泣いてたくせして、言うじゃねえか……!?」
「ぴーぴー泣いてなんかない!!」
赤ずきんは、吊り下げられたまま、オオカミに怒鳴った。
確かに、ひとりで、祖父を訪ねに森にきた時、迷ったけど。
あれは、おみやげに、何か、花でも摘んで行こうと思って、よく知らない小道に入ってしまっただけで。
……そして、その後、道が分からなくなってしまっただけで。
ちょっぴり心細くなって、もしかしたら、ちょっとだけ、涙ぐんでしまったかもしれないけど……。
だんじて、ぴーぴー泣いてなんか、いない!
「……なんだよ。お前なんか、親切に道を教えてくれるフリをして、オレを食おうとしたくせに………っ」
あの時は、本当に、嬉しかったのだ。
優しく笑って、手を引いてくれて。
お前のわかる道まで、案内してやるぞ、と言ってくれて……。
途中で、可愛い花がたくさん咲いている場所にも連れていってくれた。
その親切も全部、赤ずきんを食べるためのものだったのだが。
「食ってねえじゃねえか」
「おじいちゃんに、返り討ちにされて、ね」
赤ずきんが来るのが遅くて、心配して様子を見に来た祖父が、オオカミと一緒の赤ずきんを見つけて、銃声一発、追い払ってくれたのだ。
あの時の祖父は、本当に頼もしかった。
それを思い出したのか、オオカミは苦々しい顔をして、赤ずきんを地面に下ろした。
「べつに……。あの時だって、俺は、お前を………」
オオカミは、フイっと顔を反らすと、口に手を当てて、もごもごと呟いた。
赤ずきんは、カゴを抱え直すと、少し皺になったシャツをひっぱって、言った。
「あの時は……、何?」
「何でもねえよっ!」
オオカミは、怒ったように言うと、その場にごろんと寝転がってしまった。
へんなオオカミ、と赤ずきんはつぶやくと、またせっせとラズベリーを摘みはじめた。
しばらくすると、カゴはラズベリーでいっぱいになった。
「………オオカミ?」
さっきから、だまったままのオオカミに呼びかけると、オオカミは、気持ち良さそうに眠っていた。
赤ずきんは、くすりと笑った。
「いったい、何しに来たんだか……」
赤ずきんは、オオカミの鼻をまもうと、しゃがんで手を伸ばした。
が、鼻先にふれるまえに、逆に、オオカミの手につかまってしまった。
「なんだ。起きてたんだ」
「寝てたよ。不穏な気配を察知して、今、目が覚めたんだ」
そう言って、オオカミは、むくりと起き上がった。
「終わったのか?」
「うん」
赤ずきんは、赤い実がこんもりとつまった、カゴを見せた。
そこからひとつ、実をつまんで、オオカミに差し出す。
「ひとつだけなら……食べる?」
「ああ」
赤ずきんは、オオカミの手に渡そうとしたのだが、オオカミはそのまま、赤ずきんの手に顔を寄せると、パクリと食べてしまった。
ついでに、赤ずきんの指をぺろりと、なめて。
「こら……っ!」
赤ずきんが、ずきんみたいに顔を赤くして怒っても、オオカミは素知らぬ顔だ。
あっという間に食べ終わると、顔をちょっとしかめて、言った。
「……酸っぱい」
どうやら、あまりお気に召さなかったようだ。
赤ずきんも、カゴからひとつ取って、食べてみた。
「うん……。これは、そのままだと、ちょっと酸っぱいな。ジャムにしよう」
確認するように頷いて、赤ずきんは立ちあがった。
そして、カゴを片手に、歩き出す。
「……もう、帰るのか」
背中から、オオカミの声が追いかけてくる。
赤ずきんは、くるりと振り返ると、にっと笑った。
「帰るよ。オレは、アンタみたいにヒマじゃないから。それとも……、オレがいなくなったら、さみしい?」
そう聞くと、オオカミは、一瞬、ぽかんとした顔をしたあと、かすかに頬を染めた。
「ばーか。……そんなわけ、ねーだろ」
だけどその声は、心持ち、勢いがなかった。
立派な耳も、しっぽも、ちょっとだけ、しおれている。
何も言わなくったって、それだけで、わかろうというものだ。
「また、来るから。今度は、このラズベリーでジャムを作って、それでサンドイッチにして、もってくるから」
「……ジャムだけかよ」
「じゃあ、ハムサンドと、卵サンドも、つける。あと、チーズと、ワインも」
「だったら……、待ってやってても、いいぞ」
フン、とそっぽを向きながら、オオカミは素っ気なく言った。
だけど、しっぽはせわしなく、ぱたん、ぱたんと揺れている。
意地っ張りなヤツだなあ、と赤ずきんは思ったが、口にはしなかった。
「帰り道で、また迷子になるなよ」
「だから、オレは迷子になんか……」
「送って、やろうか?」
「………うん」
だったら、最初から素直にそう言えばいいのに。
そう赤ずきんは思ったけど、やっぱり、口に出しては言わなかった。
立ちあがって隣にやって来たオオカミが、ぶっきらぼうに手を差し出す。
赤ずきんはちょっと迷ってから、その手を取った。
そしてふたりは、仲良く連れだって森を後にしたのだった。
Fin.
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