握っていたシャーペンを下ろして、俺は顔をあげた。
案の定、そこには満面の笑顔でこっちを見ている、悔しいと思うのも虚しいような、やたら整った顔があった。
「水上………」
「どこか、わからないとこがあった? 智樹」
「いや、そうじゃなくてだな……」
俺は、右手で軽く頭を押さえて、小さく息をついた。
定期テストは終わったんだけど、次の授業で小テストやるとか急に言い出すなんて、反則もいいところだ、あの教師。
これはあれか、授業中に思いっきり寝てた俺への報復か!?
イヤ、それならどっちかと言うと、最初から最後まで爆睡してた、坂田の責任の方が大きいはず……って、今はそれはどうでもいいんだよ!
とにかく俺は、図書室の個室で、水上と向き合っていた。
そう、またしても俺は、水上に勉強を見てもらっていた。
や、そのつもりはなかったんだけどさ、はずみでポロっと愚痴ったら、じゃあわかんないとこ教えるよ、って流れになってだな……。
いやいや、水上も忙しいだろうし、とか最初は断ったんだけど、智樹が困ってるのなら、見過ごせないとか言って。
ホント、友達としてはすごいイイヤツなんだよな、水上。
そりゃもう、涙が出てきそうなくらいに!
苦手なトマト食べてくれる時くらいにしか、中々ありがたみを実感できない誰かさんとは違って……いや、友達はそういう基準で判断するもんじゃないからな、うん!
「智樹?」
ヤバイ。
今、思考が思いっきり、明後日な方に飛んでた。
「あのさ、水上……。なんか、落ち着かないっていうか、集中できないから、その……、あんまり、こっち、見ないでくれる?」
教えてもらってるのに、こんなこと言うのもアレだけど。
見過ぎ!
見過ぎだから!!
「ああ、ごめん……。気になっちゃうよね?」
「うん」
思いっきり、頷く。
水上みたく、顔良し、スタイル良し、頭良し、運動神経良しみたいな三拍子どころか四拍子揃っちゃってる存在なら、常日頃から見られるのは慣れてるのかもしれないけど、こっちはいたって、平々凡々なイチ高校生だ。
人からじっと見られることに慣れてない……っていうか、個室にふたりっきりでこんなガン見されたら、大抵の人は気になって仕方ないと思うぞ、俺じゃなくても。
「嬉しくって、つい」
「………」
全く悪びれずに答えられて、返答の仕様がなくて、俺は黙り込んだ。
ノートの端っこに転がってるシャーペンを握りしめて、気を取り直して、何とか言葉を紡ぎ出す。
「と、とにかく、その……、向こう、向いててくれないか。俺が、これ、解き終わるまで。ゴメン」
「わかった。……別に、智樹が謝るようなことじゃないよ?」
くすっと笑って、水上は、俺から視線を反らすと、軽く肘をついて、反対側を向いた。
俺はそれを見て、ほっとして、再びノートと向き合った……。
それから、しばらくして――。
(できたー!!)
水上の教え方は、要点をついていて、非常に分かりやすい。
1時間の内3分の2は寝てた授業の内容を、授業時間の半分以下で、俺に理解させるなんて!
シャーペンを握ったまま、終わったよ、と水上に言うために、顔をあげようとして……。
(う、わあ……)
水上はさっき見た時と同じ、片肘をつく格好で、何もない壁の方を見ていた。
ただそれだけの、何気ない仕草。
なのに、少し伏せられた目が、どことなく物憂げに見える。
何を考えているんだ……? って、つい、尋ねたくなっちゃうような。
これはアレだな、美形はただそこに居るだけで、絵になると言う……。
「終わったの、智樹?」
「え、あっ! う、うん」
水上の視線が、すっと流れるように、俺を捉えた。
頬杖をついていた手が下ろされて、体ごとこちらに向けられる。
見せて、と言われて、ノートを差し出すと、水上はチェックを始めた。
「……うん。合ってる。よくできました」
「ど、どうも……」
ノートから顔をあげて、にっこり微笑まれて、釣られるように笑い返した。
はい、とノートを渡されたところで、俺はもごもごと口にした。
「ありがとう……あ、あのさっ、水上」
「何……? 智樹」
「さっき、なんでわかったんだ? 終わったの。あの、俺まだ、声かけてなかったのに」
「視線を感じたから」
さらっと答えられて、俺は、ええっ!? と声をあげた。
「だって俺、まだちゃんと顔あげてなかったし、水上の方も向いてなかったと思うんだけど!?」
「それは……、智樹の視線は、特別だから。見てなくても、わかるよ」
「………っ!」
だーかーらーっ!!
なんでそうお前は、あっさりとそう言う恥ずかしいことをあっさりと口にするんだよ!?
言う相手間違ってるって、絶対っ!!
「間違ってないと思うけど」
「俺、何も言ってない! つか、俺の考えを勝手に読むなっ!!」
「あれ、当たってた……?」
ふふ、と嬉しそうに笑われる。
何かどう言っても、水上には通じない気がしてきた……。
俺は、手早くノートや教科書を集めると、鞄に詰め込んだ。
本当に、友達としてなら、すごくすごく、いいヤツなんだけどな、水上……。
送って行くよ、と言われたので、勉強を見てもらった手前断りづらいのもあって、俺は水上と、俺の家までの超近距離を、ふたり並んで、歩いていた。
「今日は、ホント、ありがとうな、水上」
「どういたしまして。智樹の役に立てるのなら、いつでも大歓迎だよ」
歩きながら改めて礼を言うと、爽やかな笑顔が頭上から降ってくる。
今のこの笑顔を、ケータイで撮って金居に転送したら、向こう一年くらい感謝されるんだろうなあ……。
やめよう、そんな虚しいことを考えるのは。
想像だけで疲れて、俺は思わず乾いた笑みを浮かべる。
隣を歩く、水上をちらりと見上げる。
天は二物を与えず、とかアレ、嘘だよな、絶対。
ああ、いや、違うな。
水上の場合は……。
「俺が、智樹を好きなのは、欠点じゃなくて、美点だからね?」
笑顔のままで告げられて、俺は固まった。
「だ、だから……っ! なんで俺の考えてることが……っ!?」
「さあ? どうしてだろうね」
だーっ、ああもうちくしょう!
そこで、心底嬉しそうに笑うんじゃねえーーっ!!
おわり。
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