different love 水上×智樹

クリスマスプレゼント

 薄曇りの空から、ひらひらと白いものが舞い降りてきた。
 手を差し伸べると、体温であっというまに溶けていく。

「雪だ」

 どうりで、寒いと思った。
 今日と言うこの日に雪だなんて、中々気が利いている。
 なぜなら今日は、クリスマス・イブだから。
 クリスマス・イブに雪が降ろうが雨が降ろうが、それまでの俺にはどうでもよかった。
 それ以前に、クリスマスだって十二月にあるイベントの一つ、くらいのもので。
 世間が浮き立ち騒ぐほどには、俺にとっては興味のあるものじゃなかった。
 だってそうだろ? クリスチャンでもないのに、マスコミだの店側のクリスマス商戦だのに乗って、一喜一憂するなんて。
 くだらない。そんな風に思ってた。それなのに。

「おっと……」

 腕の中から滑り落ちそうになった紙の包みを、俺は慌てて抱え直した。
 白いリボンがかかったそれは、クリスマスプレゼントだ。
 俺の大好きな人へ、渡すためのプレゼント。
 日本のクリスマスが、敬虔な信仰心とは遠く離れた軽薄なイベントごとにすぎないとか、そんなことはそれこそどうでもよくて。
 むしろ、ひとつでも多く、好きな人とすごせる口実になってくれるのなら、ありがたいくらいだ。
 変われば変わるものだな、と俺は自分でも可笑しく思った。
 まさか俺が、そんな軽薄な人間のひとりになるなんて、と。
 ジングルベルが、向こうの通りから響いてくる。
 店々のウィンドウに飾られたイルミネーションの明かりが、綺麗だ。
 暗くなればきっと、もっと美しく街を彩るのだろう。

「水上………!」

 待ち人が、息せききって俺の方へと駆けてきた。
 その姿を見るだけで、一瞬、陽気なクリスマスソングも、瞬く明かりの華やかさも消える。
 寒ささえも感じなくなって、俺は彼の存在しか感じなくなる。
 いつも想っているのに、何度でも新しく、好きだと思う。
 今、この時でさえ。
 不思議だ。ひとりの人間を、こんなに深く、想えるなんて。
 いや、不思議でもなんでもないか。
 だって、彼は……

「智樹」

 意識するまでもなく、名前を呼ぶと自然と笑みがこぼれる。
 智樹。
 好きで好きでたまらない、俺の恋人。

「ごめん。待ったか?」

 膝に手をついて、智樹は息を整えている。
 吐く息が、白い。
 その息さえも、愛しく思う。
 ……なんてことを言うと、智樹は、恥ずかしいこと言うな! って怒るんだけど、どうしてだろう?

「ううん。さっき来たところ。そんなに急いで来なくてもよかったのに」
「や、だって。遅刻しそうだったからさ……」

 智樹はそういうところはきっちりしていて、義理がたい。
 ちょっとくらいいいよ、と言っても、いや、ケジメだから、と言って譲らない。
 そう言う、人によっては融通が利かないって言われそうなところも俺は好ましいと思う。
 それに智樹は、逆に他人がちょっと遅くなったくらいだと気にしないし、事前に連絡さえしていればドタキャンしても怒らない。
 もちろん俺は、智樹との約束を反故にしたりしないけどね。

「それで……ごめん、俺、もういっこ、謝んなきゃいけないことがあって……」

 息が戻って顔をあげた智樹は、俺を見て申し訳なさそうに呟く。

「何? 智樹」
「ええと……」

 どうやら、言いにくいことらしい。
 何だろう? めずらしいな。
 智樹が、もし俺に謝らなきゃいけなくなるようなことが起こるとしたら、たったひとつを除いて、何もないのに。
 智樹が俺の傍を離れる、それ以外のことは。
 ………もっとも、智樹が離れようとしたって、俺が智樹を手放すことなんてありえないけど。

「言いづらいんだったら、先に、コレ。メリークリスマス、智樹」

 はい、と俺は智樹に、今までずっと持っていたプレゼントを手渡した。

「メリークリスマス、水上。ありがとう……、開けて、いい?」
「うん、いいよ」

 プレゼントの包みを、智樹は丁寧に開けていった。
 白いリボンを、そっとコートのポケットに入れる。
 中に入っていたのは……

「マフラー……?」

 白くてふわふわした、マフラー。
 ひと目見た時から、智樹に似合いそうだって、思ったんだ。
 俺は智樹の手からマフラーを取って、智樹の首に巻いてあげた。

「あったかい……ありがと、水上」
「よかった。智樹、マフラー、洗濯でダメにしたって言ってただろ」
「ああ。思いっきり縮んじゃって……。よく覚えてたな」
「覚えてるよ。智樹の言ったことなら、なんだって」
「……っ、だ、だから、そう言うことは……っ!」

 智樹は顔を赤くして、真っ白なマフラーに顔をうずめて俺を睨んだ。
 可愛いなあ……。

「……ええと、それで、俺からのプレゼントなんだけど………」

 智樹は、マフラーに顔を隠したまま、俺を見上げて口ごもった。
 口を開いて、閉じて、また開いて。

「……用意、できてないんだ。ごめん!! ギリギリまで選んでたんだけど、何選んでいいのか、わかんなくて。お前、大抵のものは持ってるし……俺よりはるかにセンスいいし……。今日までには選べなかったけど、明日までには絶対用意するから! だから、ごめんっ!」

 マフラーごしに智樹は俺に謝ると、ぺこんと頭を下げた。
 なんだ、謝りたい事って、そんなことだったのか。
 俺はほっとすると、智樹に笑いかけた。

「そんなこと、気にしないで。俺は智樹と、クリスマスを一緒にすごせるだけで、嬉しいんだから……」
「そういうわけには、いかないだろ」

 智樹はきっぱりとそう言うと、マフラーから顔を出した。
 一歩、俺に近づいて、背伸びした。
 マフラーを首から外して、ふわりとそれを俺に回して――――

「………っ!!」

 マフラーの陰にに隠れて、智樹はかすめるように、キスを落とした。

「とりあえず、今は、これがプレゼントの代わりってことで………、ごめん」

 赤い顔が、慌てて離れていこうとするのを、俺は腕をまわして阻止した。
 こんなのって、こんなのって……!

「どうして謝るの? こんなに嬉しいクリスマスプレゼントもらったの、俺、初めてだよ」

 雪が、周囲の音を消すように、静かに降っている。
 俺の肩に、智樹の赤い頬に。
 それはほんのわずかも、俺たちの間の熱を溶かすことなく、消えてゆく。
 だけど俺は、寒くてたまらないんだってそぶりをしてみせて。
 白いマフラーで再び、智樹と俺を、包みこむ。
 そして今度は、俺からのプレゼントを、そっと落とした。
 目を閉じて。


Merry Christmas!!

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