Fortes fortuna juvat 道明×太一

Trick or Treat?

 見たいテレビも、やりたいゲームも特になかったから、自分の部屋でベッドに寝そべって、パラパラ雑誌なんかをめくってた、時。
 ノックもなしに、ばーん! と勢いよくドアが開いた。
 それはまあ、腹は立つけど、よくある事だし、なんかやましい事してたワケじゃねえからいいんだけど。

「Trick or Treat? 太一、どうせ菓子なんか用意してないだろう。ってことで、イタズラするぞ」
「ちょ、待て! なんで断定! そしてなんだよ、その格好は!?」

 俺の部屋に、勝手にずかずか入ってきたのは、幼なじみでご近所さんで学校の先輩でもある、道明だった。
 道明は、俺の家族、特に抜群に母さんの受けがいいため、夜の9時とか、フツー他人様んちに押し掛けるような時間帯じゃなくても、当たり前のような顔でやってくる。
 親しき仲にも礼儀ありだろ! って、前に言ったら、エライ目にあわされたので(詳細は聞かないで欲しい……)それは諦めるとしても。
 いきなり、何言い出すんだか、この男は!
 そして、なにゆえ、吸血鬼の格好を!?

「お前、今日が何の日か知ってるか?」
「ええと……」

 ベッドから起き上がって、壁にかかっているカレンダーを見た。
 10月31日。
 平日だ。
 今日も何事もなく、学校に行ってきたけど……何の日だろう?

「知らないのか?」

 うわあ……!
 知らないのは俺が悪いのかもしれない。
 そこは100歩譲ってやってもいいとして、道明のその、人を馬鹿にしきった顔、すげえムカつくんですけど!?

「ハロウィンだよ」
「ああ……。確か、カボチャでランタン作って飾ったり、お菓子貰いにまわったりするとかいうヤツか」
「そうだ。一応、それくらいはお前でも、知ってたみたいだな」
「そりゃ、そのくらいは……。ああ、それで、その格好……」
「駅前のケーキ屋で、1日だけバイトの助っ人に入ったんだよ」

 道明は、ばさっと、音を立てて、黒いコートを翻した。
 そのポーズが嫌みなくらい、似合っている。
 コートの下は、普通に白いシャツと黒いベスト、黒いズボンなんだけど、どうやってるのかわからないが、口には牙をつけているので、ああ吸血鬼の格好だな、とわかる。

「明日までの約束で、借りてきたんだよ。太一にも見せてやろうと思ってな」
「いや、別に俺、見たくな……」
「ん〜? 何か言ったか? 太一」
「イイエー! 何も言ってないです」
「そうか」

 くそう……!
 俺のバカバカ!
 だけど、吸血鬼のカッコして笑う道明、怖すぎなんだよっ!

「……と言うワケで、今から太一にイタズラする」
「いやいやいや! どんなワケなんだよそれは!」

 気がつけば道明は、ぎしっ、と音を立ててベッドに手をついて、俺の肩を押した。
 ぱふん、とあっけなく、俺はベッドの上に逆戻りした。
 ただし、今度は仰向けで。
 そして、目の前には本物の吸血鬼よりもおっかない、道明の笑顔が……!

「だってお前、菓子、持ってないんだろ?」
「それは……。い、いや、持ってる! 持ってるから、ちょっと待て!!」

 俺は、肩を押さえている道明の手から、何とか逃れて、机まで走った。
 小さな紙袋を手に取って、中身を空けた。
 それは、さっきまで読んでた雑誌を買った本屋で、オマケとしてもらった、キャンディだった。
 ああそっか、今日がハロウィンだから、オマケをくれたんだな。
 とにかく助かった! 天の助けだ!
 つかんだキャンディを、ずいっと道明に突き出す。

「ホラ、これ……! やるからっ!!」
「……チッ」

 道明は、小さく舌打ちして、キャンディを受け取った。
 はっはっは、ザマーミロ、道明!
 そうそう簡単に、お前の思い通りになるもんか!!

「太一。お前、たまたまキャンディ持ってたからって、いい気になるなよ……?」

 道明が、苦いキャンディでも舐めたみたいな顔ですごむけど、しょせん、負け惜しみだ。
 何とでも言うがいい……!
 調子に乗った俺は、そこでやめておけばいいのに、つい、余計なひと言を言ってしまった。

「だいたい、こういうのはフツー、年少の子が、大人の、少なくとも自分より目上のヤツのところを回る行事だろ。なんで、俺より年上の道明が、俺んとこに来るんだよ。そこからして、おかしいって言うの」
「なるほど……確かに、太一、お前の言うとおりだな」

 ヤバイ。
 俺は、自分がどうやらマズイことを口走ってしまった事に、遅ればせながら気づいた。
 だって、道明、すっごい、いい笑顔してるんですけど……!?

「太一。じゃあ、お前も、やれ」
「へ……。な、何を……?」
「『Trick or Treat? お菓子をくれなきゃ、イタズラしちゃうぞ!』って、言え」
「ええー!!」

 何で俺まで!
 ってか、微妙に語尾が可愛い感じなのがイヤすぎる!!

「……1日1回、俺の言うことを聞くこと」

 きたねえ!!
 ここでそれを言うか!?
 そうだよ、忘れてたけど1日1回の、今日の分、まだやってなかったんだった。
 たまには、忘れてくれてもいいのに、道明のヤツ……!

「わ、わかったよ! Trick or Treat? お菓子をくれなきゃ、イタズラしちゃうぞ!!」

 もう、ヤケだ!
 俺は、道明に向かって、叫んだ。
 そして、言われた道明はと言うと……。

「いいぞ?」
「……何が」
「イタズラしても」
「…………」

 い、意味わかんねえ……!!
 何、その笑顔!?
 なんで、腕広げてんの。どうして、イタズラされる方が笑顔全開なんだよー!?
 俺が思いっきり戸惑っていると、道明は再び、顔をしかめて、チッと、舌打ちした。

「俺にイタズラできる機会なんて、そうそうないぞ。早くしろ」
「いや、だから俺は別に、道明にイタズラなんて……」
「お前がしないのなら、俺がお前にイタズラするぞ」
「します! イタズラしたいです!!」

 もうヤダ。
 なんなんだよ、この意味不明のプレイは……。
 だが、このまま手をこまねいていたら、絶対、俺がイタズラされる。
 それは死んでもゴメンだったので、俺は道明にイタズラを……って、イタズラって、何すればいいんだ?
 とりあえず俺は、目の前にふんぞり返って立っている道明の、両脇の下に手を突っ込んで、くすぐってみた。

「コチョコチョコチョ………」
「…………」

 道明、無言。顔色ひとつ、変わってねえ……。
 おかしいなー、俺がこれやられたら、我慢できないんだけどなあ。
 って、道明、今、思いっきり、ため息ついたー!?

「太一。お前もっと、マシなイタズラは、思いつかないのか?」
「そんなこと、急に言われたって……!」

 お前とは、違うんだよっ!

「仕方ないな……」

 道明は、またひとつ、ため息をついてから、脇の下にあった俺の手をつかむと、ぐいっと引き寄せた。

「イタズラできないんじゃ、菓子をやるしかないな」

 いや、それオカシイ。
 明らかに、順番間違ってるんですけど!?
 そうツッコミたかったのに、道明の胸に顔を押し付けられて、上手く口に出せなかった。
 目を上にあげると、ニヤリ、とそれはそれは楽しそうに笑う道明と、目が合った。
 ヤバイ。
 俺はまたしても、危険を察知した。
 なのに、いつの間にかがっちり腰をホールドされていて、逃げられない。
 道明は、片手で器用にキャンディの包み紙を剥くと、それを自分の口に放った。

「Happy Halloween!」
「…………っ!!」
 
 そして、そのままキャンディを、俺によこした。
 舌で。口移しで!
 おまけに、ついでとばかりに、口の中を舐めまわされる。
 口の中のキャンディをごろごろ転がすんじゃねえっ!! 
 おもちゃの牙が口の端っこに当たって、微妙に痛いんだよっ!!
 ………なのに、キャンディはやたら甘くって――イチゴ味だった――、まるで血を吸われてるみたいに、くらくらする。
 ようやく、道明の口が離れて行った時は、情けない事にふらついて、そのまましゃがみこみそうになった。
 腰に道明の手が回ってたから、大丈夫だったけど。

「どうした、太一?」
「ど、どうもしてないっ!!」

 ニヤニヤした道明がこっちを見てて、俺はムカついて言いかえした。
 目に入った、道明の唇が、赤く濡れたように光っている。
 ホントに血を吸ったみたいだ、と一瞬思って、いやそうじゃない、あれは唾液のせいだ、と気付いてそれが誰のものなのかとか考えたら頭に血が上って、俺は慌てて目を反らして、うつむいた。
 道明のベストのボタンあたりを睨みつけながら、俺は暴れ出して飛び出しそうな心臓と、口の中のキャンディを飲み込まないように気をつけて、文句を言った。

「こんな菓子の渡し方って……! 反則だろ! これもうほとんど、イタズラじゃねえか!?」
「菓子ももらえて、イタズラもされて。嬉しいだろ? 太一」
「嬉しくないっ! それにこんなの、ハロウィンでもなんでもねぇっ……!!」

 うつむいたまま叫んだら、頭上で笑う気配がした。
 包み込むように、頬に手を添えられて。
 上向かされると、チュッと、音を立てて、キスをされた。
 イチゴ味の。


おわり。

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