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  室町時代、大内氏滅亡のあと戦乱の場となった山口から多くのキリスト教信者が紫福村へ逃れてきたという。
 さらに、江戸時代になると毛利の切支丹禁断政策により、信者はひっそりと、山里に隠れすんだといわれてます。
 鉄心寺跡には、伴天連墓と呼ばれる六角形の石憧(石灯籠に似せて造った六角形の墓石)があり、宣教師の墓と言われていま