*うっかりValentine*



「ねえ、何か忘れてない?」
パーティーは只今、移動中。うしバスすら通らぬ雪深い山道を、全員、四苦八苦して、ひたすら先を目指し続ける。いや、正確に言うと、全員ではない。羽のあるハチに加え、スイは白鳳の肩先で、フローズンはオーディンの背で、徒歩の難儀を免除されていた。もっとも、フローズンの特別待遇には理由があり、元来、虚弱な雪ん子は先週から体調が勝れなかった。
「見る限り、特に忘れ物はなさそうだが」
「荷物は出掛けに確認したぞー」
「数もしっかりチェキしたし、間違いないよっ」
膝上まで積もった雪をかき分けつつ、従者はにこやかに応答した。が、白鳳は未だ釈然としない様子で腕を組み、小首を傾げている。
「そうかなあ・・・どうも肝心なことを忘れた気がするんだけど」
「・・・・しばらく、根を詰め過ぎた名残ではありませんか・・・・」
「鳥頭が考えてもムダだ」
「まあ、日頃の底抜けを思えば、慎重になるのは良いことです」
「きゅるり〜」
事務作業の中枢たるフローズンが倒れ、一同の予定は大幅に狂った。彼の体調を快復させるべく、山間の鄙びた村へ行き、寒風に耐えて数日過ごした。捕獲は出来なかったものの、溜まった帳簿やデータ整理等は、白鳳が中心となって処理し、次の道中の手配も滞りなく済ませた。最適の環境が功を奏し、フローズンも元気を取り戻して来たので、ようやく出立と相成ったわけだ。
「・・・・白鳳さまにも皆にも迷惑をかけて申し訳ございません・・・・」
「謝ることないよっ、フローズン」
「むしろ、我々が力不足のせいで、いつも負担をかけて済まん」
「補助的業務で支えるのは、もはや限界を感じます」
「うん、難しい仕事でも、徐々に習い覚えて行かないとね」
「オレも頑張って覚えるかんな」
「きゅるり〜」
以前もダウンしただけに、出来る限り手伝っていたものの、フローズンの仕事量を激減させるには至らなかった。これからは、単なる手伝いでなく、役割の一端を担う必要がありそうだ。白鳳の提案に、仲間たちは顔を上げ、目を輝かせ、強い意欲を示したが、暖かいフォローにもかかわらず、当のフローズンの面持ちは晴れなかった。
「・・・・ですが、捕獲の遅れを取り戻すには、改めてスケジュールを組み直さないと・・・・」
介抱で手間を取らせたのみならず、几帳面な彼は、旅が予定通り運ばなかったことも歯がゆいのだろう。しかし、他のメンバーは旅の日程に関し、実に大らかだった。
「予定なんて、あってないようなものだ」
「んだんだ」
「フローズンの健康の方が遙かに大事だよっ」
「きゅるり〜」
「・・・・ありがとうございます・・・・」
本音は一番、逸っているであろうスイにまで同意され、フローズンは感極まって声を詰まらせている。煩雑な業務を一手に任されたため、体調を崩したのに、これ以上、彼に気を遣わせてはならない。白鳳は間髪を容れず、殊更、軽い口調で切り出した。
「長丁場だからこそ、余裕を持って臨まないと。たまには寄り道や遠回りもいいんじゃない」
「ええ、寄り道のおかげで、私は白鳳さまを見直しました」
神風らしからぬ手放しの称賛だが、誰もが素直にうなずいた。事実、ここ数日の白鳳の働きは目覚ましかった。今までのぐうたらぶりはどこへやら、司令塔として、精力的に作業へ携わった。魔法ビジョンや雑誌など娯楽を遠ざけ、睡眠さえ削っててきぱき働き、フローズンの穴を埋める成果をあげた。××ネタの不祥事続きで頭を痛めるお目付役も、今度ばかりは嬉しい誤算に目を細めていた。
「・・・・いずれの業務も完璧で、ケアレスミスひとつなかったです・・・・」
「白鳳さまの底力を思い知ったぞ」
「凄いやっ、白鳳さま」
「さすがはオレのかあちゃんだ」
「白鳳さまにも隠す爪があって一安心です」
「うっふっふ、本気を出せば、ざっとこんなもんさ♪」
「きゅるり〜」
「・・・・・・・・・・」
DEATH夫だけは輪の外で目も合わせて来ないが、毎度のことだから気にしない。男の子モンスターの称賛を浴び、すっかり舞い上がった白鳳は、直前までの気掛かりを、たちまち脳内から消し去った。



さんざん積雪と格闘したあげく、白鳳一行は山を越え、ようやく次の国へ到着した。郊外の小さな町ではあるが、時代に取り残された寒村と異なり、市場は活気に溢れ、小洒落た店も見受けられる。周囲の様々な商品が目に入るやいなや、白鳳の意識は瞬時に娑婆へ戻った。数日間、仕事一筋の生活が送れたのは、フローズンの代役を果たそうと思い詰めたせいもあるが、実のところ、物理的に不可能だったのだ。
「おっ、チョコレートが大安売りしてるぞ」
白鳳に続き、早々と俗世帰りした食いしん坊が、洋菓子店の前のワゴンを指差した。
「食べ物関連は本当に目ざといねえ。気持ちは分かるけど、まずは宿へ行って、フローズンを休ませなきゃ」
ハチの誘いにやや心は動いたものの、白鳳はかろうじて踏み止まった。下山した時点で、フローズンは自力で歩いていたが、病み上がりこそ無理は禁物。速やかに休養させるに越したことはない。しかし、お菓子の山を久々に見て、ハチの興奮はなかなか収まらず、鼻の穴を膨らませながら飛び回っている。
「そう言うなよう。ちっとだけ見てくりや」
「きゅるり〜っっ」
「仕方ないなあ、どれどれ」
ハチはともかく、肩先の弟に促されては邪険に出来ず、白鳳はお供と一緒に店の前まで行き、白いワゴンへ視線を落とした。綺麗にラッピングされた大小の箱が山積みになっている。処分品と張り紙してあるが、決して安物ではなく、大陸でも高名な店の品ばかりだった。
「へえ、これが全部、半額だなんて嘘みたい」
白鳳は手頃な大きさの箱を、ひとつ手に取った。包装紙のピンクのハート模様が目にチカチカ眩しい。ハートの間には、流麗な文字で”St.Valentine”と書かれていた。
「!!」
脳天に幻の雷を受け、白鳳はその場で硬直した。世間から隔絶され、日付や曜日の観念すら無くしていたが、通常の生活を取り戻した今、絡まった糸が解れ始めた。何か大事なことを忘れていたはず。その”何か”が雷のショックで、はっきりと理解できた。が、白鳳はどうしても結論を受け容れられず、傍らの神風へ恐る恐る尋ねた。
「か、神風・・・今日は何日!?」
「2月15日です」
いつになく事務的な神風の声音を聞き、白鳳は激しい目眩に襲われた。
「が〜〜〜〜〜ん。。」
つまり、昨日は2月14日。あろうことか、忙しさに紛れ、白鳳は寄りによって、バレンタインデーを忘れてしまったらしい。道理で、高級チョコレートが安いわけだ。ワゴンの中にあるのは、明らかにバレンタイン用の売れ残りだった。
「あああああ、信じられない・・・愛の狩人たる私が、なんという失態を」
元来イベント大好きだし、恋愛ネタの行事とあって、白鳳は年明けから相当気合を入れていた。ターゲットは身内に絞るか広げるか、手作りチョコはいかに趣向を凝らすか、渡した後はどうベッドインに持ち込むかetc. 今年こそ理想の伴侶をゲットすべく、じっくり作戦を練るつもりだった。なのに、気が付けば祭りの後の15日とは神も仏もありゃしない。完膚なきまでに打ちのめされた白鳳は、ワゴンの縁へ両手をかけたまま、へなへなとくずおれた。白鳳の只ならぬ様子を心配したハチは、チャイナ服の胸元へ近づくと、ごん太眉を八の字にして声をかけた。
「はくほー、しょんぼりして、どした?腹減ったんか」
「お前と一緒にすんなっ」
「あてっ」
悔し紛れに繰り出した手刀は、ハチのぽっこりお腹へ、まともにヒットした。勢い良く吹っ飛ぶハチを、オーディンの大きな手ががっちりキャッチした。
「大丈夫か」
「おうっ、あんがとな、おーでぃん」
「・・・・さ、ハチ、こちらへ・・・・」
ハチはフローズンの掌へ移動し、ほっぺを擦り付けて甘えている。日頃は次のシーンで、ハチに八つ当たりした白鳳が、従者やスイから厳しく叱責されるはずだ。ところが、今日に限って、なぜかお小言を切り出す者がいなかった。



世界の終わりのごとく大袈裟に嘆き悲しむ姿は、お馴染みの同情を乞うポーズ。今更、哀れを誘うとも思えないが、従者たちはハチへの仕打ちを怒るどころか、がっくり両膝を付いた白鳳をこぞって慰め始めた。
「・・・・私のために、白鳳さまのお楽しみをふいにして、どうお詫びしたら良いものか・・・・」
「元気出して下さい、白鳳さま」
「バレンタインは来年も再来年も巡って来る」
「きゅるり〜」
「バレンタインを当てにしなくたって、白鳳さまならチャンスは一杯あるよっ」
「おうよ、はくほーは大陸一の美人だかんな」
「いくら美人でモテモテでも、バレンタインならではのロマンティックな手順を踏みたかったのにっ」
後半だけ聞くと可愛らしいが、女性から男性への告白というバレンタイン本来の趣旨を完全に無視しているし、暴れうしの過激な行動パターンは、ロマンティックとは程遠い。にもかかわらず、皆はツッコミひとつ入れず、白鳳への暖かい眼差しは小揺るぎもしなかった。
「バレンタインまで忘れるほど、一所懸命やって下さった白鳳さまには、必ず素敵な出会いが待ってます」
「今回の働きが報われないわけはない」
「・・・・因果応報は世の習い、神様はきっと見ていてくれますとも・・・・」
「はくほーは最高のマスターでかあちゃんだっ」
「白鳳さまみたいな方にお仕えできて、僕たち幸せ者だねっ」
「きゅるり〜」
「イヤだなあ、もお、ちょっと褒めすぎじゃない。まあ、それほどでもあるけどさ♪」
1匹を除き、美形揃いの男の子モンスターに絶賛され、お調子者はあっさり立ち直った。バレンタインが潰れた痛手は大きいが、引き換えに彼らの愛と信頼を得たと思えば、むしろ”災い転じて福と成す”かもしれない。外見内面引っくるめて、白鳳のお供を凌ぐオトコはそうはいない。これがきっかけで、誰か愛人になってくれたらしめたものだ。ご都合主義の妄想でほくそ笑む白鳳だったが、メンバーは見て見ぬふりで知らん顔している。ただひとり、道を隔てて佇むDEATH夫は、呆れたように一言吐き捨てた。
「とんだ茶番だな」
毒のある呟きは、幸い舞い上がった白鳳の耳には入らなかった。しかし、万が一、追加発言があるとまずいので、仲間は慌てて釘を差した。
「・・・・しっ、せっかく白鳳さまが上機嫌になっているのです・・・・」
「ここでばれたら、全てが水の泡だ」
「14日をやり過ごせたのだから、白鳳さまに余計な刺激を与えたくない」
「ふん、くだらん」
白鳳は露ほども知らない。フローズンの病がフェイクであることを。毎年、2月14日を迎えるたび、お目付役は頭を痛めていた。そして、腐れ××者の魔手から子羊を守るため、彼らは最後の手段に出た。困った主人ではあるが、白鳳の従者へ対する愛情に嘘偽りはない。そのささやかな良心を利用して、バレンタインを上手く乗り切ろうではないか。そう、フローズンは体調を崩してなどいなかった。何もかも、仕組まれたシナリオだったのだ。敵を欺くにはまず味方から。胸が痛んだが、敢えて年少組には策を伝えなかった。彼らの真に迫った反応は、雪ん子の演技に真実味を添え、白鳳はこれっぽちも疑いを抱かなかった。一切の情報を遮断された環境で、多忙を極めるうち、バレンタインを忘れ去り、善良な男性の貞操は無事、守られたのだった。
「白鳳さまには悪いことをしたけれど、やむを得ないな」
「うむ、世間様に迷惑をかけない方が遙かに重要だ」
「・・・・第三者に犠牲が出ず、白鳳さまもまあご満悦ですから、これで良かったのです・・・・」
「きゅるり〜。。」
まんまと計略に引っ掛かり、意図的にバレンタインを消されたとは夢にも思わず、白鳳は巧みな褒め殺し攻撃で、浮かれポンチとなっている。果てしなくおめでたい兄を見遣りつつ、複雑な心境でため息をつくスイだった。


FIN


 

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