*FIRST CONTACT2〜DEATH夫&フローズン・後編*




大人しく身を委ねながらも、フローズンの眼差しにはなお警戒の色が滲んでいた。相棒共々動けないほどの大ケガをしたところへ、見ず知らずの人間が現れれば、無理からぬことだ。男の子モンスターにとって、時に人間は敵にも迫害者にもなり得る。神風のみならず、白鳳とてそれは充分承知していた。彼の不安を解消するには、こちらの手の内をある程度見せるしかない。そう考え、白鳳は治療の傍ら、簡単な自己紹介を含めた旅の経緯を話して聞かせた。忌むべき職業名を耳にして、フローズンは一瞬眉をひそめたものの、逆にそこまで包み隠さず語った潔さが好印象だったらしく、訝しげな視線も徐々に消えていった。
「これで良し。しばらく安静にしていれば、じき快復するよ」
ようやく一通りの処置を終え、締め括りに一声かけたが反応はない。痛み止めが効いたせいもあり、いつしかフローズンはうとうとまどろんでいた。その安らかな表情を見遣りつつ、白鳳は薄い胸元に羽織を掛けた。
(可愛い寝顔だなあv)
眺めるだけでは飽き足らなくなって、血の気のない頬に触れてみた。剥きたての卵みたいにすべすべだ。日頃とは異なり、相手の肌から冷気が伝わってくるのも新鮮な感覚だった。
「白鳳さま、せっかく眠っているんですから、そっとしておきましょう」
主人の怪しい行動を見かね、神風がぴしゃりと注意したが、むろんあっさり引き下がる理性も自制心もない。
「寝入ったばかりだし、これくらいじゃ起きないって」
すっかりお調子に乗って、今度は可憐な唇を人差し指で軽くつついた。むにゅっと柔らかな手触りに我知らず口元が緩む。どうせなら、この感触を直接口移しで味わいたい。規則正しい寝息を立てるフローズンの肩先へおもむろに両膝を付くと、白鳳はキスを落とすべく顔を近づけ始めた。
「ダメですよ、白鳳さまっ!!」
「きゅるり〜っっ!!」
「いいから、いいから」
神風とスイが制止しようとするが、興が乗った白鳳はまるっきり聞く耳持たず、なおも銀の絹糸が揺れる頭を降ろしていく。だが、世の中そうそう思い通りには行かない。浮かれる唇に触れたのはお目当てのそれではなく、凍て付いた刃の切っ先だった。ぎょっとして顔を上げ、振り返れば、フローズンとの間を裂くように、大鎌を差し出したDEATH夫が悪鬼のごとき凄まじい形相で立っていた。
「大概にしとけ」
「そ、そんな怖い顔しなくたって。。」
氷の瞳から尖った光を浴びせられ、膝立ちのまま、白鳳は数歩後退った。背後に怖いお目付役がいると分かっていて、歯止めが利かないのだから、もはや真性××に付ける薬はない。
「だから言ったじゃないですか」
「きゅっ、きゅるり〜」
小さく息を吐いた神風の足元で、慌てふためくスイの尻尾の花がぐるんぐるん回る。
派手な動きに目もくれず、DEATH夫が冷ややかに告げた。
「いかがわしい戯れをしたければ、お前の僕とすればいい」
軽蔑したような物言いに、真っ先に反論したのは神風だった。
「私と白鳳さまはそんな関係じゃないっ!!」
「お手つきじゃなかったのか」
「なっ」
「あいにく神風と私は口付けもしてない清い仲なんだ」
いつも温厚な従者の頬が、怒りで赤く染まったのに気付き、白鳳が素早く切り返した。自分はどう罵られても仕方ないが、神風まで侮辱されるのは不本意だ。
「・・・お前たちの関係などどうでもいい。残りの薬を置いて失せろ」
もはや話すのも面倒とばかりに、そっけなく命じる死神。だが、どんなに拒絶されようと、このまま立ち去るわけにはいかない。フローズンだけ手当てしてさようならでは治療を申し出た甲斐がないし、何と言っても彼の方が遙かに深手を負っているのだ。
「それは承諾しかねるな」
「どういうことだ」
「君の手当てを済ませた後ならいいけど」
「手当てなら自分でする。お前たちの手は借りない」
「こんな大刀を突き立てたまま、強がったって・・・」
いささか呆れ加減で呟いた白鳳を無言で睨み付けるDEATH夫だったが、不意に腹の白刃を引き抜いたかと思うと、紅いチャイナ服目掛けて投げつけて来たではないか。







「うわっ!!」
「白鳳さま、危ないっ」
「きゅるり〜っ」
とっさに神風が弓を突き出し、刀を巧みにはじき飛ばした。
「ありがとう、神風」
「いいえ。お怪我が無くて良かったです」
にしても、刃物で刺された場合、最もやってはならない行動を取って、てっきりDEATH夫の傷口から血が噴き出すとばかり思ったのに、そこからは数滴の血が零れただけだった。特に能力の高いはぐれ系は一種の治癒力を持つと聞いたことがあるが、それにしても頷けない。首を捻りながら、白鳳は小声で従者に問いかけた。
「血が止まったのは治癒能力のおかげなのかな」
「まさか。いくら優秀なモンスターでも快復魔法が使えなければ、そんな芸当は出来ません。体内の気を高めると同時に腹筋や血管を収縮させて、一時的に出血を防いでいるだけです」
「凄い技を使うんだね」
頑なな態度は腹立たしいが、相手の卓越した技量には素直に感嘆していた。
「彼ははぐれ云々を抜きにしても相当の手練れですから」
「神風よりも強いのかい」
「完調なら恐らく」
「きゅるり〜」
唇を引き結んだ従者の真剣な面持ちを見て、白鳳は身が引き締まる思いだった。未知の世界を巡り、全ての男の子モンスターを捕獲する過程では、想像を絶する強者に立ち向かう場面もあり得る。きっと神風は我が身の危険も顧みず、主人の盾となって戦ってくれるだろう。しかし、この旅はあくまで己に課せられた試練なのだから、いつまでも彼の忠誠に甘え、頼りにしていてはいけない。もっともっと修行を積んで、いかなる敵も自力で一蹴できるくらい強くならなければ。
「どこまでも憎たらしいコだけど、自己快復出来ないのなら、放っておくことは出来ないな」
仮に治癒力があったところで、適切な手当てがなされてこそだ。
「ですが、白鳳さま」
危うくDEATH夫の攻撃の餌食になりそうだったのに、なおも好意的な姿勢を崩さない主人に、どう返したものか神風は悩んでいた。出来れば、白鳳の意思は尊重してやりたいが、それが仇となって逆に生命の危機に晒されては何にもならない。そんな従者の葛藤を感じ取ったのか、宥めるような口調で白鳳が一言付け加えた。
「フローズンに対する態度を見る限り、根っから冷酷非情な輩とも思えないし」
「はい・・・・・」
それにDEATH夫に万が一のことがあったら、フローズンが嘆き悲しむに違いない。心配そうに見守る神風とスイを残し、白鳳は再びDEATH夫の説得を試みた。
「軽い応急処置だけでいいからさせてくれないか」
「俺には手当てなど要らん」
相変わらず耳をつんざく水音が響き渡り、雨足が弱まる気配はない。
「本当に強情だね」
「お前こそしつこい奴だ」
いかにも忌々しそうに言い捨てると、刺客の体液が付着したままの大鎌を見せつけた。言う通りにしない痴れ者に業を煮やし、連中と同じ目に遇わせるつもりなのだろう。たとえ完調にほど遠くても、人間ひとり切り刻むくらいわけはない。
「きゅるり〜っ」
駆け寄ってきた弟を心を鬼にして追い払い、敵わぬまでも立ち向かう覚悟で白鳳も鞭を手に身構えた。視線をぶつけ合ったまま、じりじりと間合いを詰める。が、睨み合いの段階で、すでに白鳳は押されていた。攻撃を仕掛けようにも、隙のない身のこなしにタイミングが掴めない。改めて自分の未熟さを痛感させられた。
(どうしよう)
対策を立てる間もなく、DEATH夫の鎌がひゅんと目の前を掠め、白鳳は大きくバランスを崩してよろめいた。続く腕への一撃が鞭を叩き落とし、さらに鎌の柄で右頬を思い切り殴打された。容赦なく壁に叩き付けられる紅いシルエット。痛みを堪えて見上げれば、余裕綽々の顔付きだ。悔しいけれど、完全に遊ばれている。刃で斬り付けてすら来やしない。無念さに下唇を噛み締める白鳳だったが、そのとき緑色の物体がゴム鞠のごとく弾むと、DEATH夫めがけて突進した。
「きゅっ、きゅっ、きゅるり〜っっ!!」
兄のピンチに奮い立ち、憎い敵に飛びかかったスイだったが、あっさり尻尾の付け根を掴まれた。短い手足をばたばたさせてもがいたものの、拘束が緩む気配はこれっぽちもない。せっかく退避させた弟がDEATH夫の手に落ち、体勢を立て直した白鳳は我を忘れて絶叫した。
「スイを放せっ!!」
相手の顔色が一変したのに気付き、死神はくく、と喉の奥で笑った。
「先にこいつから始末してやろう」
刃の切っ先が丸っこい胴体を狙って不気味に光る。
「きゅるり〜っ」
「スイっ!!」
弟さえ助かれば、自分はどうなっても構わない。取り落とした鞭を拾い、白鳳は玉砕覚悟で触手を伸ばそうとした。が、その前に一条の軌跡が相手の鳩尾にぐさりと突き刺さった。
「!?」
見開かれた金の瞳に紺袴の従者の姿が映る。白鳳の身体を隠れ蓑に、素早く放たれた必中の一撃。微かに口を開いたが、言葉を発することなく、DEATH夫は大鎌を手放すと、立木が折れるようにばったり倒れ込んだ。転げ落ちたスイを抱き上げ、ふうっと息を吐く主人の傍らへ、神風が駆け寄ってきた。
「救援が遅れて申し訳ありません、白鳳さま」
「きゅるり〜」
「本当に助かったよ。でも、随分思い切った作戦に出たものだね」
怪我人に対し、騙し討ちみたいな形で矢を射るなんて、心優しい神風らしくない。自分の軽率な行動のため、意に添わぬことをさせてしまい、申し訳ない気分で一杯だった。
「あれは光の矢じゃなくて、単なる麻酔の効果しかないんです」
神風の説明を聞いて、罪悪感で強ばっていた顔がふっと緩んだ。
「そうなんだ、なら良かった」
確かに酷い仕打ちをされたけれど、命まで奪うのは本意ではない。
「にしても、この程度の不意打ちにやられるなんて、実際は相当ダメージを受けていたんでしょう」
「うん、さっそく手当てしてあげなきゃね♪」
喉元過ぎれば熱さ忘れる。今さっき弟共々追い詰められたのもどこ吹く風で、白鳳はいそいそとDEATH夫の首のタイに手をかけた。
「白鳳さま・・・・・露骨に嬉しそうな顔をするのはやめて下さい。。」
「きゅるり〜。。」






取りあえず、DEATH夫をフローズンの隣へ移動させてから、まさに趣味と実益を兼ね、黒ずくめの服を脱がそうとした白鳳だったが、ふと、首にかかる鎖の先で鈍く輝くリングが目に留まった。
「あ、このコのペンダント、図鑑で見たのと違う。オニキスのリングなんて洒落てるね」
「男の子モンスターの中には服装が違う上位種やレアモンスターもいるそうです」
「う〜ん、どうせならまともに捕獲したかったなあ」
己の実力も考えず、拳を握り締めて残念がる主人に、神風は淡々と告げた。
「彼がケガしてなかったら、その前にふたりしてあの世へ行ってます」
「きゅるり〜」
今回の勝利は運が味方してくれただけだ。運も実力のうちと言うけれど、純粋に戦闘力だけ見れば、たとえ2対1でも自分たちは彼に及ばないだろう。
「そんなに強いの」
「そんなに強いです」
少なくとも神風がこれまで遭遇した中では最強クラスの実力者だった。憶測に過ぎないので口にしていないが、DEATH夫に刻まれ、間道に散らばっていた残骸は魔界の使い魔かもしれない。一般のDEATH夫の主人は悪魔だし、彼が魔界と関わりがあったとしても何ら不思議はない。”人間風情に使われて”という表現も、今思えば納得が行く。だが、本来なら敵対するはずがない使い魔と、なぜ殺し合わなければならなかったのだろう。
(きっと、我々には計り知れない事情があるんだ)
どんなに強くても、いや、強ければ強いほど、はぐれモンスターは平穏な暮らしから遠ざかって行くらしい。故郷での悲しい出来事を思い出し、やや鬱になりかけた神風だったが、白鳳の素っ頓狂な声で思考が中断された。
「うわっ、酷いよ、これっ」
「きゅるり〜」
「どうしたんですか」
治療用具を並べ直す手を止め、紅の双眸が注目する先を見遣ると、上着をはだけられたDEATH夫の左の肩先から胸元にかけて、鋭利な刃物で切られたような無惨な傷跡があった。それだけではない。今回の刺し傷の周りにも数多の古傷が盛り上がっている。
「静かにしていれば、なかなか綺麗なのに惜しいなあ」
勿体なさそうに呟きながらも、傷跡の辺りは感じやすいかな、などと、なおも不埒な妄想をしている白鳳だった。
「腹の傷は意図的に刺されたのかもしれません」
「意図的・・・だって」
従者の発言の意味が分からず、白鳳はおっとりと小首を傾げた。
「急所を外して獲物を押さえておけば、完全に相手の動きを封じられますから」
先程、血を止めたみたいに腹筋を収縮させれば、相手は武器を引き抜くことも出来ず、攻撃不能になるわけだ。もちろん、よほどの強敵と対峙したときのみ使う奥の手だろう。
「なるほど」
「まさに肉を切らせて骨を断つですね」
かといって、こんな危険且つ無謀な方法は自分も採らないし、ましてや白鳳には勧められない。DEATH夫との戦闘で分が悪いと感じるのは、彼は敵を退けるのではなく、確実に殲滅するための戦いを仕掛けて来るからだ。
「では、また手伝いましょう」
「よろしく頼むね」
「きゅるり〜」
実のところ、神風が白鳳の助手を務めるのは、主人の負担を減らすだけでなく、無抵抗の男の子モンスターの身の安全を保証するためでもあった。フローズンの時と比べれば、瞳に宿る怪しい煌めきは半減しているけれど、対象が男である以上油断はならない。白鳳の守備範囲の異様な広さは、この一年足らずでイヤと言うほど思い知らされていた。
「ちゃんと手当てに集中して下さいよ」
「分かってるって」
口ではこう答えたものの、時折、治療の手を休めては、従者と弟の呆れ顔にもめげず、髪から四肢の先まで舐め回すように眺めた。フローズンは別格としても、DEATH夫とてかなりの美形だし、手なずけて侍らせるのも決して悪くない。
(こういう小生意気なコを仕込むのも、結構面白いかもしれないなあ)
麻酔の効き目もあるのだろうが、青白い肌のどこに触れても、直前の暴れっぷりが嘘みたいに身動ぎひとつしなかった。おかげで作業ははかどり、細かい傷まで全部処置することが出来た。
「これからどうします、白鳳さま」
「DEATH夫の方は出血が酷かったし、ふたりとも宿屋に運んでゆっくり休ませてやりたいけど」
「きゅるり〜」
様々なアクシデントに見舞われたが、なんとか当初の目的を果たした白鳳たちは、足元でくつろぐスイを横目に、この先の方針を相談し始めた。と、その時。
「・・・・あの・・・・」
消え入りそうな声に振り向けば、うたた寝から目覚めたフローズンが彼らをじっと見つめていた。風に靡く野の花を思わせる佇まいが、××者の保護欲をかき立てる。
「どうしたの?痛むのかい」
「・・・・DEATH夫は・・・・」
「横で眠ってる。手当ては済ませたから、もう心配ないよ」
隣に視線を流し、言葉通りなのを確かめると、フローズンは横たわった状態のまま、ゆっくり頭を下げた。
「・・・・・ご迷惑をおかけして済みません・・・・・」
「気にしなくてもいいんだよ。この小屋に来たのも何かの縁だし」
可愛げの欠片もない相棒に殺されかけた事実は笑みに紛らせ、小柄な肢体に相応しいちんまりした手を目で追い続ける。すると、着物の袖からひょいと何やら取り出して来た。
「・・・・どうぞ・・・・」
「えっ」
緑色の大きな石が掌で厳かに輝く。宝石の原石だった。素人目で見ても、高級宝石店の商品に劣らぬ価値を持つことは容易に察しが付いた。どうやら、治療に対する謝礼のつもりらしい。当然、これを受け取る気はないが、彼の細やかな配慮に驚くと同時に感心した。あるいは人ならぬ存在が人の世界を上手く渡って行くための、悲しい知恵なのかもしれない。思うに、腕は立つが社会性に欠け、傍若無人なDEATH夫を、世間に聡く、円満なフローズンが上手くフォローして旅を続けてきたのだろう。互いの足りない部分を補い合う柔と剛との組み合わせ。
「こんなものもらえないな」
「・・・・でも・・・・・」
「私が勝手にしたことなんだから、恩に着る必要はないんだよ」
「今はゆっくり休むことだけ考えて」
「きゅるり〜」
ふたりの言葉に同意するごとく、スイがうんうんと短い首を縦に振った。
「・・・・ありがとうございます・・・・」
白鳳たちがどうしても受け取ろうとしないので、フローズンはやむなく原石を袖に仕舞った。小振りの唇を堅く結び、しばし思いを巡らせていたが、やがて小さく息を吐き、もう一度隣のDEATH夫に目を向けた。苦しむ様子もなく、昏々と眠り続ける姿に安堵したのか、フローズンも再び瞳を閉じて眠りに落ちた。





ようやく雨が小止みになった。男の子モンスターたちが寝ている間に、白鳳はうし車を手配して、彼らを宿屋まで運び込み、良く効く漢方薬を処方してもらった。当初は日の大半を熟睡して過ごしたフローズンとDEATH夫だったが、主従の手間を惜しまぬ献身的な看病もあって、一週間も療養するとかなり動ける状態まで快復した。ただし、フローズンとはそれなりに打ち解けたものの、DEATH夫はまともに口も聞いてくれなかった。他者の情けを受ける望まぬ展開になったことはもちろん、彼からすれば格下の神風に不覚を取ったのも不機嫌の一因だった。
「・・・・ひとつお願いがあるのですが・・・・」
「何だい?何でも言ってごらん」
遅めの朝食の後、上体を起こしたフローズンに切り出され、白鳳は迷惑そうな素振りも見せず、むしろ期待十分にその先を促した。
「・・・・この先、私たちをご一緒させてはいただけませんか・・・・」
「ええっ」
この叫びは驚愕のそれではなく、歓喜の悲鳴だった。
(やった、ラッキー♪)
捕獲もしてないのにフローズンが手に入るなんて、嬉しくてたまらない。情けは人のためならずとは言ったものだ。
「よく決心してくれたね。もう大歓迎だよv」
「・・・・ありがとうございます・・・・」
「礼なんて水くさいなあ」
ストレートな喜びの表れとして、白鳳は眼前のか細い身体を抱きしめようとしたが、手を差しのべる前に後頭部を強かに打ち据えられてしまった。
「痛〜っ」
「きゅるり〜」
打撃を受けた箇所をさすりながら涙目で振り返ると、ベッドでも大鎌を手放さない死神が、ゴミでも見るような眼差しで一言吐き捨てた。
「不埒者」
いつもそうだ。フローズンといい雰囲気になりかけると、必ず無愛想な相棒の妨害が待っているのだ。おかげでせっかく相部屋に泊まりながら、未だに指一本触れさせて貰えなかった。もっとも、これから共に旅を続けるのなら、チャンスはいくらでもある。妙なところで前向きな白鳳は、あらぬ妄想に耽り始めた。
(そのうち、DEATH夫もたっぷり調教してやって、フローズンと3Pなんていいかもなあ、ふふふふふ♪)
天蓋付きのダブルベッドで妖しく絡み合う場面を思い浮かべ、舌なめずりをする主人を苦い顔で見遣りつつ、神風が一声かけた。
「ちょっと待って下さい」
「・・・なんだい、神風」
「彼らと同行すること自体に異議を唱える気はないですが、もう少し事情を把握しておきませんと」
こちらは端的に経緯を語ったが、彼らについては知らないことが多すぎる。神風の懸念ももっともだ。そんな反応は予測済とばかり、フローズンは追及される前に言葉を紡ぎ出した。
「・・・・率直に申しまして、私たちは今、追われる身です・・・・」
「やはり、間道で刻まれていた連中は追っ手なんだね」
「・・・はい・・・」
DEATH夫は露骨に不満げな顔付きをしている。にもかかわらず、口を挟まないところを見ると、事前にフローズンと充分話し合って決めた結論なのだろう。いかに彼が強者でも、己の身体を痛めつけて敵を粉砕する作戦はそう何度も取れない。
「・・・・追っ手の目を眩ますため、気を分散させる必要があるのです・・・・」
「人間が一緒だと、男の子モンスターの気配は捕らえにくくなりますから」
「ふぅん」
神風の補足に白鳳は納得したような声を漏らした。
「・・・・貴方たちは我々を欲得抜きで助けて下さいました・・・・」
「そんな、困ったときはお互いさまだよ」
いたいけな瞳に真っ正面から見つめられ、白鳳は性懲りもなく、その砂糖菓子のような指先を握りかけたが、DEATH夫の背から立ち上る禍々しい気を察し、渋々手を引っ込めた。
「・・・・いいえ、おふたりは信頼に値する方です・・・・」
手間も金も厭わず面倒を見ただけでなく、宝石を受け取らなかったことで決定的な評価を得たようだ。逆に言えば、これまでの道中、我欲に支配された連中のせいで、少なからぬ辛酸を舐めてきたに相違ない。自分も経験があるだけに、神風にはフローズンの心中が痛いほど理解できた。
「・・・・もちろん無料でとは申しません・・・・」
毎晩、伽さえしてくれたら、タダでも一向に構わない。
「・・・・私は多少経理の心得がありますし、アイテムやモンスターにも詳しい方だと思います・・・・。DEATH夫も並外れた戦闘力の持ち主ですので、道中、お役に立てるはずです・・・・」
「心強い仲間が増えて嬉しいよ。ねえ、神風、スイ」
「そうですね」
「きゅるり〜」
DEATH夫の悪意に充ちた言動は気がかりだが、彼らの加入によって、パーティーの総合力が飛躍的にアップするのは間違いない。主人がどんぶり勘定なだけに、数字に明るいフローズンの存在も非常にありがたかった。
「・・・・これからよろしくお願いいたします・・・・」
深々と頭を下げるフローズンとは対照的に、DEATH夫は皆を一瞥もせず、そっぽを向いたままだ。せめて挨拶くらいするよう促しても聞く耳持たず、布団に潜り込んでしまった。
「・・・・済みません・・・・」
「いいんだよ。まだ傷が痛むのかもしれないし」
にこやかに答えつつも、厄介者を背負い込んだ感は否めなかった。
(どっちかっていうと同行するのはフローズンだけで良かったんだけど)
かといって、彼らが強い絆で結ばれている以上、セットで引き取らざるを得ない。
(まあ、このコと旅が出来るだけで良しとするか)
元々、立ち直りが早いだけに、すぐ気を取り直すと、肩先を抱き寄せるべく、右腕を伸ばした。DEATH夫がふて寝している今こそ絶好の機会ではないか。ところが、抱擁したとほくそえんだ瞬間、するりと体をかわされた。
(あれれ?)
気のせいかと思い、何度か試みたものの、風に揺れる柳の枝よろしく、折れそうな肢体を捕らえることが出来ず、しなやかな腕は虚しく空を彷徨った。ちょっとムッとした白鳳は強引に引っ張り込もうと、フローズンの手を掴んだが、どういう技を使ったのか、反対に突き出した手を捻りあげられてしまった。
「あ、痛たたっっ」
「・・・・お戯れを・・・・」
うっすら目を細めた優雅な笑みとは裏腹に、手首の戒めはきつくなる一方だ。いざとなったら止めに入ろうと、彼らを見守っていた従者と弟もその技の冴えに舌を巻いた。
(白鳳さま、あしらわれてます・・・)
(きゅるり〜。。)
事ここに至って、ようやくフローズンの動きは全て計算ずくだと気付いた。触れなば落ちん風情を崩さないけれど、襲い来る魔の手をさり気なくかわし、しっかり己をガードしている。彼はDEATH夫に護られるだけのか弱い存在ではなかった。白鳳の出方は悉く読まれており、恐らくまともに押し倒そうとしても、撃退されるだけだろう。
「が〜ん、そんなあ。。」
これではフローズンと熱い一夜を送るなんて夢のまた夢だ。邪な野心が潰え、がっくり肩を落とす白鳳をほんのちょっぴり気の毒に思いつつ、神風とスイは一安心とばかり大きく頷き合った。






FIN


 

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